第60話 観光開始
視界を支配した猛烈な光が収束し、優しい光へと変化する。
転移が終わったのだろうか。
ゆっくりと目を開けてみると、そこには見慣れない景色が広がっていた。
殺風景な、表面が荒削りでゴツゴツとした黒い岩に囲まれただけの空間。
空の透き通るような青さとの対比で岩たちはその存在感をさらに増し、今にも俺たちを押しつぶしてしまうのではないかと言うような圧迫感を感じた。
実際周りを囲まれてるんだから圧迫感はあるに決まってる。
足元を見ると、そこには川……いや、温泉か。
「……って、靴が温泉に浸かってるんだけど!?」
俺はすぐさま湯から足を引っ込めて黒い大地に飛び上がった。
雨の日、靴の中に水が入った時のあの不快な感じ、あの感じに俺は顔をしかめる。
気持ちが悪い……。
後ろを振り向くとクレハたちがいて、彼女たちは温泉の中に転移されることなく、靴は無事だったようだ。どうして俺だけこんな目にあうんだよ。
「あはは……タケルくん災難だったね。靴脱げば? 私がおんぶしてあげるから」
「絶対やましいこと考えてると思うから遠慮しておく」
「やましいことなんてないよ! ちょっとタケルくんの手を私のここにだね……」
「こらっ、お前はエロオヤジか!」
「んっ!!!! 」
不機嫌そうなミリアの咳払いで、一体クレハとの謎の絡みは打ち切りになる。
彼女なりに俺を助けてくれたのかもしれない。
「そんなことより、ここはどこかしら? 本当に『オオイタ』?」
「その通り、です。少し、ギルドの中心からは離れています、が『オオイタ』です」
「ふーん。なら良いわ。早速ギルドまで案内してもらっても良いかしら?」
手っ取り早く要件を告げると、ミリア一行は『オオイタ』の中心に向かった。
*
11月、季節は秋と冬の変わり目で気温ははっきり言って低い。
寒いのはいやだが、その事が逆に俺に珍しい景色を拝ませてくれた。
周りを見渡せば建物の至る所から湯気が立ち、まるでそれが防壁のように俺たちを包む。
気温は低いはずなのにその白い水蒸気がなんとも俺の心を視覚的に温まらせた。
「ここが『オオイタ』…………日本一の湯量を誇る温泉地帯があるとは知っていたけどまさかここまでとは」
「外から見たときは中が見えないくらいに湯気出てたわね。天然の防壁、といったところかしら」
「ああ、そういう見方も出来るのか。確かに中身の分からない場所に攻め込もうとは思わないし、モンスターからの被害は無さそうだな」
「その通り、です。だから『オオイタ』はこの大陸で、1番安全なギルド、なんです」
ワンさんの解説に俺は頷く。
天然の防壁に囲まれたギルド、それはすごい。
ここまで立地に恵まれていれば、もっと人が集まって、国の規模になってもおかしくないと思うんだけど、そうならないのが少し疑問だ。
ん、ちょっと待てよ。
俺はあることに気付き、ワンさんに質問する。
「人気のギルドだから、勝手に移住されないためにも入国審査があるんですね?」
「よく、分かりましたね。タケルさんの、言う通り、です」
「タケル先生、すごいですわ! わたくしは全然気が付きませんでしたの!」
「いやあ、そんなに褒めないでって。照れるよ」
俺は恥ずかしくなってキラキラした瞳を向けてくるアイリの頭を撫でる。
恥ずかしいことがあるとこうして誤魔化してしまうのが俺の悪い癖だと思う。
こんな癖がミリアあたりに出てしまったらそれこそ死活問題なので、頑張って治したい。
俺が『オオイタ』にい抱いていたちょっとした疑問が解決したところで、早速『オオイタ』観光をすることになった。
というか肝心のミリアが一人で勝手に街に繰り出してしまったためその流れで観光せざるを得なくなったというのが正しい。
しかし、この際そんなのどうでも良いか。
俺の心は目の前に広がる幻想的な街を探索したいという欲求で満たされているのだ。
さあ、思う存分観光するぞ!
と意気込んで見たものの、俺はこの土地に関して全く土地勘がない。
地図とかがあればいいんだけど、それも手元にない。
しかし、俺は心強い味方がいることに気づいた。
「すいません、ワンさん。少し街を案内してもらってもいいですか? 俺たち『オオイタ』は初めてなので」
「お安い御用、です。もとより、そのつもり、でした」
俺は恐る恐るワンさんにガイドを頼んで見たところ、彼は笑顔でそれに答えてくれた。
正直、フクダさんが事前に連絡入れてないって言ってたから嫌がられるのかなとか心配してたんだよな。
良い人だ……と心からそう思う。
心強い味方を手に入れたところで、俺とクレハ、そしてアイリの『オオイタ』観光が始まった。
…………一人抜けてるけどあいつは多分大丈夫だろう。土地勘あるし。
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