第55話 アラクネ攻略1

 森の奥の方へ進むにつれて、モンスターの出現頻度は高まってきていた。

 息つく間もない、といったほどではないが休憩時間が少ないのはなんとも辛い。

 今のところ、モンスターからダメージらしいダメージを貰ってはいないが、それでも倒した際に吹き出る体液は精神衛生上良くないし、俺の体力だって限界がある。

 敵は己って感じだった。


 モンスターの襲来が一区切りついたところでクレハが俺に飲み物を持ってくる。

 木のコップに入った、キンキンに冷えた水だ。

 俺はそれを胃袋に流し入れる。

 労働後の水ほど美味いものはない、ともまでは言わないが、これまでの戦闘がただの水を極上の水へと変化させるスパイスになっていたことは間違いない。


 クレハにもう一杯水を頼むと、彼女は手に持っていたコップを俺に渡す。

 自分の分は後でまた取ってくるから先に飲んでいいと言っていたので俺はその好意に甘えさせてもらうことにした。

 クレハも人に気遣いとか出来る子なんだなぁ、とか少し感心したのだが、それも束の間のことで、帰ってきたクレハの顔が妙にニヤついていたことで俺は彼女と間接キスをしてしまったことを自覚する。

 クソッ!なんでこんなところだけ頭が回るんだこいつは。

 そのしたり顔をやめろ!


 とは言っても、今日俺はクレハの彼女ということになっているので、それを渋々受け入れる。恋人同士なら間接キスとか気にしない筈だ。たぶん。

 クレハから貰った水を飲み干すとアイリがトコトコと近付いてくる。


「タケル先生、モンスターはもうこの辺りにはいないようですわ! モンスターもタケル先生の力に恐れて何処かに行ってしまったのかもしれないとわたくしは考えますの」

「そんなこともあるのか。確かに無駄死にするって分かったら無理に突っ込まないのは当たり前か。ありがと、アイリ」

「いえいえ、それがわたくしの仕事ですから!」


 アイリは謙遜の言葉を述べるが、態度では非常に自慢げに胸を張っていた。

 実際彼女の功績を考えれば、自慢げになっても何も問題ないと俺は思う。

 索敵というものは一見地味ではあるが、戦闘において相当に重要な役割だ。

 特に今回の作戦のように、相手側に圧倒的に地の利がある状況において、索敵によって不意をついた先制攻撃を受けないというのは圧倒的なアドバンテージになる。

 そのありがたみは、戦闘役の俺が何より感じていた。


「そう言えば、クレハ。魔力の方は大丈夫そうか? この調子で行くと『ウツノミヤ』に到着するのは後3時間後、って感じだけど」

「後3時間かけっぱなしはキツいかもしれないなー。いらないところではちょくちょく加護切ってるし大丈夫かもしれない……? あっ、ちなみに今は加護を切ってるよ。でも後1時間くらいしたらミリアが帰ってくると思うし、あまり心配しなくてもいいんじゃないかな?」

「そうだった。ミリアのことを完全に忘れてたよ。あいつのことだから無事に鎮火作業を終わらせて帰って……」


 俺がそこまで言うと、不意に俺のこめかみに何か硬いものが衝突する。

 ぶつかった衝撃で俺は首がもげそうな感覚に陥るが、俺の体はそこまでやわじゃない。

 首は繋がったまま、その衝撃でおよそ5mの大跳躍をした俺は道の端の背の高い木に叩きつけられる。


「警戒態勢! モンスターが何処かにいるぞ!!」


 大声で叫ぶと、皆一様に体を強張らせ後ずさりをする。

 何故だ。さっきアイリはもうこの辺りにはモンスターはいないと言っていたのに。

 自分の加護が役に立たなかったことで、この場で1番ショックを受けているアイリはただ呆然とつっ立ち、正気を奪われているかのような状態に陥っている。

 いつもは冷静な少女であるアイリだが、自分のミスが露見しては冷静に取り繕うこともできないのかもしれない。

 ああ見えてまだ彼女は幼女さんなのだ。

 意外にも冷静に動けるクレハは迅速に『ニッコウ』の面々を退避させる。

 突き出た2枚の壁の内側に入った人たちに手を出すことは難しい。

 適切な判断だと思う。


「ナイスだクレハ! そのままアイリも壁の中に入れてくれ」

「わ、分かった!」


 クレハがアイリを壁の中へと担いで行くのを確認したところで、俺は再び見えないモンスターからの一撃をもろに食う。今度は腹だ。

 先程は完全に不意をつかれた一撃であったが、今度は何かが来ると分かった上での一撃だ。俺の体は先程のように吹き飛ばされることはなかったが、それでも結構な距離を滑るようにして威力をいなさなければその一撃を止めることはできなかった。


 なんて重い一撃なんだ!

 それに相手が見えない。アイリの【感覚操作】を持ってしても感知できないとなると何か特別な加護を相手は持っているのか?

 いや、それだと相手は視覚を持ってしても聴覚を持ってしても感知できない二つの加護を持っていると言うことに……二つの加護を持つモンスターなんているのか?

 いや、以前戦ったバフォメットはスライムを食べることによりもう一つの加護を手に入れていた。そのようなパターンもあるし、考えてもキリがない。

 それに俺は相手が何故その加護を持っているのかではなく、その持っている加護をどう対処すればいいのかを考えるべきなんだ。

 そのためには情報が少なすぎる。

 とにかくぶつかって情報を得て行くしか…………


 そこで再びモンスターの一撃が俺の背中に繰り出される。

 腰の骨が折れそうになりながらも俺は身を翻し、ぶつかってきたそれを掴む。


「捕まえたぞ! 正体を現せ…………いない?」


 しっかしと捕まえたはずのモンスターの一部分は気付けば俺の手から滑り落ちていた。

 見ると手にはネバネバとした透明の液体が付いている。

 これはなんだ? 毒?ネバネバして……これのせいで相手を掴むことができなかったのは間違いない。

 しかし、一瞬だが相手の存在を感じ取ったぞ。

 俺が一度掴んだそれは硬くて棒状のものだった。

 動物の爪という感じではない。

 どちらかといえば昆虫の一部分のように感じた。

 今まで戦ってきたのは大雑把に言ってカマキリと蜂だどちらも今触ったものに近い感触の部位は持っていない。

 だとするとなんだ?

 バッタや甲虫系のモンスター、それにこの世界では動く植物があっても不思議じゃない。

 考えられる可能性が多すぎて、辛い。


 そうこうしているうちにもう一撃の攻撃が俺の顔面に繰り出される。

 真正面から受けたその攻撃を俺はバク転しながら威力をいなす。

 俺には【世界の加護ギフト】という最強の防御加護があるが、このモンスターの一撃はその加護の上から、わずかではあるがダメージを与えてくる。単純威力だけならバフォメットクラスか?

 ミノタウロスの一撃は軽く凌駕している。


 その後も俺は何発も正体不明のモンスターからの攻撃を受けては吹き飛ばされ、捕まえようとすればネバネバした液体で逃げられを繰り返す。


 そうこうしているうちに、クレハが皆を避難させて戻ってきた。


「タケルくん! 大丈夫!? 少しダメージ受けているみたいだよ!?」

「大丈夫だ! それより『ニッコウ』の人たちはどうした!」

「全員退避完了だよ! 褒めて!」

「ごめんなクレハ。俺には今そんな余裕はない……!」

「なら仕方な…………キャッ!!!!!!!」


 不意に悲鳴をあげるクレハを見ると、彼女は謎のモンスターの一撃を受けて吹き飛ばされていた。

 俺は自分に向けられる不可視の攻撃を切り抜けつつ、彼女が木に衝突する前に間に入ることによってクッションになる。

 俺の胸にクレハの胸がぶつかると、勢いは完全は弱まる。

 どことは言わないがクレハさんの反発係数は0に近いのかもしれない。


「大丈夫かクレハ」

「う、うん……ありがとう、タケルくん。それよりあれ見て……」


 クレハが指差す先を見つめるとそこには生き物の脚のような黒光りする棒状のものが宙に浮いていた。

 おそらくクレハを攻撃したモンスターの脚だ。


 ステルスが解けている……?


 何故ステルスが解けたんだ?

 もしかしてステルスに効果時間があって、それだからステルスが解けた……?

 だとしたら時間を稼げばこちらに勝機がある。

 俺の【世界の加護ギフト】は時間稼ぎに関しては間違いなく一級品の加護なのだから。


 そんなことを考えているうちに、ボーッと眺めていたモンスターの黒い脚はスーッと周りの景色に溶け込んでしまった。

 ステルスをすぐにかけ直したのかあるいは……そもそも効果時間なんてないのかもしれない。

 残念ながら俺の加護は今回役に立たなそうか。


 だとすれば……攻撃時に姿を現す?

 これは違う。だったら俺に攻撃した時も脚が見えてないとおかしい。

 間違いなくこの考えは却下だ。

 しかし、攻撃時に相手が姿を現したのは揺るぎない事実だ。


 俺に攻撃した時にはステルスは解除されず、クレハに攻撃した時にはステルスは解除された。

 理由は俺とクレハの違いにあるのではないかと予想がつく。

 それじゃあ俺とクレハの違いってなんだよ。

 性別? それとも…………


 そこまで考えて俺は一つの結論に到達する。

 そして壁の中に避難したアイリに届くように声を大にして叫んだ。


「アイリ! 聖水を持ってきてくれ!」


 たとえ壁越しで、さらに遠く離れていても俺の声は彼女に届く。

 彼女の【感覚操作】は……俺の加護なんかよりも絶対に役に立つ加護なんだから。

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