第51話 固有加護

「タケルくん。私とキスしよ?」

「は、はぁ?」


 急接近するクレハは突然何を言い出すかと思えば、いつも通り俺を誘惑するような一言だった。

 少し俺を小馬鹿にしたようなこの態度。全く思春期の男の子に毒だと俺は思う。

 クレハはさっきの一言を告げると、ゆっくりと唇を俺に近づけてくる。


「ちょっと待てって! 一体どうしたんだ!」

「時は一刻を争うんでしょ? だったら私とキスしてよ」

「いやいやいや! 『一刻を争う』と『クレハとキスをする』が全然繋がらないんですけど!?」


 全くもってさっき言った通りで、クレハとキスをしたところで状況が打開できるとも思わない。さては異常事態に乗じて俺とキスしようとしているな?


「繋がるよ。私の加護ギフト、タケルくんには……というより誰にもまだ教えてなかったけど…………とにかく私の加護はそういったものなの!」

「本当……か? 具体的にはどんな能力なんだ?」

「う、うん。私の持つ【理想の彼氏マイダーリン】は恋人の力を強めるものなの! だから私とキスしよ……」


 接近する唇を俺は押しのけながらも考える。

 マイダーリン? なんだその頭の悪そうな名前の加護は。嘘をつくにしてももう少しましなものがあるだろう。クレハは脳内ピンク色であることは知ってたけど、まさかここまで容態は進行していたとは……真実を導く光玉リア・ファルはこいつの頭を直すために使うべきだった。


「クレハ、今はふざけている場合じゃな……」

「あんた固有加護持ちだったの!? スゴイじゃない!」

「えへへ、それほどでもあるかも。珍しい加護だから隠してたんだけどそんなこと言ってられないもんね」

「はい????????」


 なになに? もしかして本当な感じ? あのふざけた名前の加護は存在する感じなの!?

 それに固有加護って……初めて聞いたのだが、その人しか持たない固有の加護といったものなのだろうか。前に扉の魔法少女、リリの話をフクダさんとミリアがしていた時に、彼女は扉を作って転移の魔法を使うと言っていたっけ。扉を生成するだけの加護が世の中にたくさんいるとも考えにくい。そしたらあれも固有加護か。

 意外とクレハが持っていると言い張っている例のピンク加護があってもおかしくないと思えて来た。


「そういうことだからキスしよ? 私の方の心の準備はできてるから」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 少し考える!」


 どうにかしてこの状況から切り抜けたい。

 こんな大勢の見ている中でキスなんてされたら羞恥で頭がおかしくなってしまうそうだし、アイリは俺がクレハに言い寄られているのを見て少し涙ぐんでいるし、ミリアも冷静を装いながら無意識に細剣を俺に向けてるし、色々やっぱりダメだ!


 クレハの加護が本当だとして、それならば俺の力を、モンスターの足止めをすると言うレベルからモンスターを討伐するというレベルまで押し上げてくれるかもしれない。

 だけど……だけどだ。

 思い出せ、クレハは自分の加護の説明で何と言っていた? 確か…………そうだ


「クレハは俺に嘘をついてないか?」

「ん? どういうこと……かな? 加護ギフトの説明で、嘘はついてないよ」

「了解。クレハの言うことが本当だとして、だとしたら……別にキスまでする必要はなくないか?」

「えっ……? あっ! 今の無し! やっぱり嘘ついてました〜! キスした相手・・・・・・を強化する加護なのでした〜」


 あからさまに冷静さを欠いた発言、身振りでクレハがおどける。

 ミリアは俺のしたいことが分かったようで、安堵し大きくため息をしていた。

 これはこれで結構恥ずかしいことになるが、それでもキスをするよりはましなので、俺は覚悟を決めるとクレハの手を取った。


「クレハ……俺と付き合ってくれ」

「は…………はい……」


 告白を聞いた彼女は脳の処理が追いつかず膝が崩れ、倒れそうになるところを俺が抱きとめる。

 頬を赤らめたクレハはこちらをじっと見つめると、顔を俺の目の前まで接近させ、目を閉じて唇を突き出してくる。いや、だからキスはしないって。

 俺の告白を聞いて『ニッコウ』のお爺さんお婆さんたちはやけに嬉しそうに「キスしないのかー?」や「よっ、王子様!」などと古臭くヤジを飛ばしてくる。

 クソッ、こんな感じになりそうだから嫌だったんだ! 『ニッコウ』の人たち自分らの色恋話が少ないからって、冷やかしすぎだ!

 とにかく……だ。おそらくこれでクレハの加護は発動する。そのはずだ。


「クレハ、俺に加護をかけてくれ」

「う、うん……ちょっと不満は残ってるけど告白嬉しかったし、今日はそれでいいや。……しっかり聞いていてね」


 クレハは抱き止められた状態から体を起こすと、上目遣いでこれまたふざけた詠唱を始める。


「『私の彼は理想の彼氏……その拳は硬く、岩をも砕く!』 ……タケルくん、ちょっとそこの木にパンチしてみて」

「随分おかしな詠唱だな……ちょっと心配になって来たんだけど」

「ちゃんと加護はかかってるから! どんだけ信用してくれないの!」


 クレハは頬を膨らませ、ポカポカと俺の胸を叩く。

 体感何も変わってないし、何よりあの詠唱だ。

 信用してくれという方が無理がある。

 しかし、物は試しだ。

 俺は近くにあった木に軽く拳をぶつけてみる。


 すると、自分の体と同じくらいの太さのその木はメキメキと音を立て、こちらに倒れてきた。倒れてきた木に次は本気で拳を入れると妙な破裂音を伴い木は葉を舞わせて砕けた。


 そこにいた誰もがこの光景に息を飲む。

 明らかな異常事態だ。

 自分が振るった力の程度と、それによって引き起こされた結果が食い違い、脳が混乱している。

 俺は何をしたのかと再びクレハに問う。


「何をした? ってさっき言った通りだよ? 私の加護でタケルくんを強化したの。スゴイでしょ? 私もこの加護ギフトを使うのはすっごく久しぶりだから、ちょっとびっくりしてる」


 ちょっと、どころの騒ぎではないと思う。

 何はともあれ、俺は今正真正銘、クレハの加護によって岩をも砕ける人間になっているのだ。これだけの力があればモンスターであっても倒せるはずだ。


「こっちは大丈夫だ。ミリアは早く鎮火作業に移ってくれ」

「分かったわ。ちょっとクレハ、確認なんだけどあんたの加護はどれくらい効果が続く?」

「私の魔力が切れるまで、だね。そんなすぐに切れないと思うよ。無理なお願いもしてないし。ミリアが鎮火して戻ってくるまでは余裕でもつ」

「なら良しね。タケル、みんなを任せたわよ」

「おうともさ」


 俺がそう言うと、ミリアは自身に【時間】の加護をかけ、猛スピードで森に空いた道を駆け抜けていく。駆け抜けながら宝具で衝撃波を起こしてもえている葉を落としていく様は見ていてとても気持ちが良かった。

 王がどこかに行ってしまったため、代わりに俺が『ニッコウ』に指示を出す。


「皆さん! 予定が狂いましたが、やることは変わりません! 変幻自在の黄金棍ニョイボウで壁を作ってください。頼りにしてますよ!」


 誰が始めだかわからないが、一斉に決起の雄叫びを皆があげる。

 バフォメットの咆哮に勝るとも劣らない迫力だ。

 ギルドの面々は、早速三兄弟の指示のもと壁の製作作業に取り掛かる。

 始めに長男さんが棍の形をした変幻自在の黄金棍ニョイボウに触れると、それが2つに分裂した。

 次に次男さんと三男さんはその二つに別れた棍を持ち、森に開けた穴の入り口まで移動する。

 穴の両端に立つ二人は分裂した変幻自在の黄金棍ニョイボウにそれぞれ魔力を加えると、それは変形をしていき、厚さ1m、高さ3メートルほどの壁が出来上がった。

 もう棍の面影などどこにもない。


 作戦の開始だ。

 これから『ニッコウ』の人たちはこの壁になった変幻自在の黄金棍ニョイボウに魔力を注ぎ、『ウツノミヤ』までこれを伸ばしていくといった流れになっている。

 話でしか聞いてなかったため、変幻自在の黄金棍ニョイボウで本当にこんな馬鹿げた芸当ができるのだと再確認した俺は、思わず変な笑い声が出た。

 なんでもありかこの宝具は。


 作戦が始まった今、俺は俺の仕事をしなければならない。

 俺は隣で少し不機嫌そうに表情を曇らすアイリの頭をなでた。


「作戦開始だ。索敵よろしくな」

「も、もちろんですわ! モンスターの動きなど、わたくしの前では筒抜けですの!」

「それは心強い。頼んだぞ。…………クレハも加護を切らさない様に頑張ってくれよ?」

「言われなくても分かってるって。私がいなくちゃタケルくんはただの人だし」

「酷いな! ……そんな酷いことを言うクレハとはもう別れるしか……」

「それは絶対ダメ! せっかく恋人になったんだから10分で別れるなんてありえない!!」

「分かってる分かってる。でも、この作戦が終わったら、俺たち別れるからな? あくまで作戦のための関係だぞ?」


 そう言うと、クレハは口をバツにしてブーイングをした。反対にアイリは表情が少し晴れる。俺、アイリに懐かれてるな。この分かりやすい感じが可愛い。

 ひとしきり俺を非難した後、クレハは大きくため息をつき、俺の目を見る。


「まあ、こんなきっかけで付き合ってもあんまり誇れることじゃないよね。正当な方法で正当にお付き合いしてこそ恋する乙女だし」

「よく言ったクレハ! それでこそ脳内ピンクお花畑美少女だ」

「完全悪口だよね!? そんなこと言うタケルくんにはもう一つ加護をかけちゃうぞ〜『私の彼は理想の彼氏……今だけは……』やっぱりやめておこ」

「どうしたんだ?」

「こんなズルはいけないし、それに私の魔力は有限だからね。節約、節約。私は節約のできる良妻なのです」


 何を言ってるんだ、と俺は心の中で突っ込みを入れる。

 不意にクレハが俺の左手を取るとそれを彼女の胸に運んだ。

 エプロンの上からでも感じるその柔らかさに頭は沸騰し、俺は身動ぐことができない。

 彼女の鼓動が左手から伝わってくる。


「関係は偽物でも、私の気持ちは本物だから。私の気持ちも少しは考えてね?」


 クレハの言葉で彼女の心内を察した俺は、冷静さを取り戻し、左手を胸から離した。

 確かにこんなセリフ女の子の方から言わせるのはあまり良いものじゃない、と俺は思う。

 だからこそ今は、今だけは彼氏の俺からこう言わなくてはならない。

 俺はクレハの言葉の続きを紡ぐ。


「今だけは……クレハのことを好きでいるよ」

「う……うん…………!」


 嬉しそうに、しかし少し寂しさを感じる表情でクレハはそう答える。

 そんな顔を見せられたら、少し罪悪感を感じるじゃないか。

 この作戦が終わったら……彼女の気持ちをもう少し真面目に取り合ってもいいかもしれない。そう思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る