第76話 リリはじゃんけんが強い

 ミリアの体から魂が抜けさる。

 本当に過去に行ってるのか、と少し怪しく思った俺は一応確認のためにも彼女の頬をつねる。

 …………うん。間違いなく魂抜けてるな。こんなことしたら絶対怒られるはずだから。


 モチっとした頬の感触を少し楽しんでいたいが、今度は後ろの女性陣から怒られそうだったのでやめた。


 ミリアの体が横たわる木の近くにあった大きめの石に腰をかけると、クレハが俺の右隣に座り、アイリが左側に座ると、最後にリリが俺の膝の上に座って来た。

 お前ら仲良しか。


 しばらくすると、メインストリートに段々と人が集まってくる。


「そろそろ街が賑やかになってくる頃合いだな。お店も開いてるだろうし、ミリアの護衛班と観光班みたいに分かれるか?」

「私賛成ー! もちろんタケルくんと観光したい!!!」

「リリもなの! ここで待つのも飽きたし、おにーちゃんとどっかに行きたいの!」

「リリちゃん? ここはお姉さんに譲ってくれないかな? ちょっと馴れ馴れしすぎるよ?」

「馴れ馴れしくなんかないの。普通なの。それにおにーちゃんだってリリと一緒にお買い物とかしたいに決まってるの」


 リリとクレハが互いににらみ合い、そうしていたかと思ったら、急に俺の方を睨んでくる。

 完全に飛び火。

 クレハが俺を好きなのは知ってるし、一緒に街を回りたいのも分かるけど、10歳ぐらいの子供の言うことにムキになってどうするんだって感じだ。


 アイリは困った様子で二人の様子を眺め、チラッとこちらに目を向けた。

 彼女も俺と街を回りたいのかもしれない。

 精神的に大人なアイリは、色々と我慢することが多い。

 かといって、ここで俺が「間を取ってアイリと街を回る」と言ったら、アイリに対して不満が向けられる訳で…………


 俺は、アイリのためにもある提案をする。


「よし、時間を区切って順番に観光しよう。リリとクレハはどっちも俺とが良いっぽいから、じゃんけんで勝った方が先に俺と観光。負けた方は片方が帰って来てから俺と一緒に観光。アイリはどうする?」

「わ、わたくしは…………わたくしも、タケル先生と観光したいですわ!」

「そしたらアイリは最後でもいいか? 時間かかるかもしれないけど」

「大丈夫ですわ! わたくし、待つのには慣れてますの」


 アイリはふん、と鼻を鳴らし、それに合わせてクリーム色の髪が揺れた。

 待つのには慣れてるって……アイリちゃん不憫すぎる……

 もっと彼女を愛でてあげなければ、無償の愛を送らなければ。

 将来はアイリちゅわんファンクラブ会員番号1番のミリアとともにアイリを養子に取ろう。よし取ろう。

 というか、アイリにはお父さんいるんだった。

 今まで忘れてたけど、俺の旅の目的の1つにアイリを父、ゴウケンの下まで連れて行くというものがあった。

 クソッ、あの巨人め。事情があるとは言え、こんな良い子を手放すなんてなんてやつだ。


 アイリの三番目が決まったところで、残りの順番を決めるためじゃんけんをするように言ったはずなのだが、どうやら2人はじゃんけんの仕方が分からないらしい。


 クレハとリリは悪魔か何かのようにわざとらしく笑う。


「じゃんけんなら知ってるの。リリはじゃんけん強いよ。リリのグーに耐えれる人なんていないの」


 リリはポキポキと腕を鳴らし、一歩前に出る。


「リリちゃんじゃんけん苦手なんだね? じゃんけんで最強の戦法はチョキだよ? お姉ちゃんがそれを教えてあげる」


 そう言って、クレハはエプロンのポケットから真っ黒で大きめのハサミを取り出すとそれを目の前に突き出した。

 なんでポケットにハサミ入れてるんだよ。お前のポケットは四次元か?


 とにかく、俺は一度2人の間に入ると、彼女たちもおそらく分かってるであろうルールを説明する。

 全然難しいゲームじゃないし、有名だし、絶対知ってる。


 ルールを説明すると「ああ、そっちのじゃんけんね。私の思ってたのとちょっと違かったな」「リリもそっちのじゃんけんだと思わなかったの。失敗失敗」とか言い始めた。

 お前ら嘘下手か。


 なんで観光前にこんなに疲れなくちゃならないんだとため息をつきながらも、怪我人を出すことなく俺たちはじゃんけんを終えることが出来たのだった。


 *


「おにーちゃんあれ見て! お饅頭屋さんなの!」

「そうだな。朝ごはん食べてないし、食べてくか?」

「う、うん!」


 リリはそういうと、目の前に3つ隣接した饅頭屋の1つ、元祖と看板が掲げられたお店に飛び込んだ。

 シミのついた濃い茶色の外装。見た目的に、看板的にも元祖って感じがする。

『元祖』『本家』『本舗』と3つあるんだから、まずは3つとも見ればいいのにと思うが、我慢できなかったようだ。

 そもそもなんで3つも並んでるんだろう?

 観光地とかでよくある光景だけど、もしかして近くに同じ業種のお店があると儲かるっていう法則でもあるのか?

 でも、もし仮にコンビニが三店舗連続で並んでたらということを想像したら、絶対儲けが出なさそうに思えるし、これは観光地特有の経営戦術かもしれないな。


 そんなことを考えながら、俺も店内に入っていった。


 店の中は、外装から想像できないほど洋風な印象で、明るい明かりに照らされ、オレンジ色の木の壁が輝いていた。

 店の中にはまだ他に客はいない。

 あたりを見まわすと、リリが飲食スペースのど真ん中に陣取り、俺に手を振っている。


 俺もリリの向かいの席に着くと、リリは何故か不満そうな顔を見せる。

 ヒョイと身軽にジャンプして、俺の隣の席に着地。

 満足そうな表情で俺に笑いかけた。


「おにーちゃんメニュー取って。早く注文するの」


 テーブルに立てられていたメニューを取り、リリの前に広げる。

 それを見て彼女は目を輝かせた。


 かく言う俺も少し興奮している。

 饅頭とか地味だし、そこまで期待していなかったのだが、メニューを見るに思っていたのと少し違うようだ。


 まるでファミリーレストランのように商品名とセットで商品の絵が描かれていて、具体的にどのような商品なのかの検討がつけやすいのが良い。

 そして商品の種類が多い。

 黒糖生地なのか、プレーン生地なのかは勿論、もはや饅頭と言っていいのか分からないクリーム餡のもの。

 挙げ句の果てには饅頭パフェとかいう、饅頭に生クリームをかけたパフェ風の商品まである。

 ドリンクバーとかあるのかなとか思ったけど、そちらは無いみたいで、しかし飲み物の種類は多いようだった。

 オレンジジュースから炭酸飲料、饅頭屋らしく抹茶も完備だ。


 リリは注文を迷っていたようだが、俺が饅頭パフェにすると言うと、リリもそれを頼むと言って、店員さんを呼んだ。


 注文を終えて、しばらく雑談していると席に縦長の容器に入ったパフェが運ばれる。

 リリは座高が低いこともあって、テーブルに運ばれたパフェを見上げるようにして目を輝かせる。


「すごっく、すっごいの! 早く食べよう、おにーちゃん!」

「お、おう! 俺も想像以上のものが来てかなり興奮してる!」


 柄にもなく俺の心も踊っていた。

 元の世界だったらまずは写真を撮ってそれから食べたいと思うところだが、生憎、この世界で俺はカメラを持っていない。

 記録に残さず、記憶に残すってのも楽しみ方の1つだろうし、何より俺の腹の虫が我慢できなかった。


 スプーンで、小さくカットされた饅頭とホイップクリームそれに茶色いソースを一度にすくい上げる。

 和風な饅頭がホイップに包まれて幸せそうにしている。俺も幸せだ。

 恐る恐る口に運ぶと…………


「っ!? なんだこれ、美味すぎるだろ……!」

「んっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」


 リリはあまりの美味しさに悶絶し、俺の膝に顔を埋めた。


 饅頭にホイップクリームってもう食べる前から美味しいのは分かっているようなもんだとは思っていたけどここまでとは……。

 薄味の餡子にホイップが絡み、よりまろやかな甘みが口の中に広がり、たまにみせる塩味や苦味がさらにその甘さを引き立てた。

 この塩味と苦味の正体は多分このソース。


 俺はそのソースだけをすくって舐めて見る。

 …………この香ばしい苦味と甘み…………キャラメルソースだ!

 でもおかしい。俺がさっき感じたのはキャラメルのような味ではなかったような気がする。

 そこで、俺はパフェには2種類のソースがかかっていることに気付く。

 そして、躊躇なくもう一種類のソースを舐めて見ると…………


 これはどこかで食べたことのあるような味だな……でもなんだっけ上手く思い出せない。

 そもそもこれはソースじゃ無い…………


 思考をめぐらせ、自分の経験の中から今感じている味を探る。

 そして一致するものを探し当てた。


 そうだこれはみたらし団子、みたらし団子にかかっている醤油と砂糖を煮詰めたものに似ている!


 散りばめられたパフェの工夫に翻弄されながら、俺たちは無心でそれを食べる。

 一緒に話をしながらまったりと朝ごはん代わりのスイーツを楽しむ予定だったが、そんなこと、俺たちの頭の中にそんな余裕はなく、リリも俺も食べている間終始無言だった。


 パフェを完食すると、一緒に頼んでいた抹茶を一気に飲み干す。

 少し苦めの抹茶が、先程まで甘いものを食べていた舌を洗い流した。

 リリは苦いのが苦手なようで、舌を出して目をくの字にして俺に残りの抹茶を差し出し、俺はそれをゴクリと飲み干す。

 勘定を済まし、互いに満足した表情で店を出た。


「いやぁ、美味しかったな。饅頭も進化してるんだ」

「本当に美味しかったの! 将来『オオイタ』に住むって決めたの」

「相当気に入ったみたいだな。でも、俺もその気持ち分かるよ。温泉があって、食べ物も美味しい。良い街だな『オオイタ』」


 ステマ。


「おにーちゃん次はどこに行くの? リリもう結構満足しちゃったの」

「そうだな…………まあ適当に街をブラブラしよう。それが観光ってもんだ……って、あれなんだ?」


 俺はそう言って遠くで忙しなく動き回る青い服を着た人たちを指差す。


「あれは警察の人たちなの。事件があったかもしれないの」

「警察っていたんだな、異世界」

「もちろんいるの。でも、そんなにお仕事はないの。ギルドの中で起きる問題って少ないから」


 そういえば、この世界は力関係で言えば、人間<モンスターだ。

 常にモンスターという脅威に侵されている彼らは、仲間内で争う余裕がないのか、あまり人間同士の事件は少ないらしい。

 因みに、警察は兵士の再就職先らしく、まずは兵士で経験を積み、怪我など戦えなくなった兵士や、戦えるけど戦うのをやめた年老いた兵士がが警察という職に就くのだそう。

 妙に生々しくてその話は聞きたくなかった。


 興味があったので警察が群がるその場所まで行って見ると、1人の、もう50は超えていそうな警察官が俺の前に立ちはだかる。


「ここは立ち入り禁止です。お引き取りください」

「分かってます。黄色いテープ張って、入らないように示してるんですから、そこらへんはわきまえてます。何があったのか知りたいんですけど、それは大丈夫ですか」


 すると警察の人は、リリを一度見て、こちらに視線を合わしたと思ったら、再びリリを見て、焦った様子で俺に頭を下げた。


「も、申し訳ありません! まさか『トウキョウ』の方々とはつゆ知らず」

「あ、いえ俺は違…………」

「またまた…………魔法少女リリを知らないものは世界にいません。しかし、事情が事情ですからリリ様には聞かせて良いものかこちらでは検討がつきません。まずはお付きの貴方にお話をさせていただきます」


 急に丁寧な口調になった警察官は俺の耳元に顔を寄せ、小声で話す。


「この先の森で殺人事件が起きたのです。被害者は2人。1人は太ももを切りつけられた後、首が切り落とされ、即死」

「それは酷いですね…………」

「もう1人の方がもっと酷いです。もう1人は、四肢が全切断。おまけに首まで跳ねられていました」

「っ!?」

「被害者2人の体の一部には太極図の刺青が入っており、最近活動をしていないと噂であった『アンノウン』の一味であることが分かりました。正体が掴めぬギルドでありますから、もしかしたら仲間内の抗争で殺された線もあるとして捜査を続けています。リリ様がやられるとは思いませんが、この街には『アンノウン』が入り込んでいるようですし、注意だけはしておく様にお願い致します」


 そして、警察官は頭を下げると、中にいた警察官に呼ばれ、忙しそうに森の中に入って行った。

 警察が何処かに行った後、リリが俺に事情を聞いてくる。

 しかし、今の情報を彼女にいうわけにはいかない。

 世界最強の魔法少女様でも、中身は子供なんだ。

 あまりショッキングな内容を伝えるのは良くないだろう。


「殺人事件だって。犯人がこの街にいるかもしれないから気をつけてだってさ」

「それは…………悲しいことなの。分かった。でも安心してね、おにーちゃん! おにーちゃんのことはちゃんとリリが守ってあげるの!」

「あはは…………大丈夫だよ。俺だって結構強いんだからな?」

「そうだったの。おにーちゃんは神様だから殺人犯に負けるわけないの」


 またリリはおかしなことを言って、笑い飛ばした。

 俺が神なのかは保留として、多分俺は殺人犯には負けないと思う。

 これまでの傾向的に、ただの人間に負けることはまず無い。

 俺の加護【世界の加護ギフト】は人間に対して異常なまでの防御の力を見せている。

 殺人犯が宝具を使ってこない限り、俺の一方的な勝利は目に見えているだろう。

 宝具であっても、多少のダメージを食らうが死ぬまで行くかと言われたらそれは微妙なラインだ。


 俺に関しては問題ない。

 戦闘能力の乏しいクレハとアイリの方が心配だ。

 この後、俺はクレハとアイリとともに観光することになっているが、その時は十分注意しないなと自分に強く言い聞かせた。

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