第54話 アラクネ


 黄金の髪をたなびかせる少女……ミリアが謎の脚に襲われてからおよそ30分。

 彼女は山火事の元になる小さな炎を次々と鎮火して行き、予定通り『ウツノミヤ』に到着した。

 緊急の事態において、冷静に自分が出来ることすべき事を取捨選択し、そして自分では手が回らない部分に関しては仲間に頼り、山火事による全焼という最悪の結果になることを回避してみせた。

 この時点で彼女の功績は相当なものであることは間違いない。

 問題はこの異常事態を引き起こした元凶は彼女の持つ宝具であるということだが、周りはそれに気付いておらず、自分の体裁のためにも黙り通すことにしているようだった。


『ウツノミヤ』の少し開けた広場に到着すると、彼女はまずこのギルドのギルド長を探す。

 探そうとするが、ギルド長は愚か人っ子一人そこにはいなかった。

 大きく反り立つ土の壁が20m程にかけてそびえ、まるで森からくるものをギルド内に入れないようにするための防壁のよう。

 彼女は状況からこの土壁が形成す炎クサナギの一撃を防ぐためのものであったことを理解する。


(土壁には焼け焦げた後がない。『ニッコウ』の方は無事に防げたみたいね。やるじゃないフクダ)


 彼女は壁に向かって大きく飛び跳ねると、壁の中腹程で手に持つ疾風迅雷の細剣ブリューナグを壁に突き立て足場を作り、そのまま飛び上がって壁の頂上まで飛び上がる。

 小さく左手をパチンと鳴らすと壁に刺さった宝具は霧散し、今度は右手で空間を引き裂くと中から先ほど霧散した宝具を引き抜いた。

 彼女の【召喚】の加護はこれを可能にする。


 壁に登り、向こう側の状況を確認したミリアは目を見開き驚愕する。

 そこには丸焦げになったスーツに身を包む初老の男が横たわり、周囲には彼を看病するために忙しなく水の入ったタライを運んではタオルを濡らし彼の体を冷やした。

 ミリアはすぐに壁の下に降り立つと、そこらにいた『ウツノミヤ』の人間に状況を確認する。


「状況は? フクダはどうなっているの?」

「……お、お前はあの時の『ニッコウ』の使者……フクダさんにとどめを刺しに来たのか!!」

「今は仲間よ。説明されてなかったのかしら? それより早く今の状況を説明しなさい」


 納得いかないと言った様子の元受付のお姉さんは渋々状況を説明する。

 彼女の説明で状況を把握したミリアは大きくため息をついた。


「あんたたち、どうしてそんな古典的な看病をしてるのよ……【治癒】の魔法があるでしょ?」

「最初は試したのですが……あまりに火傷が酷いらしく……」

「なるほどね。このギルドにはもう魔力の高い人間が残っていないとフクダは言っていたけど、本当みたいね。このギルドで1番良い【治癒】の魔法石を持って来なさい」

「しかし、【治癒】の加護を生まれつき持つ人間でダメだったのです。魔法石ごときで……」

「このミリア様が直々にあんたのところのギルド長を助けてやるって言ってるの。早くしなさい!」

「は、はい……!」


 最初はミリアのことを信用していなかった受付であったが、彼女の覇気に押され彼女に従う。

 しばらくすると受付はミリアの元に戻ってくる。手には緑色の魔法石が握られていた。

 ミリアは、自身が以前持っていた魔法石よりも一回り大きいそれ手に取ると自信に満ちた表情を浮かべた。


「ふーん。なかなかいいもの持ってるじゃない。フクダを助けたらこれもらってもいいかしら?」

「あなたは次から次へと要求を…………いいですよ! フクダさんが助かるならもうそれでいいです!」

「ありがと。じゃあありがたくいただくわね!」


 ミリアは魔法石を左手で固く握り直すと、右手で空間を切り、中から光の玉を取り出す。

 昨日粉砕したはずの真実を導く光玉リア・ファルは輝きや大きさは昨日のそれとは全くもって違うものではあるが、輪郭をぼやかしながらかろうじて球体を保っていた。


(1日程度じゃここまでしか再生しないわよね。いや、むしろ昨日たくさん栄養とったからこそここまでの高速再生だと自分を褒めるべきかしら?)


 ミリアは真実を導く光玉リア・ファルを右手で突くとシャボン玉のようにそれは光の粉を撒き散らし弾ける。

 迸る魔力を纏った彼女は、その魔力を全て左手のそれに注ぐ。

 力が高まったのを見計らい【治癒】の加護をフクダに向けた。


 初め、魔法石から照射される緑色の光はフクダの頭部に当たる。

 だんだんと治癒の光はその効果を発揮していき、ものの10秒ほどで赤く焼け爛れたフクダの頭部は何もなかったかのように元どおりになった。

 確信を持ったミリアは、光を頭から顔に、顔から全身に、と順々に照射していき、瞬く間に『ウツノミヤ』のギルド長は完治させる。

 目を開けると、ゆっくりとフクダは体を起こした。

 自分の周りに自分の部下たちが取り囲んでいる状況を驚きながらもフクダはミリアが差し出す手を取ると立ち上がる。


「ミリアくん、君が直してくれたのかい?」

「その通りよ。感謝しなさい! ついでにこちらもありがたく魔法石を頂くわ!」

「それはうちで1番良質な…………それは少し勘弁してくれないか?」

「ダメよ。私は宝具まで使ってあんたを直したのよ。これぐらいの見返りがあってもいいじゃない」

「いや、元を辿れば君の宝具が原因で私は……」

「ああああ!!!! 聞こえない!! 気分が変わったわ! 魔法石は返してあげる。寛大なミリア様に感謝しなさいよねっ!!!!」


 痛いところを突かれたミリアは会話を強引に打ち切ると、魔法石を受付のお姉さんに返却する。

 お姉さんは再び不審げな目を向けるが、ギルド長が彼女に対して疑いをかけていないところを見ると、再び渋々、諦めるように自分を納得させていた。


「とにかく『ウツノミヤ』に被害が出ていなくて良かったわ」

「私には被害が出ているがね。まさかそこまで強力な宝具だとはね」

形成す炎クサナギのことかしら?」

「いや、光の玉の方だ。君は昨日、あの玉を使った上で剣の宝具を解放しようとしたね? もし本当にそれをしたと考えたら……それこそ、『ウツノミヤ』は甚大な被害が出ていただろう」

「あーごめんごめん。私もあの時必死だったのよ。……そうだ。あんたにちょっと聞きたかったことがあるのよね」


 そう言うと、ミリアは先程森の道で出会った脚だけのモンスターの話をフクダにする。

 フクダは話を聴くと、しばらく考える。

 様々な可能性を考えているのだろう。

 思いついては自分で否定し、また考えては否定して、結局彼は首を横に振った。

 ミリアはフクダのその態度が妙に気に入らなかったらしく、表情を強張らせ強い口調で言い返す。


「自分の頭の中で勝手に完結させないでくれる? こっちは全く情報がないのよ。怪しいと思ったその可能性を私に話しなさい」

「分かった。私はミリアくんが出会ったというモンスターに似たモンスターを知っている。それはイロナシグモと呼ばれ、胸部が透ける特殊な金属で覆われている。そのため脚だけが見えるといったモンスターだ」

「ちょっと、あんたの言ってるそれでもうほとんど合ってるじゃない! どうしてそれを言ってくれなかったのよ」

「それに対する回答は簡単だ。イロナシグモは絶滅したのだよ。この宝具、北斗に浮かぶは泡沫シチセイケンの夢を作るためにこのギルドの住民が刈り尽くした。うちの郷土資料には、元々不可視のモンスターはギルドに些細ではあるが食料盗難等で被害が出ており対応策が欲しいと住民が悩んでいた時期と、偶然オカザキの一族が『ウツノミヤ』に移り住む順番が回ってくる時期が一致したことがイロナシグモ狩りのきっかけだと書かれていた」

「ふーん。それで絶滅したと」


 ミリアは嘲笑を含んだ眼差しでフクダを見る。

 いい気分はしなかったが、フクダは話を続けた。


「その通りだ。実際ここ1世紀の間、イロナシグモは確認されていない」

「了解。分かったわ。私が出会ったモンスターはイロナシグモで確定ね……でも蜘蛛の変異種だしこの場合はアラクネと呼んだ方がいいのかしら?」

「アラクネ……? 何を言ってるんだ君は」


 聞きなれない単語に困惑するフクダにミリアは生物の突然変異についての説明をする。

 以前にタケルがされたものと同じものだ。

 説明を聞き終わると、フクダは妙に納得した様子で頷く。

 そしてワンテンポ遅れて小さく笑い出した。


「どうしたのよフクダ。火傷で頭でも悪くした?」

「そちらの方は大丈夫だ。長年の疑問を即座に解決した君に対する感嘆と、問いの答えが出たことによる快感の余韻に浸っているところだよ……泡沫の夢、か。オカザキの者はこの結末が分かっていたというのが滑稽だ」


 フクダはそう言った後、固まった体をほぐすと壁の端の方へ歩き出す。


「さて、行くとするか。一緒に戦ってくれるね、ミリアくん?」

「戦うって何とよ」


 歩みを止めないフクダの後を追いながらミリアは問いかける。

 フクダは壁を横から抜け、壁の裏側に出たところで一度足を止めた。

 彼が腰に携えた宝具に手をかける。

 その刹那、目にも留まらぬ速さで抜刀すると何もない空間に宝具を振るった。

 刀を振り、それを再び腰に戻したところで、何もなかったはずの空間がずるりとズレ落ちるとそこには生物の体の断面が生々しく横たわっていた。


「アラクネ、とやらとだ。奴らはもうこの広場まで来ているようだぞ。敵を倒す準備はいいか? 異国の少女よ!」


 遠くを眺めるフクダの目は不可視の蜘蛛の存在をしっかりと捉えていた。


 *


 フクダが腰にかける刀を振るたびに、空間がズレ落ち、一匹、又一匹とアラクネの命が断たれていく。

 周りの景色に溶け込むイロナシグモの変異種……アラクネであるが、モンスターである以上彼らの体内には魔法石が埋め込まれており、フクダは自身の加護【魔力探知センサー】により彼らの存在を確認、そしてその位置情報と自分の見えている世界を比較することで正確に彼らの位置を把握した。

 なにもなかったはずの広場にはもう既に10匹ほどのアラクネの死骸が山のように重ねられていた。


「なかなかやるじゃない。私には全く見ることも感じることも出来ない」

「おや、ミリアくん。弱気じゃないか。君らしくない。君は自信家で例え出来ないことでもYESと言ってみせる人間だと思っていたのだが」

「やっぱり火傷で頭がおかしくなったのね。私は自信家だけど、自分の能力ぐらい把握した上で、言葉を選んでいるのよ? 把握した上で言うわ『私はアラクネと問題なく戦える』」


 そう言うと、ミリアは自身で作り出した亜空間に手を入れると、光の粒子が纏う光の剣……不可避の輝剣クラウ・ソラスを取り出した。

 彼女が今から行おうとすることを予測したフクダはバックステップで土の壁まで退避する。


「なかなか物分かりがいいじゃないフクダ。私はアラクネが見えない。感じられない。でも確かに奴らは存在する。その事実があれば、私は剣を振れるッ!!!!」


 ミリアは不可避の輝剣クラウ・ソラスを両手で強く握り直すと、その一振りに全力をかける。


「我授かりし四秘宝よ、打ちて滅ぼし我行く道を開きたまえ! 不可避の輝剣クラウ・ソラス!」


【時間】により加速したその刀身は光の粒子へと変換され、前方にゆらゆらと漂う。

 光の粒子に触れたアラクネは部分的に姿を露わにするが、そんなことはこの際どうでもよかった。

 ミリアが宝具を放ってからワンテンポ遅れて光の爆発が起き、さらに一拍開けて轟音が『ウツノミヤ』に響き渡った。


 熱量のない光の爆発。

 それに巻き込まれたアラクネは、元の形がどのようなものであったのかが全く見当がつかないほどにグチャグチャになり、絶命する。

 ありえない光景を目の当たりにしたと言った様子のフクダは、何がおかしいのか笑い出す。


「まさかここまでとは……ね。魔力に関わる武器を極限強化する光の玉、不可視の斬撃を繰り出すレイピア、魔力の無限供給を本質とする炎獄の鎖、全てを打ち滅ぼす光の剣…………到底一人が抱える戦力じゃない。それこそ小国の力を軽く超えるほどの力だ。君は何故そこまでの力を求めた? モンスターからの自衛? いや違う。モンスターの討伐? これも違う。ここまでの戦力は必要ない。となれば……君は一体何と、いや……誰と戦うつもりなんだい?」

「分かってるくせに聞くんじゃないわよ。私の素性も分かった上で聞いてるんだから意地が悪いわ」


 たったの一振りで広場に群がったアラクネを一掃したミリアは長く伸びた金髪を払うと、彼方遠くで戦う仲間への不安を募らせる。


(タケルは…………大丈夫かしら)


 己の心配が杞憂であれば良いのだが、少女はそう自分に言い聞かせて光の剣を納めるのだった。

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