第70話 ラップバトラークレハ

 俺が『オオイタ』に帰った頃にはもう太陽は俺を真横から照らしていて、今にも沈みそうだった。

 リリに連れ去られたのはお昼頃だったと思うから、5時間ぐらいトランプしてたことになる。

 割と遊んだなって印象だ。


 俺の左手をリリが握り、扉から出てきた位置で周囲を見渡す。

 時間も時間なこともあって、目の前の太い道路の人通りはあまり多くない。

 お昼頃はあんなにたくさん人がいたのに。

 代わりに、道沿いに立っている民家から何やら焼き魚の匂いや油っぽい匂いが流れてくる。

 その匂いに俺の胃袋は無意識に反応してしまう。


 腹を鳴らした俺を見て、手を握る少女は笑うが、それと同時に彼女の腹の虫も鳴き出し、今度は二人で笑った。


「クレハたちはどこに行ったかな……流石に『オオイタ』から出ちゃったとかは考えられないから、どっかで観光してるんだろうけど」

「クレハ? それってさっきおにーちゃんと一緒にいたおっぱい大きい人なの?」

「その覚え方はどうかと思うけど、そうだよ。後、その隣にいたリリと同い年ぐらいの子はアイリ。友達になれるといいな」

「う、うん!」


 リリはそう言ってコクコクと頷く。

 彼女は話を聞くに『トウキョウ』の上層部の人間で、自分の国のために働き、休みが少ないとか言っていた。

 同い年の友達とか少ないんだろうなぁ……

 アイリもそうだから、きっと二人はいい友達になれると思う。

 そもそも、リリは俺たち旅の一行的に見たら敵だから仲良くなっちゃまずいのか?

 まあ、ミリアの夢の実現より、一人の10歳児に友達ができるかどうかの方がはるかに重要なことだ。

 ミリアを蔑ろにしすぎな感が否めないけど、別にいいだろう。


 適当にブラブラして、クレハたちを探すのはあまりに非効率的だ。

 かといって、俺は彼女たちの場所を知る術はない。

 しかし、彼女たちの方には俺を探知する術があるのを俺は思い出した。


 俺は、周囲に人がいないのを確認すると、口を天に向けて、少し大きめの音量で叫んだ。


「アイリ!! 聞こえてるか!!!?」

「わわわ! おにーちゃん突然どうしちゃったの!? 頭でもおかしく……」

「大丈夫、俺は正常だ。今のは仲間を呼んだんだ。多分気付いてくれると思うよ。ちょっとここで待ってよう」


 そう言って俺は手持ち無沙汰になったため、先程遊んだトランプで簡単なマジックをリリに見せて時間を潰していたところ、街の中心部から3人の人影がこちらに向かっているのを確認する。

 背丈の同じくらいの人が2人、そして、二回りぐらい背の低い人が1人。

 夕暮れ時の太陽の逆光によって姿は見えないが、間違いなく俺の知り合いだろう。

 あれ、というかミリアは俺たちと別行動をとってくれる想定だったんだけどどういうことだ……?

 影がどんどんと近付き、ついにその容姿がはっきりと現れる。


「タケルくーん! 探したよー!」

「タケル先生! お待たせしました!」

「ふーん。あんたがタケル? 随分冴えない顔をしてるわね。私はミリア。まあ、ソウルメイトのクレハの友達っぽいから仕方なく仲良くなってあげなくもないわ」

「随分な物言いですね。指名手配犯のお姉さん」


 ミリアは何を考えてるのか、クレハとともに行動をとっていた。

 いや、考えに考え抜いた結果が今のこれなんだろう。

 ミリアは頭は悪くないし、きっとそうだ。

 しかし……


 俺は、自称超絶可憐な金髪美少女の服装、そしてクレハの服装を見比べる。


 彼女たちはなぜか揃って「アイ・ラブ・オオイタ」と温泉マークのロゴが入った観光地アピールの強いTシャツを着て腕を組んでいる。


 それにソウルメイトってなんだ!

 お前らなんで前より仲良くなってんだよ!

 俺がクレハアイリとミリアを引き離そうと頑張った結果がこれかよ!

 色々言いたいことがあるが、下手にツッコミを入れるとリリに俺たちの関係を勘付かれてしまうかもしれない。

 俺は思わず湧いてくるツッコミの言葉を噛み殺し、笑顔で指名手配犯のお姉さんに話しかける。


「俺の仲間たちと仲良くなったんですね、ミリアさん? クレハもお揃いの服着ちゃって結構馬が合った感じ?」

「おうよ! それより聞いてくれよタケルくん。こいつぁ傑作でよ……私のラップについてこれる女にまさか出会えるとは夢にも思わなかったぜ」

「Yo-Yo−!出会って即、ソウルの交流。互いの思い出めちゃ共有。クレハは私のマジ親友!」

「Hey! Yo! 2人の出会いは運命ディスティニー。こんなチンケな温泉地。退屈すぎて頭に血。でもこいつとならば夢の国ディ◯ニーシー(ここで自主規制音)」

「ちょっと、ここで区切りますねー!!!!!!?」


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 何言ってんだこいつは?


 何を思ってか、2人はラッパー集団になってしまったらしい。

 考えに考えた結果がこれだとしたら、本気で彼女たちの頭が心配になる。

 いや待てよ……クレハは夢の国デ◯ズ二ー◯ーとか言ってたな?

 あれはこちらの世界にないはず。たぶん無い。

 だから今回の謎ラップを考えたのは俺の元いた世界についての理解の深い金髪野郎の方なわけで…………


 やっぱりこいつミリアバカだな!?


 前から何度も言ってることだけど、ミリアは頭がいいのにバカだ。

 確かにミリアは俺の行動から、ミリア自身とそれ以外の人間が関係を持っていることを知られてはいけないと察してくれた。察しがいいのはありがたかった。

 しかし……それを踏まえた上でこの体たらく。

 有り余る知識と才能をおかしな方向に働かせるマッドサイエンティスト的な少女に、俺は心中ため息を、ここ最近で1番大きなため息を送る。


「よく分かんないけど、仲良くなったってことは分かったから、その変なラップはやめてもらえるか?」

「う、うん。これ以上は考えてなかったからマジ助かる。流石は私の旦那様。下手なラップで私は無様」

「ラップしてるじゃねぇか! それと俺はクレハの旦那様じゃない! もう本当にやめてくれよ……」


 話が進まないから本当にやめてくれ……困ります(大いなる意志より)。


 最近クレハさんの精神が不安定すぎて心配になる。

 まさかこれは、俺が彼女を振り続けて来た代償だと言うのか……それは悪いことをしたなぁと思うが、思うだけで、何かお詫びをしようとする気持ちは全く湧いてこなかった。

 全然詫びてねぇ。

 突然俺の左手を握る幼女が笑い出す。


「なんだか、剣の人思ってたような悪い人じゃなさそうに見えて来たの! ただのアホ野郎なの! バーカ!」

「それは聞き捨てならないわね……」

「待て、待て、子供の言うことだろ!?」


 俺は身を前に乗り出すミリアの前に立ち、彼女の歩みを止める。

 だめだこいつら。完全に知能が幼稚園児に戻っていると言っても過言では無い。


 唯一まともそうなのは、この中で最年少のアイリ。

 ミリアがいつも彼女のことを「アイリちゅわん」とか呼んで溺愛してるが、俺はまさに今アイリちゅわんのことを溺愛したい気分だ。

 というか他のメンツが酷すぎる。


 再びラップバトルを始めるクレハとミリア、そしてそれを見て面白がるリリを尻目に、俺はアイリに近付き小声で話す。

 いくら小さな声でもアイリならば絶対に聞き取ってくれるはずだ。


「今はアイリだけが頼りだ。状況を説明してくれないか? なんで2人はアメーバ以下の知能に成り下がってるの?」

「それは……ミリアさんがこうした方がリリさんの警戒が解けると……」

「ほう…………なるほど確かに、今リリはなんだか楽しそうだし作戦通りって感じなのか」


 流石はミリア様。

 俺は最初から彼女を信じてたんだ。


「了解。それじゃあミリアもリリと良い関係を築きつつ事を運ぼうってことだよね?」


 アイリはコクリと首を縦に振る。


 リリは『トウキョウ』の中でも強大な敵……になるんだと思う。

 ミリアはたぶん、リリと理解し合える道があるのであれば打倒『トウキョウ』にかなり近づくんじゃ無いかと考えてるのだろう。

 しかし、俺は先ほどのリリの話を聞いて『トウキョウ』がもしかしたらそこまで悪いことをしていないのでは無いかという疑問を少し抱き始めている。


 リリもミリアも何が正解か分からない、疑念や勘違いをしている。

 少なくとも、リリは『トウキョウ』の行動には正義があると思っており、ミリアも自分の行動が正義とまではいかないがやらねばならないことだと思っている。

 その両方の言い分を知っているのは、この場でただ一人……俺だけだ。


 一度戦いを始めれば次にはこのギルドに甚大な被害をだしかねない2人の美少女たちが、俺というクッションを置いて同じ場所に共存できるこの機会はかなり重要なものだということは俺も重々承知している。

 そのチャンスを、ただ一方的に自分の意見を通すために使うのはあまりにも勿体無い。

 2人が正直に腹を割って話すことができれば、ミリアにとってもリリにとっても違った解決策を導き出すことができると俺は考える。


「リリ、ミリア。一度おふざけはやめてくれ」

「おにーちゃんどうしたの?」

「真剣な顔のタケルくんもカッコいいね」

「クレハもやめてくれ」

「タケルくんのいけず……」


 2人の視線が俺に向けられる。

 俺は覚悟を決めると、先ほどまで馬鹿騒ぎしていた2人の馬鹿者どもに向けてこう提案する。


「リリ、ミリア。話し合いをしよう。話す内容は、ミリアが指名手配になった経緯についての、2人の見解だ」


 俺の言葉にミリアが渋い顔をしたのは言わずもがなだった。

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