第48話 暴走した宝具

 作戦決行の朝。

 俺たちが最初に『ニッコウ』の領土に入った時と同じ場所、目の前は木々生い茂り、足元には落ち葉があるのみでこれといって見栄えするものが何もない森の入り口に俺たちは来ている。冬が近づいていることもあり、湿度はそこまで高くない。活動しやすい環境といって申し分ない。

 今回の作戦は俺たちだけでなく『ニッコウ』の人たちも出揃った大掛かりなものになっていて、1つの要因として、今回鍵となる宝具の性質による。変幻自在の黄金棍ニョイボウの性質上、この宝具を活かすためには大量の魔力が必要になるのだ。この世界では魔力は人によって成長の度合いは違えど、間違いなく歳を重ねる度に高くなって行くものだそうで、高齢者の多い『ニッコウ』の面々は変幻自在の黄金棍ニョイボウを使うのにまさに適した人材であった。

 落ち葉を踏む音を立て、ミリアは随分とデカイ態度で俺たちの前に出る。上に立つものは偉そうにしてないといけないらしい。ミリアの場合ただ態度が悪いだけにも見えなくもないが。


「みんな昨日はちゃんと眠れた? 私は眠れたわ! あんた達もちゃんと寝ときなさいよね。宝具使うための大事な魔力源なんだからその自覚を持ちなさい」

「いきなり魔力源扱いは失礼すぎないですかね、ミリア様!?」


 態度が悪いだけでなく口も悪いミリアに俺は本日1発目の突っ込みを入れる。

『ニッコウ』のお爺さんお婆さん達、絶対怒ってると思い俺は彼らの方を振り向くが案外そうではないらしい。皆一様に笑みを浮かべ、手を鳴らしたり、肩を鳴らしたり、お腹を鳴らしたり……最後のはクレハだけども、気合十分でやる気のようだ。三兄弟も同じような顔だが、決意の表情を浮かべていた。

 昨日長男さんの話で、自分たちのギルドを存続させるために自分たちが何かできるのかというところを強く気にしていたが、それはこのギルドの人々の総意だった。今は老人になった彼ら彼女らにも若い頃があり、全力を尽くし、自分の足でこの年齢まで歩んできた。しかし、老いは恐ろしいもので、自分の力で自分のことをすることすらままならなくなる。『ニッコウ』の人たちは土地を手放したくないという思いはハッキリとあったが、それ以上にその根底には『ウツノミヤ』に至れり尽くせりで安全な生活を手にしてしまうのが嫌だったのだと、彼らの活気付いた表情をみればそのように確信せざるを得ない。


 彼らは活躍の場を求めていた。本作戦は彼らの欲求を満たすもので、もっと言えば彼らが思っていた以上に重大な仕事が回ってきたためテンションが上がりきっている状態だ。なぜなら本作戦で彼らの役割というものは誰かの代わりの仕事などではなく、彼らが最も適した、彼らにしかできない仕事なのだから。


「もう一度確認するわよ。あんた達は魔力源。魔力を絞って絞って絞り切って宝具を展開するの! 完璧超人ミリア様はあんた達なんかとスペックが違うから劣ってるものなんて何もないし、束になってもこの私を倒せるわけがないけれど、これだけは認めるわ! 魔力総量、この点だけでみればあんた達は紛れもなく私を超える! 自信を持ちなさい!」


 貶してるのか鼓舞しているのか分からないミリアの問いかけは『ニッコウ』の面々を勢いづけるのには十分で、広くひらけた屋外だというのにお爺さんお婆さんの雄叫びはまるで反響するかのように響き渡った。

 ミリアはこういう調子に乗ったセリフが似合うキャラなのだ。


「作戦はシンプルに行くわ。私とタケルで『ウツノミヤ』までの道を開く。そしてあんた達が道を作る!森のモンスターが抵抗してくると思うけど、そこは全部軍師様に任せるわ! アイリちゅわんと三兄弟頑張ってね!」


 ミリアは愛しのアイリちゅわんに視線をやると投げキッスしてそう言った。アイリは喜んでいいのかそうでないのか分からない微妙な表情だったが、手は力拳を堅く作っていて心の準備は万端といったところ。

 俺は彼女に頼りにしているぞ、と一言告げると満面の笑みで「お任せあれ、ですわ!」と返し、俺は彼女の頭をワシワシと撫でた。

 その光景を見たクレハは自分の胸を指差し、自分も撫でろとアピールするが、彼女の思う通りに俺は撫でてなんかやらない。なぜならクレハは今反省中だからだ。昨日、クレハは宝具を無くしかけたわけだけど、理由を聞いてみると「いやー私割り箸が嫌なんだよね。だから変幻自在の黄金棍ニョイボウをお箸にして料理を食べてたんだけどそのまま置いてきちゃった。しっぱいしっぱい」だそう。正直宝具を舐めきったこの態度、というか自分のギルドの宝具を割り箸にされるのは流石に許せなかった三兄弟さんがクレハをお説教するという異常事態が発生。怒られたクレハ曰く「怖くはなかったけど申し訳なかった」、現場からは以上です。ではなく! とにかく彼女が反省するまでご褒美はお預けということだ(反省しても撫でるとは言ってない)。


 作戦決行の前座は終わり、俺たちは指定の場所に着く。

 俺とクレハは形成す炎クサナギ起動のために森の入り口に、ミリアは道を開いた後にモンスターを狩るためにその後ろ、アイリや『ニッコウ』のメンバーはそのまた後ろに待機した。


「次男、向こうに連絡を入れなさい」

「了解ですじゃ」


 三兄弟の中で耳毛が1番長いのが特徴の彼は頷き、加護ギフトを発動する。

 彼の加護は、音に関するもの。特定の相手に音が届かないようにしたり、特定の相手にだけ音を送り、送り返させることができる。簡単に言えば電話の様なものだ。今はその音を送る加護により、およそ20㎞先『ウツノミヤ』で待機しているフクダさんに作戦開始の旨を伝えている。通信が終わったことを確認すると、ミリアは俺たちに合図する。


「やりなさい、タケル。あ、起動するのはクレハだったわね。体調悪くなったらちゃんというのよ?」

「うん。覚悟はいい? タケルくん」

「覚悟も何も、起動するのはクレハだろ。俺はしっかりお前を支えるのが仕事だ」

「先に言っておくけど、私絶対立ちくらみして倒れるからしっかり抱いててね?ぐへへ……そのまま押し倒しちゃっても……」

「早くしろ」

「ううう……タケルくんのいけず……」


 ブーブーと文句を垂れ流しながらも、クレハは宝具、形成す炎クサナギを使用する準備に入る。

 俺は形成す炎クサナギをはめた右腕を前に突き出し、クレハは左側面からプライベートエリアに踏み込んでくると、たわわなそれを俺の胸元に押し当て、艶めかしくスッと伸びた細い指で右腕をなぞった。

 なんでいちいちいやらしいことをしてくるのかと一発叱ってやりたいところだが、俺はグッと堪えて左手をクレハの肩に回すと引き寄せた。瞬間彼女のからだがビクッと跳ねる。しかし、すぐに慣れたようでこちらに体を預けて来た。

 クレハは俺の目を一瞥すると、ゆっくりと形成す炎クサナギへと手を伸ばす。

 そういえば俺がこの形成す炎クサナギを指にはめてからと言うもの今までで一度もこの宝具の正しい・・・使い方を見たことがない。


 形成す炎クサナギとはドラゴンの体内に備えられている【炎】の魔法石を濃縮し純度を高めた代物で、クレハの祖父が生涯をかけて唯一(公的にだが)製造したとされる宝具だ。龍の龍らしさを凝縮したそれは未だ嘗てその力を世の中に見せつけたことはなく、しかしその一撃は龍の息吹ドラゴンブレスすら軽く凌駕するものであることは間違いない。


 まあドラゴンのブレスがどのくらいの威力か俺は知らないんだけどね。とりあえず結構強力な火炎放射器みたいなもんなんだろう、たぶん。

 クレハは大きく大きく深呼吸をし、覚悟を決める。


「行くよ! タケルくん!」

「ああ! 全力頼む!」

「「形成す炎クサナギッ!!!!」」


 彼女が赤い宝石に触れた瞬間、俺の目の前に半径2メートルはありそうな大きな赤い魔法陣が展開される。周囲にはチカチカと光の粒子、おそらく魔力の粒子が発光していた。その光景を見たミリアは目を見開き焦りの表情を浮かべ


「ちょっとヤバいかも……」


 彼女が言葉を言い終わる前に形成す炎クサナギはその力を解放し、魔法陣から巨大な火柱が射出される。圧倒的な熱量のはずが、魔法陣の後ろにいる俺は熱さを感じなかった。

 ゴーゴーと炎の射出音で周りの音が全く聞こえないが、不意にその音が途切れ、ミリアの声が聞こえて来た。次男さんの加護ギフトだろう。


「あんた早くその宝具を止めなさい! 『ウツノミヤ』が消し飛ぶかもしれないわ!」

「何言ってんだよ。そんなバカな話あるか。ここからあっちまでは20㎞は離れてるんだぞ?」

「そのバカな話があるって言ってるの! 早く気付きなさい! 今の形成す炎クサナギは……」


 クレハにも次男さんの加護がかけられているらしく、俺たちは顔を見合わせ首を傾げる。そしてミリアの口から衝撃の事実が明らかにされるのだ。


真実を導く光玉リア・ファルの魔力を吸収しているのよ!?」

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