第53話 防衛戦の始まり
森に開けた穴の両端に宝具、
作業自体は非常に地味で、お爺さんお婆さんが一列に並び、伸びる壁の先端に触れ魔力を注ぎさらに壁を伸ばし、魔力が切れてきて疲れたら一度列の1番後ろまで戻り聖水を飲んで魔力を蓄えるといった流れだ。
デスマーチ感半端じゃない。見た目だけなら劣悪な労働環境って感じだ。
しかし、久しぶりに魔力を使う彼らは、その作業が意外にも楽しいらしく、まるでスポーツでもするかのように「〇〇さん、やりますねぇ! (やります、やります)」「 一息で5mも伸ばしおったわ」「わたしゃあまだ本気を出してないよ。次で抜かす」と士気を高め合っていた。
従業員の熱意や好意に支えられているのでやっぱりブラック感が否めなかった。
ギルドの人たちの仕事はこんな感じとして、俺は一体何をしているかと言うと……俺はそんな作業の最前線でひたすらに拳を振るっていた。
「右左っ!!!! アイリ、次はどっちだ!?」
「先生、次は上ですわ!」
「了解っ!!!!」
アイリが索敵した全長1mはあろうかという蜂のようなモンスター……ホーネットというらしいが、そいつに俺は右手拳を突き入れる。
拳に触れたホーネットは外殻が不自然に砕け、絶命と同時に緑色の液体を振りまいた。
クレハの加護は俺の攻撃に異常なまでの強化を加えていた。
ホーネットの体液で汚れた体をすかさず集められた【水】の加護を持つものたちが洗い流す。
本来、
しかし、属性系の加護は戦うために使える加護であることもあって、このような状況で不必要になることはない。彼らも最前線での戦闘班に加わった。加わったのだが……彼らの加護はモンスターに決定的な一撃を加えることができなかった。フクダさんが言っていた通り、この森のモンスターは全体的にレベルが高かったようで、攻撃力不足と言ったところか。
そういうことがあって、彼らは今は俺が撃ちもらしたモンスターの足止め、汚れた俺の体を流すことが役割になっていた。
モンスターの襲来が落ち着いたところでクレハが鼻息を荒くして駆け寄ってくる。
「タケルくんちょーつよい! タケルくんカッコいい! タケルくん大好き!」
「変な三段活用しない。それに俺が強いんじゃなくって、クレハの
「それって褒めてる? えへへ……私褒められちゃった」
「こらっ! どさくさに紛れて唇を近づけるな! 口を尖らせるなー!!!!」
「私たち付き合ってるんだし、これくらい普通だよ〜? キスなんて挨拶、挨拶」
「ぐ……付き合ってるのは本当だが……キスはそんなに軽いものじゃないんだ!」
「…………なんかそのセリフ聞いて安心したかも。いかにも女の子と付き合ったことない童貞って感じでクレハさん嬉しい」
「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」
ふと後ろに目をやると、いつものようにバカみたいな会話を繰り広げる俺たちを見ていた【水】保持者たちは苦笑いしていた。すごく恥ずかしい。
アイリは会話の内容がよく理解できていなかったようで首を傾げていた。分からなくていい。ゴウケンから頼まれているのもあって、アイリはこのまま健全に育って欲しいと切に願っている。
「……それにしても、クレハの
「愛の力の勝利だね。でも、この加護は結局のところ能力の上乗せに近いところがあると思うし、タケルくんの素の能力が高いのも認めてよ?」
「そう……なのか。俺もこの世界に来てから少しは強くなってるのかな?」
「じゃあ今見てあげようか? パラメータ見るよ?」
そう言ってクレハは俺の胸部に手を当ててじっと俺を見つめた。
人になにかを見透かされるというのはどうにも落ち着かない、と俺は思う。
全身にくすぐったさを感じるとともに、触れているクレハの手の感触がより明確に伝わって来た。
見つめることおよそ10秒。
「ど、どうだった……?」
「タケルくんよく見ると、イケメンだね……」
「やり直せ」
「ごめん。ちゃんとやる」
よく見るとイケメンって……クレハは俺の顔が好きとかじゃなかったのか。
全くクレハは適当だというか緊張感がないというか……すぐにこう言った態度をとるから俺も彼女の想いに本気になれないというのもある。
今度はちゃんとパラメータを見てくれたようで、すぐにその作業は終わった。
「えっと、今度は真面目なこと言うからね。タケルくんの今のパラメータは……」
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オオワダタケル
筋力:S+
魔力:F
体力:A
技量:B
経験:C
加護:【
【
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クレハが口頭で説明してくれた感じだとこのように俺のパラメータは変化しているらしい。
前に比べて魔力以外の能力値が少し上がっていた。
モンスターと結構戦闘しているし、それに元から低かったパラメータは上がりやすいんだとクレハは言っていた。
筋力は元からSもあったのにそれでも能力値が上がったことにクレハは驚いていたが、おそらくそれは俺が日常的に限界以上の力を振るっているからだと思われる。
【世界の加護】によって俺の体はかなり丈夫になっているらしく、限界を超えた力を行使しても壊れない。
自身の成長スピードを無理矢理上げれているし、やっぱり俺の持つこの加護はかなり優秀なのだなと再確認した。
基礎的な能力値以外にも変化があった。
それは【
確か以前は単に『加護をもつ』としか書かれていなかったはず。
これは俺自身が自分の加護について理解を深めた結果詳細が書かれるようになった、という解釈で良いのだろうか……?
クレハに聞いて見たが、彼女はあまりその手のことに詳しくないらしい。
後でミリアにでも聞いて見るか。あいつは性格はバカだが物知りだからな。
そうこうしているうちにモンスターの群が再びこちらに押し寄せてきている。
突然住処を燃やされ大きな穴を作られた彼らは、怒らないという方が無理があるし、異様な数と速度で戦いを挑んでくる。
俺は少しモンスターに申し訳なさを感じるが、そこはグッと堪えた。
この作戦が成功するか否かによって『ニッコウ』の人々の今後の生活に大きく差ができる。
失敗すれば、自衛する力を持たない『ニッコウ』の老人たちはいつ死んでもおかしくないような危険にさらされることになるのだ。
だからこの作戦はまさにモンスターと人間の命の取り合いな訳で、無駄な殺生ではない。
相手の生活スペースを奪ってしまうことは悪いことだろうが、命の取り合いの過程でどうしても起きてしまうものだ、そう納得するしかなかった。
そう心に言い聞かせ、俺は飛来するホーネットへ、一撃粉砕の拳を再び振るった。
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