第49話 私とキスしよ
それはミリアが【時渡り】により精神を過去に飛ばした際、クレハの祖父から渡された四つの宝具の中の1つ。通常、『宝具』と呼ばれる武具たちは切れ味が良い、刃こぼれがしない、などという単純性能の他に何かしらの特殊な力が付加されている。切るための形状をしながら爆撃が真骨頂である剣、振るだけで空気の裂け目を作り出す細剣、相手の魔力をトリガーに半永久的に熱を放出し続ける鎖、幾度の斬撃であらゆるものを破壊する刀、本来の形状を知る者がいない棍、他にも特徴的な能力を備えた宝具がおおよそ100本、この地……もといた世界で言うところの日本には眠っている。
俺が例の洞窟でバフォメットに腕を跳ねられた時のことだ。あの時はミリアの持つ【治癒】の魔法石で腕を接着したもらったわけだが、あの時の魔法石は市販のもので、そこらで普通に売っている代物なのだ。絆創膏みたいなものだろう。冷静に考えて、切断された肉片を体に付着させ、神経までも繫ぎ止めるなどという芸当は絆創膏でできるようなものじゃない。しかし、それをあの宝具は可能にする。
つまり……だ。俺の右手にはめられているこの指輪の宝具は、今
でもおかしいぞ。ミリアは今回
俺は色々な可能性を考えているうちに、昨日の出来事を思い出す。
確か昨日はフクダさんとミリアが戦って、ミリアが
やっぱり
「クレハ! 指離せ! ミリアの言ってること本当だ!」
「えっ? いいの? 私はまだまだいけるよ?」
「いや、お前はいけるかもしれないが森の向こうにいる人がもう無理なの!」
「でも『ウツノミヤ』の人たちもまだまだいけると思うなー?」
「なんで無駄に強情なんだよ! いいから離すぞ!」
次男さんが俺にかけた魔法を解いたため射出による爆音が再び耳を貫く。俺はクレハの指を宝具から離すと、魔法陣はゆっくりとその色を薄くしていった。指を離してすぐに炎柱の射出が終わると思ったが、完全に魔法陣が消えるのに10秒ほどを要した。
後ろを見ると、想像絶する火力に『ニッコウ』の人たちはこちらを向いて唖然としている。歳も歳なので、顎が外れて致命傷を負わないことを俺は祈りつつ、彼らの向いている方向を見る。
「なんだこれ……?」
先ほどまですぐ目の前にあった緑にはぽっかりと魔法陣以上の大きさ…………半径4メートルはありそうな巨大な穴が開き、灰色っぽい乾燥した大地が晒されている。燃えた、と言うレベルを通り越して消滅していないか?穴の淵、ギリギリまだ炭化で済んでいるレベルの木には所々小さく火が灯っており、このままではすぐにそれが燃え広がり山火事待った無しだ。
俺も思わず顎を外しそうなほど驚いていたところ、ミリアが俺の元に駆け寄る。額に流れる汗、また声音から分かる通り、彼女はかなり焦りを感じているようだった。
「さっき『ウツノミヤ』の方には連絡を入れたわ。あっちのことはまずはあっちに任せましょう。問題は『ニッコウ』側よ」
「今の事態が異常なのは分かる。具体的に何が問題なんだ?」
「あんたも分かってるでしょ? 山火事よ。本来私たちはあんたの宝具で少しづつ森を削って、燃え残りを【水】系の
「ああ、そのはずだ」
「でもそれは出来ないわ。正確には当初の作戦通りでは間に合わない。あんたが今回放った一撃は、
「……鎮火が間に合わない、と」
「その通りよ」
ミリアが言うに、思ったより問題は深刻なものになっているらしい。完全に燃え広がってからでは消火も一筋縄にいかないだろうし……いっそのこと山燃やそうぜ?と思ったがそれは1番ありえない選択肢だ。
もしも山を燃やしてしまったとしたら、森のモンスターが一斉にギルドの方に押し寄せることになる。『ウツノミヤ』にはミリアに匹敵する実力を持つフクダさんがいて森のモンスターに対抗できると思うが、ギルドの人達全員がモンスターに抵抗できる力があるわけではない。戦うためではなく、生産系の加護を持つ人だっているんだ。そんな人たちは、魔法を持たないただの人間と変わらず、ほとんど無力だ。
どうしようもないのか、と俺が頭を抱えたところ、ミリアは自信ありげに胸の前で腕を組んだ。
「そう現状を悲観しなくてもいいわ。今まで通りやってたら鎮火できない、それだけの話よ」
「他の作戦があるっていうのか?」
「あるわ。鎮火の作業を全て私が行えばいいのよ。私は【水】の加護をもってないから火のついたところを
「いや、まて。それで間に合う確証がどこにある?」
「甘く見られたわね。【時間】所持者の私の速さを舐めるんじゃないわ。現状『ニッコウ』側で出せる、速くて鎮火ができる人材、それがこのミリア様よ!」
「それだと『ニッコウ』側に出てきた森のモンスターはどうする…………もしかして」
「そのもしかしてよ」
俺の心が読めるのか、と突っ込みたくなるがこの場合文脈的に間違いなくあれしかない。
俺は当初の作戦では役割が2つあった。1つは
しかし、ミリアが先ほど言った通り鎮火の作業に移るというのであれば、俺は
答えは、そんな者はいない、だ。
つまり、俺は全くの障害なく迫り来るモンスターからみんなを守れと言われているのだ。
「おいおいおい、そんなの出来るわけないだろ! バフォメットの時もそうだったけどな、俺はモンスターに倒されることは無くても、モンスターは倒せない」
「初めから出来ないと言うんじゃないわ! やってみなければ分からないじゃない!」
「と言ってもな……」
俺は返答を渋る。俺自身は問題はないが、俺以外の命がかかっているんだ。無責任に回答なんて出来るわけがない。
本当ならミリアの話に俺がすぐに了承してしまったほうが良いのかもしれない。時は一刻を争っている。炎が燃え広がってしまっては、鎮火が極めて難しくなる。分かっている。分かっているが…………
うまい話の落とし所が見つからない中、クレハがゆっくりと手をあげる。
「何、クレハ? もしかしてあんたが戦うって言うのかしら?」
「違うよ。今までの流れをまとめるとミリアは火を消しにいかなくちゃダメだけど、ミリアが行っちゃったらモンスターが倒せなくなるってことで……合ってる?」
「そうだ。俺はミリアの取りこぼしを相手して、時間を稼ぐぐらいのことは出来るがそれ以上は出来ないし、そうして時間稼ぎしてる間に次々モンスターが来ちゃったらもう詰みなんだよ」
「だったら簡単だよ。タケルくんがモンスターを倒せれば良いんだよね?」
異世界に来て初めて出来た俺の友人は悪戯っぽい笑みを浮かべ、口元を人差し指でおさえた。
どうしたんだクレハ。頬を赤らめて、そんなに近づくな。わざとらしく吐息を俺に吹きかけるな。まるでこれは……
顔を俺の横まで持ってくると、艶やかに輝く唇でこう告げる。
「タケルくん。私とキスしよ?」
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