第47話 『ニッコウ』の苦悩

『ニッコウ』と『ウツノミヤ』の開通作戦をフクダさんと共に立てた後、宿で一泊し、俺たちは一度『ニッコウ』に戻ることになった。

 話し合いの結果を『ニッコウ』の人たちに納得してもらうためというのが1つ。それともう1つ彼らには本作戦で重要な役割があってそれについての話をするためが今回の帰還のもう1つの理由だ。

 行きとは違うルート……大きく北向きに迂回するルートを通った方が安全だという話を聞いていたのでそっちのルートを通って見ることにしたんだけど、これが失敗だった。

 確かにモンスターには遭遇しないのだがとにかく距離がある。

 早朝に『ウツノミヤ』を出発したはずなのに『ニッコウ』に着く前にもう日が落ちていた。

 車があれば早かったのにと思いそのことを口にしたら、クレハは「馬車のこと?良いよね馬車。将来タケルくんには白馬の王子さまになってもらうつもりだからしっかり乗れるようになってね」と茶化された。とにかく車はないみたいだ。

 一度車の便利さを知ってしまえば技術の向上が見込めるのかもしれないが、現状技術以上に便利な魔法があるのだから仕方ないか。


 辛抱強く歩き続けると、帰還した俺たちを出迎えるかのように灯籠がギルド近くの道路を照らしていた。

 というか、そもそもこっちの道が正規ルートなのだと実感する。

 最初に来た時の道とはえらい違いだった。

 いつ帰ってくるか知らせていなかったというのに、三兄弟の1人が出迎えに来てくれていた。


「お待ちしていましたですじゃ、ミリア様。帰りが遅いので心配しましたぞ」

「心配ないわ。それより、ご飯を用意しなさい」

「はいですじゃ」

「ミリア、お前は何様なんだ……」


 すっかり王様気分のミリアは鼻歌交じりで上機嫌に先を歩いて行ってしまった。

 どうせ風呂か何かに行くんだろう。心配はない。

 彼女のことは置いておいて、俺は出迎えに来てくれた三兄弟の1人を見る。

 確か三兄弟はほとんど容姿で違いはないが、微妙に違いがあると言っていた。

 よく見ると今目の前にいるのは耳毛が少し長い気がする。


「えっと、次男さんであってますか?」

「そうですじゃ。よく分かりましたな」

「そりゃあ、ね。次男さん、案内よろしくお願いします。俺たちこのギルドの土地勘がまだ全然なので」

「もちろん、お任せあれですじゃ」


 次男さんの案内の下、俺たちは三兄弟が待つギルド本部へと向かう。

 ミリアの方は……まあなんとかなるだろう。力強く生きてるし。


 *


 ギルド本部の応接間。

 前回話し合いをしたあの部屋に俺たちは再び通される。

 俺たちとか言っているが、ミリアは欠席だ。

 ご飯の用意をしなさいとか言ったくせにあの後戻ってこなかったんだよね。

 結局用意された夕飯(山菜ご飯に漬物だった)は三兄弟、クレハ、アイリ、俺で頂いた。

 質素な食事だったが、量が量なので腹が膨れた俺たちは少々眠くなる目をこすりながらも本題に移った。


「ということになりました。『ニッコウ』が許可を出し次第、森の開拓が始まるという感じですね」

「なるほどですじゃ。それで『ニッコウ』に協力してほしいというのは……」


 俺が大体の事情を話すと長男さんは長く顔を覆う髭をいじりながら疑問をぶつけてくる。

 俺はクレハに目配せすると彼女が説明を始める。


「えっと、このギルドの宝具があるじゃないですか?それを使って道作りの手伝いをして欲しいんですよね……ちなみに聞きたいのですけど、変幻自在の黄金棍ニョイボウでそれができること分かってますか?分かってたら私の言っていることの意味がわかると思うのですけど……」

「……大丈夫ですじゃ。ですが何故それを、あなたが知っておられるのです。クレハ殿」


 瞳は眉毛かまつ毛か区別のつかない毛に覆われて見えないが、長男さんは疑似の目を眼差しをクレハ、それに俺たち全員に向ける。

 予想だが変幻自在の黄金棍ニョイボウについての情報はギルドの内でも限られた人にしか伝えられていないのだと思う。

 それだけ危険な宝具だからだ。

 と言ってもこの返しは想定内の反応で、クレハが答える。


「それは私が宝具を作る一族の人間だからです。名前で気付きませんでしたか?」

「オカザキ…………なるほどですじゃ。それならば知っていてもおかしくはない」

「クレハ、持ってきた変幻自在の黄金棍ニョイボウはどうした?」

「うん。それならポケットに…………ない!」

「なんですと!?」


 クレハがエプロンの前ポケットに手を入れると、すぐにその手を外に出して、手を開きないことをアピールする。

 持ってきたはずの宝具を無くされたと思い三兄弟が各々同じ反応をした。

 似たような容姿だから誰が誰だかさらによく分からなくなるな。

 宝具を無くした張本人は自分の記憶のページをめくり唸りを上げる。

 しばらく考えたかと思うとポンと手を叩き口を開いた。


「そうだ、忘れてた!タケルくん、ちょっと待っててね」


 何か思い出したらしいクレハは急ぎ足で応接間を去っていく。

 俺とアイリは苦笑いをしながらも、仕方ないと出されたお茶に手をつけた。


「クレハはどっかに行っちゃいましたけど、多分宝具を見つけて帰ってきます。それで…………先ほどの作戦で『ニッコウ』側は納得できそうですか?」

「うむ……納得しろと言われれば納得できると思いますですじゃ。タケル殿が仰っている策というものは『ニッコウ』が助かる道の1つ。しかし我らのギルドの宝具が戻ってきたとなると合併せずとも生き延びる道があるとミリア様は……」

「そんな道はないわ!あったとして、それは破滅の道よ」


 入る機会を伺っていたのか、ミリアはベストなタイミングで扉を強く開き中に入る。


「ミリア!お前どこほっつき歩いて…………ってその手に持ってるのはなんだ」

「焼き鳥ね。塩で味付けされたの初めて食べたけど美味しいわね、これ」

「ああ、美味しいよな焼き鳥。って違うだろ!どこ行ってたんだよ、大事な話し合いがあるってのに」

「侮るんじゃないわよ、タケル。私だってしっかり仕事はしていたわ」

「……まあいいか。ミリアは今回の作戦の重役なんだからちゃんとしてくれよな」

「それよりミリア様、破滅の道とは一体どういうことなのですじゃ?」

「あなたの言う通り私は初めはそうするつもり……『ウツノミヤ』と話をして、それでもダメなら宝具を取り返し力を蓄えてから戦いを挑むつもりだったわ」

「では何故」

「真の意味で『ニッコウ』を助けようと思ったからよ」


 彼女の言葉に三兄弟はざわつく。

 焼き鳥を食べると、残った串を三兄弟へと向けた


「別に悪いとは思ってないけど、私は最初あんた達を騙そうとしていた。私自身の悲願を遂げるため、扱いやすい駒が必要だった……それがあなた達『ニッコウ』」

「ミリア様なにをおっしゃって……」

「このギルドに来ていくらか街を観光して人を見て私は確信した。このギルドは後10年もしないうちに自然と滅びるわ。でも『ニッコウ』は打倒『トウキョウ』の為だけの駒だもの。私の願いが成就したその後、あんた達がどうなろうと私にとってはどうでもいいとさえ思っていた」

「……………………」

「でもあなた達はこのギルドで精一杯、楽しく生きている!そして貴方達を失って悲しむ人もいるのは分かった。このミリア様は人間出来てるから、そんな状況を見過ごすわけには行かないの!」

「最初扱いやすい駒が必要とか言って……」

「そんなの忘れたわ!」

「お、おう」


 認知症か何かだろうか。

 ミリア様のことだし仕方ない。仕方ないんだ。

 ミリアは遅れてきたにもかかわらず、堂々とあいている席に腰を下ろした。


「まあ、こんな偽善っぽい話は置いておいて、さっきの宝具を取り戻した上で『ウツノミヤ』に挑戦するのは破滅の道と言ったことについて話すわ。真面目な話をするとね…………真面目話をすると………………」

「ミリア?」

「やっぱり言いたくないわ!なんだか悔しいじゃない!タケル、この話、私が外をほっつき歩いている間に話してくれなかったの!?」

「いや、ミリアが直接話した方がいいかなと思ってさ。俺なりの配慮だよ」

「そんな配慮いらないんだけど!!私、ちょっと外出てくるから話をしておいて!」


 そう言ってミリアは頬を赤くして部屋を後にしてしまった。

 部屋に残されたのは俺とアイリとライト三兄弟だ。

 ミリアがどうしてさっき遅れてきたのかやっと理解できた。

 彼女はああ見えてちゃんとしている。意味のない行動はあまりしないのだ。

 仕方ないので俺の方から三兄弟に説明した。

 説明が終わると三兄弟は顔を見合わせ、驚き、あからさまに顔色が悪くなっていた。


「まさか……ミリア様でも『ウツノミヤ』ギルド長を倒せないというのですか……?」

「ああ、俺が助けなかったら今頃ミリアは死んでいたかもしれないと思ってます。どうやら向こうのギルド長は、宝具を壊す宝具を持っていて、それと魔力器官をおかしくする妙な技を使ってきたらしいです。ミリアが宝具を全開放して倒せない相手がいるのでは『ニッコウ』に勝ち目はないですよ」

「……………………しかし……」


 長男さんが声をすぼめて下を向き、反論しようとする。

 ここまで言っても引かないというのはあまりに頑固というか何というか……全く呆れてしまう。


 俺は小さく咳をして、出されたお茶を啜る。

 最初は熱々だったそれは、少しぬるくなってしまっていた。好みは人それぞれだけど、俺は緩いのだって悪くないなと思う。

 アイリは下を向きなにやら口を動かしているが音は聞こえない。


 2口目のお茶に入ろうかと言うところで向かいの端っこ、アイリの真ん前に座る次男さんが口を開く。


「長男、三男。長年抵抗を続けたが、そろそろ潮時ですじゃ。相手はこちらのギルドを簡単に捻り潰す力があって、本来なら攻め込まれ、奴隷のように扱われてしまう可能性だってあったのですじゃよ」

「……確かに三男の言う通りなのかもですじゃな…………潮時、という言葉はしっくりくる。三男は彼らの要求に応じてもいいと思いますですじゃ。長男、あとはお前だけじゃぞ」

「………………」

「『ウツノミヤ』は、『ニッコウ』という名前を残し、土地もそのままでという破格の条件で交渉を持ちかけてるのじゃ。ここで乗らないのはあまりに愚かじゃぞ」


 駄目押しのように次男さんが長男さんに訴えかける。前に彼らから聞いた話によると、ギルドの方針として最終決定は私たち3人で多数決することになっているらしいから、次男三男の二票で決定自体はできるはずだ。しかし、この合併問題はそう簡単に決められるものではない。みんなが納得した上で合併しなければ絶対に遺恨が残る。

 長男さんはしばらく黙っていたが、覚悟ができたのかゆっくりと面を上げた。


「分かったですじゃ…………思えばどうしてここまで意固地になっていたのかと己に問うてみたのですじゃ。『ニッコウ』の誇りがどうのとか『ウツノミヤ』に移住したくないだとか、色々と御託を並べてきた私ですが、結局のところ何が嫌だったのか」

「………………」

「もうこのギルドは若い者も少なく、活気もない。『ウツノミヤ』はその反対ですじゃ。私はそんな光り輝く『ウツノミヤ』を心のどこかで妬み、向けられた好意を無下にしてきた。自分たちのギルドを守るのに私たちは何も努力も活躍もなしというのはあまりに……あまりに無力で悔しいのですじゃ……」

「長男……」


 心の内を語る長男に両サイドに座る三男と次男が肩に手をかける。3人は涙を流し手を取り合っていた。

 人は歳をとるに連れて筋力や体の機能は低下していき、若い者の補助が必要になってくるときもある。しかし、彼らの心の中では自分で今までできたことを他人に任せなければならないという状況を恥ずかしく思ったり、悔しく思ったりする気持ちはきっとあるのだと思う。醜く、不格好でも自分の力で自分のことをしたいという気持ちは失うどころか歳を重ねるに連れて増して行くのかもしれない。

 塩らしい雰囲気の中、そんな空気を壊しに我らがミリア様が帰還する。


「今戻ったわ!さっきの話はそろそろ終わったかしら……ってもう交渉そのものが終わってしまった感じ?」

「ああ、遅かったなミリア様。焼き鳥の本数がさっきより増えてるのは突っ込まないでおこう」

「突っ込んでるじゃない。まあ話がついたなら良いわ。あんたたち、作戦決行の時はよろしくね」

「ミリア様……最後に質問よろしいですか?」


 長男さんは流れる涙をハンカチで拭くと、安定しない声で問う。


「私たち『ニッコウ』……は今回の作戦でちゃんと役に立つ…………のですじゃ?」

「ふーん。そんなこと気にしてたのね。なら心配はいらないわ」


 ミリアは長男さんの一言で彼の心の内を悟ったのか、彼に歩み寄りにその手を取った。


「役に立つも何も最重要な役回りよ!あんた達がいないと話にならないわ!」


 その一言でついに完全に落ちた長男さんは両手でミリアの手を握り返した。

 ようやく『ニッコウ』も意地を張らずに『ウツノミヤ』と合併する心の準備ができたようだ。思えば結構長い道のりだったな。交渉の工程もそうだけど、距離的にも長い道のりだった。まあ、今回の作戦はその距離的に長い道のりを縮めるための作戦な訳なんだけどね。

 これで一件落着…………何かを忘れている気がする。

 何だったけ。結構なおおごとのような気もするし、そうで無い気もする。

 俺がその何かを思い出そうと奮闘しているところ、部屋の扉が勢いよく開く。


「ごめん。遅れちゃった。宝具見つかったよー危ない危ない」


 小さく下を出す彼女が、この後皆に非難されることになるのだが、そのことを彼女はまだ知らない。

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