第57話 三兄弟の仲直り

 ゆらゆらと揺れる灯籠の温かみのある光に照らされ、まるで夜の空を断ち切るように光のドームが俺たちを包む。

 雰囲気が限りなくハロウィンに近いなと感じる。

 そういえば異世界にはハロウィンってあるのだろうか?

 ミリアにそのことを聞いてみると「あるわ。私の先祖たちが作り上げたものだし、誇りに思っているわ」とのこと。

 異世界ハロウィンあるんだ。

 それと、ミリアってヨーロッパの方の人だったんだな。

 いや、先祖って言ってたしミリアは日本生まれなのかもしれない。

 タネは彼方遠くからの地から流れてきたものだが、繁殖したのは別みたいなシロツメグサとかそういう系の女子なんだろう。

 タネとは別に睾丸で生成するあれを意識して使ったわけじゃない。

 とにかくミリアのご先祖様は海外生まれってことだ。

 だからこそのこの綺麗な金色の髪なのだろう。


 俺のご先祖様はどうなんだろうな。

 たぶん生粋の日本人だろう。だっって黒髪だし。

 それはあまりに根拠としては適当すぎるか。

 日本人を日本人足らしめる要素何手考えても頭がこんがらがるだけだからこんな話はやめてしまおう。


 そうして俺は茶碗に残った米粒を木の箸で器用に集めると、口に運ぶ。

 日本人らしさ、あった。


 俺は遠くに浮かぶオレンジ色の光をボンヤリと眺めていると、不意に背中に柔らかい何かが押し当てられる。

 この脳が溶けるような感覚、何度経験しても慣れないな。


「クレハ、離れてくれ」

「あんでよ〜! あたしたちつきあって…………たんらからいいじゃん!」

「とりあえず、水飲め酔っ払い」


 クレハにコップ一杯の水を渡すと彼女はそれを勢いよく飲み干す。

 飲み干すと、不意に俺の膝の上に頭を乗せてくる。

 飲みすぎて眠くなったのだろうか。


「クレハ、今日は『ニッコウ』開通の祝杯会だからって飲みすぎだぞ」


 そうなのだ。

 今は先日行われた『ニッコウ』と『ウツノミヤ』の開通作戦のお祝いを『ウツノミヤ』の大広場で行なっている。

『ニッコウ』のご老人達も全員一人残らずこの祝杯会に参加している。

 久しぶりのお祭りごとに彼らも年甲斐もなく大騒ぎしていた。あちらこちらで謎の踊りを披露しているぐらいだ。一体何の踊りなのか気になるな。


『ニッコウ』側にとっては開通祝い兼ニッコウの名を残すことの成功祝いであり、

『ウツノミヤ』側にとっては開通祝い兼ギルドから国への昇格祝いとなっており双方のギルドの人たちは飲んで食べて踊って歌ってどんちゃん騒ぎのカオスな祭りになっている。


 結局、2つのギルドが両方満足する結果を得られたことはとても良いことだと俺は思う。

 俺やミリア、クレハそれにアイリが2つのギルドを行き来した甲斐があったんだな。


 俺の脳内を透かしたようにクレハは膝の上に乗せた頭をぐるっと回転させその顔を俺に向け、不満そうな顔をする。


「きょうは……しゅくはいかいじゃらくて……ひっく…………ひつれんかいじゃばがやろー!!!! たけるくんとーとい! しゅきだー!!!」


 彼女はそこまで言うと酔いが完全に回ったのか、スヤスヤと寝息を立て意識を落とした。

 全く……失恋会……か。

 俺は申し訳ない気持ちを心の何処かに抱えながら、眠り姫の髪を撫でてあげる。

 長く伸びた黒髪は、フワフワと手触りがよく、何度でも撫でたくなるがあまりやりすぎると隣に座る金髪美少女の視線が怖いのでここまでにしておく。

 レンガ道の上に布を敷き、その上に乱雑に置かれた御馳走たち。

 ミリアは骨つきの鶏肉を1つとると、それを自分の皿に乗せた。

 彼女がそれを頬張ると、中から黄金の肉汁が飛び出る。

 その光景はあまりにも俺のお腹に響くものであったため、俺もミリアと同じものを取り、口に運んだ。

 想像通り、いや、想像以上に溢れ出る肉汁に俺の頭は幸福感で飽和する。

 肉といえば牛肉だと思っていたが、鳥もなかなかやるじゃないか。

 骨に付いた肉を根こそぎ取り終わったところで、ミリアに先程から思っていた疑問を投げかける。


「なあミリア、お酒は二十歳になってからじゃないのか?」

「こっちの世界では特に決まりはないのよ。それぐらい察しなさいよね」

「そうなのか……というかミリアは俺の元いた世界のこと結構詳しいよな。お酒が二十歳ってことも知ってるみたいだし。そういう情報はどこで仕入れているんだ?」

「図書館よ」

「そんな手軽に手に入るものなの異世界の情報!?」


 驚いた。まさか図書館に俺の元いた世界についての文献があるとは思わなかった。

 結構みじかな存在なんだな。こっちの世界にとっての異世界って。

 そう思っていたのだが、ミリアは首を横に振る。


「手軽には手に入らないわ。一応、私の知っている情報は『トウキョウ』の国家機密ってやつなんだと思う」

「国家機密!? お前まさかその件でも『トウキョウ』に狙われてるとか……」

「それは無いわ。私が異世界の情報を知っていることは決して彼らにはバレない。何故ならその情報を私に提供したのは『トウキョウ』の上層部なんだから。上層部の人間が自分のせいで国家機密が漏れました〜なんて言うと思う?」

「それは……無いな。安心した。それで、ミリアに異世界の情報を与えたのは誰なんだ?」

「……あんたに名前を教えても意味ないだろうから話しちゃうけど、サラという私の友達よ。親は『トウキョウ』の国立大図書館の管理者なの。小さい頃はよくこっそり図書館の最奥まで忍び込んだりして2人で遊んだわ」

「それでミリアは異世界の情報を知っているということか…………でも、疑問が残るな。そもそも異世界の情報はどこから流れてくるんだ?」


 まずそこに疑問が出るのは順当な流れだろう。

 異世界、といっても並行世界だけども、その世界の情報が手に入れられるってどういうことなんだろう。

 そういった観測機器が存在している?


「その質問に答えるのは難しいわね……流石に分からないわ」

「そうだよな……ミリアにも分からないことはあるよな」

「む……その言い方は挑発的ね。一応予想ぐらいならあるわ! 恐らくだけど、ここ最近の情報は前に話した魔法少女リリが手に入れてきたものじゃ無いかと踏んでいる」

「俺を召喚したやつか」

「そう、それ。タケルがリリによって召喚されたことを踏まえると、彼女は並行世界にまで扉を作ることができると分かる。扉が作れれば、彼女はそれを使って空間を行き来できるわ」

「なるほど……確かにできなくはない……のか?」

「それと追加の根拠だけど、リリが魔法少女と言い張ってフリフリのド派手な衣装を着だした時期と、図書館にプリ◯ュアの情報が入った時期が非常に近いのよね。多分関係があると思うのよ」

「いや、もうそれリリが情報源で間違いないな!?」


 異世界の情報源、確定しました。

 まさか俺をこの世界に呼んだ人間が異世界の情報を仕入れていたとは……順当な結果といえばそうなのだろうけど、世界は狭いと思った。


 おそらく異世界関係はこの魔法少女リリが大きく関係しているらしいし、俺が元の世界に戻れるかはその子が鍵になる。

 俺がミリアと共に旅をする目的の1つに「元の世界に戻る」ということがあった。正確には元の世界に戻る手がかりを見つけるだが。

 とにかく、俺が元の世界に戻るためにはまずはリリに会わなければならない。そしてそのリリは『トウキョウ』の人間で、ミリアの掲げる打倒『トウキョウ』という目的の手伝いをしていればいずれリリには会える筈だ。

 回りくどく言ったが、まあつまりこれからもミリアについて行けば問題ないってことだ。一安心、一安心。


 ミリアについて行けば、というところで俺は一つ疑問が浮かぶ。


「ミリア、次はどこまで旅するつもりだ?」

「せっかちね。でも心配しなくても大丈夫よ。もう行き先は決めてあるから! 次は『オオイタ』に行くわよ!」

「はぁ!? …………ちょっと待て、俺の元いた世界だと大分はここからだいぶ離れていると思うんだけど…………もしかしてこっちの世界では近かったり……」

「何言ってるのよ? 『オオイタ』といったらここからめちゃくちゃ遠い西のギルドよ。海を挟むわ」

「う、うわぁ………………」


 彼女の言葉で俺は一気に気分が落ち込み肩を落とす。

 まさかこいつ本気であんな遠いところまで行くつもりなのか?

 流石に何か乗り物があるんだろうとか淡い期待を抱いてはいるのだが、ミリアのことだから「【時間】が使えればそんなにかからないわ?」とか言ってきそうだ。一人で行ってきてくれ。


 俺が一人で今後の旅を心配していると、誰かが俺の肩を叩く。

 誰かと思い振り返ると、そこにはいつも通りスーツ姿のフクダさんが立っていた。


「そんなに心配しなくてもいい。『オオイタ』まではうちのギルドから転移できるようになっている」

「転移……? それって前に魔法少女リリがどうこう言ってた時の……『ウツノミヤ』にそれあったんですか!?」

「その通りよタケル。前に一回『ニッコウ』に行く時遠回りして行ったじゃない? その時に通った温泉地、あそこが転移ポイントを担っているっぽいのよね」

「ああ、鬼怒川ね。そうだったのか……転移系の加護は珍しいって聞いてたけどまさかこんな近くにいたとは……でもフクダさんは前に私たちのギルドは転移の加護を持つ人間がいないとか言ってませんでした?」

「よく覚えているね、タケルくん。しかしあの言葉は正しい。【転移】の加護を持っているのは『オオイタ』の方だ。10年ほど前だったと思うのだが、疲れ果てた旅人が『ウツノミヤ』を訪ねてきてね。その介抱をしてところ、恩返しをしたいと言って、近くに温泉が無いかと尋ねてきた。その旅人は、温泉地と温泉地をポイントに転移を行う加護を持っていて、一度『ウツノミヤ』の温泉から『オオイタ』に帰ると向こうの名産品を大量に持って帰ってきた。私たちのギルドはそれらを気に入ってね、それ以来貿易を続けているといった関係だ」


 フクダさんはそう言って、バイキング形式に並べられている料理の中から、1つ鳥の天ぷらを取ると、それを自分のさらに運ぶ。


「実はこのとり天は向こうから伝わってきたものだ。…………やはり美味しいなこれは。しかし、本場のそれには劣る。君たちも無効に行ったら本場のものを食べてくるといい。きっと気にいる筈だ」

「そ、そうですか」


 ミリアは前にこの世界では他のギルドと貿易をしなくてもギルドを成り立たせることができるため、極論貿易は必要ないといったことを言っていたが、貿易がないというわけではないらしい。

『ウツノミヤ』ほどの大きなギルド……今は国か、国になると余裕が出てきて嗜好品が欲しくなるのだろう。美味いものは世界を繋ぐな。とり天美味しいし。


「でも、その転移ポイントを勝手に使わせてもらっていいんですか?」

「いいんだ。今回私の初めてのお使いが達成したお礼……いや、これは公にしてはいけなかったのだった。『ニッコウ』が国になれたお礼として、そして…………私がミリアくんの宝具を壊してしまったお詫びだ」

「そうよ! よくもフクダ、私の宝具を壊したわね! 私に何かお詫びしなさい! って事で一週間の旅行をこじつけたわ」

「こら、何たかってんだよ! フクダさん、こんな奴の言うこと聞かなくていいですから」

「こんなって何よ、こんなって! 一応言っておくけどね、『オオイタ』に行くのはきちんと理由があるんだからねっ!」

「理由ってなんだよ」

「自分で考えなさい。すぐに教えたら面白くないでしょ?」

「そうなのか……?まあいいや。次の目的地はあるってことは分かった。俺はそれについて行くだけだ」

「あ、ありがと…………」


 突然照れやがって、キャラじゃないことすんなって感じだ。

 まあ、色々不安はあるけどミリアは何も考えなしに行動するタイプじゃないし大丈夫だろう。

 目的は戦力増強とかかな?

『オオイタ』と転移で繋がれることを考えると、『トウキョウ』からバレずに大きな戦力を確保できるわけだし、ミリアにとっては好都合か。

 真意はわからないけど、大丈夫だ。

 最悪危ないことになっても、そこは俺がフォローする。



 次の目的地が分かったところで、俺はある人に会いに行かなければならないことを思い出す。

 二人に別れを告げると俺は広場の端で仲良くお酒を交わす彼らの元に足を運んだ。



 長い髭が特徴のご老人たち。

 ライト三兄弟がこちらに気付くと軽く会釈してお酒を飲む手を止めた。


「ああ、タケル様。この度はなんとお礼を申し上げれば!」

「そんな、顔をあげてください……長男さん? 他の二人も」


 あんまり自分より年上の人に頭を下げられるのは慣れない。

 変な気持ちになってこそばゆいのだ。

 お酒を呑んで酔いが回っているのか、3人とも顔が真っ赤でまるでお猿さんみたいだ。

 俺は次男さんに視線を向けると、彼はスーッと視線をずらした。

 なるほど、まだ話していないのか。


 言いづらい話を切り出すために必要なのは、お酒やほんの少しの勇気、それに第三者の仲介とかだろう。

 できればこうしたくはないが、俺は次男さんにむけて口を開く。


「次男さん。あの話はしていないんですか?」

「あの話……? なんじゃ次男、兄弟の私たちに隠し事か!」

「長男の言う通りじゃ! ほれ、この期に言ってみろ! …………タケル様、お酌をしますですじゃ。このお猪口を……」

「いや、俺は飲まないので!」


 自然な流れでお酒を飲まされそうになるのを俺は拒否すると、真剣な眼差しを次男さんに向ける。

 彼は下を向き黙りこくっている。

 しかし、俺は急かしたりしない。

 これは彼の、彼らの問題だ。


 しばらく俯いたままだった次男さんだが、クイッと顔をあげる。


「私は…………『ニッコウ』を出ようと……思っていますですじゃ」

「……!? 何を言っておるのじゃ次男! 酒で頭がおかしくなったか!」

「そうじゃぞ……冗談」

「冗談じゃない……ですじゃ。私は…………私は…………あの寂れたギルドにはもう居たくないのですじゃ」


 いつも一緒だと思っていた次男からの厳しい一言に長男と三男はたじろぐ。

 言い出してしまったらもう止められないと悟った次男さんは一気に不満を爆発させた。


「確かに、長年住んで来た場所ですじゃ……しかしそれだけ。暮らしやすいかといえば……首を縦に振ることはできないと私は思いますですじゃ。活気がない、労働力がない、病院もない、温泉や歴史的な遺産はあるがそんなもの見飽きてしまい嬉しくもなんともない、美味いものがない、娯楽がない、そもそも娯楽を楽しむ余裕がない、観光客もいない……数えればきりがない」

「そこまでにするのじゃ!!」


 半ばラッパーと化した次男さんの口を長男さんが塞ぐ。

 抵抗を続ける次男さんだったが、少し経つと諦め、大人しくなった。


「次男……お前まさかそこまで『ニッコウ』を嫌っていたとは……お前には誇りがないのか誇りが!」

「誇りが無いと誰が言った! 誇りならあるに決まっておろう! あるからこそ……こんな寂れた『ニッコウ』は見ていられないのじゃ……」


 次男さんの最後の言葉に他の二人は口を噤む。

 結局次男さんも長男さんたちと一緒なのだ。

 長男さんと三男さんは、誰かの力を借りてただ助けられることにどうしようもなくプライドが傷付き、恥を感じていた。

 次男さんは、廃れていく『ニッコウ』が諦め悪く足掻く様子に恥を感じていた。

 羞恥を原動力に動いていた3人だが、その方向は異なって、そこで食い違っていた、それだけなんだ。


 この話はフクダさんから聞いた話だが、変幻自在の黄金棍ニョイボウを盗んだのは次男さんだったらしい。

 宝具を盗み、自衛の力が無くなれば流石に観念して『ウツノミヤ』との合併話を飲まないわけにはいかないだろうと思ってのことらしい。

 そもそも変幻自在の黄金棍ニョイボウはその性質上、本体が盗まれない限りそれを取り返すことができるものであり、その秘密を知っているギルド長、ライト三兄弟以外に変幻自在の黄金棍ニョイボウを盗むと言った芸当が出来るはずもないのだが、長男さんたちはそれに気付かなかったらしい。クレハはそのことに最初から気づいていたみたいだけど。


 3人は互いの顔を見合うと、急に笑い出す。

 次にビールを互いのコップに注ぎ合うと乾杯し、それを一気に飲み干した。

 満足そうな表情で互いの肩を抱いた。


「なんじゃ、次男! お前も『ニッコウ』大好きじゃないか! だったらそっちの事情も早く話せばよかったものの!」

「話して聞くような雰囲気じゃなかったじゃろうが! 長男はいつもそうじゃ、自分の意見をみんなも持っていると勘違いしおって!」

「それは悪いことをしたのじゃ! 反省はしておるが明日には忘れておるかものう!」

「わははは!!!! それでこそ長男じゃ! ここで折れたら偽物かと疑ってたところじゃ!」


 肩を叩き合う姿はまるで無邪気な少年のようだった。

 よく分からないけど、3人は仲直りしたみたいだ。

 次男さんがどこで暮らすかはこれからゆっくり話し合うのだろうけど、どんな形であれ、彼らが納得する結論を出してくれそうで俺は嬉しかった。


 親しい仲でも、それぞれ思っていることは違う。

 あくまで自分は自分、相手は相手なんだ。

 しかし彼らは、意見がずれても互いにそれを受け入れ、仲が悪くなることはない。


 俺は旅を共にする3人の少女のことを思い、俺も彼女たちとそんな関係になれればいいなと夜空を走る流れ星にそう祈った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る