第45話 ミリアを捕まえるデメリット

 ミリアがフクダを相手にし、ギルドの本部から飛び出していった後も俺はアイリとクレハを守るために拳を振るった。

 幸い相手からの攻撃は俺の加護ギフトによって完全に封殺できていたため俺自身は全く怪我などがなかったのだが、体力の問題もあり長期戦に持ち込まれてはいずれ彼女たちを守れなくなるのは明白だった。

 その状況を察知してか、背後からアイリが叫ぶ。


「タケル先生! 少しでも良いですわ。敵に切り傷を負わせて欲しいのですの!」

「ん!!? 何でだ!」

「そうすればわたくしの加護で相手を戦闘不能にできますの!」


 理由を答えてもらったがイマイチ分からない。

 そもそも俺はアイリの加護についてよく分からないんだ。

 しかし、使用者本人がそう言うのだから間違いないはず。

 ここは彼女にかけてみるしかない。


「クレハ、ナイフを貸してくれ! 頼む!」

「……う、うん!投げるね!」


 当たり前のように何故か常備している黒いナイフをポケットから取り出したクレハはそれを俺に投げる。

 人に刃物を投げるんじゃない、と言ってやりたいが状況が状況だ。仕方ない。

 俺は右足で迫る役員を1人引き離し、左手でそれをキャッチする。

 ズシッとした重さが体に響き、自然と手が下がる。

 クレハの持っているナイフは見かけによらず重たい。

 普段からこんな重いナイフを常備しているって中々大変……そんなの話どうでも良い。


 慣れないナイフを使い俺は役員の1人の肩をナイフで刺し、怯んだところを見計らって、足払いでその場で横転させた。

 すかさずアイリが転んだ役員に近付き、肩の傷口付近に軽く触れる。

 触れた瞬間役員の表情が引きつり、次の瞬間には彼の意識は彼方へと飛んでいた。

 仕組みは分からないが、これならいけると俺は確信し役員たちの腕や脚に次々と切り傷をつけていく。

 別に殺したいわけではないため、太い血管に傷が付かないように浅く慎重に切りつけた。

 傷付けた役員たちは次々とアイリがとどめを刺していく。

 彼女の加護があまりに強力であったこともあり、アイリの協力からわずか1、2分で集まった役員の全員を戦闘することができた。


「これで終わり……だな。ありがとう、アイリ。助かった」

「どういたしまして、ですわ! でも、タケル先生も大活躍でしたの!」

「そうか? 嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


 褒められたのが恥ずかしくなり、俺は照れ隠しでアイリの頭をワシャワシャと撫でる。

 彼女はそれを嫌がる様子もなく、寧ろ舞い上がったような様子で嬉しそうだった。

 それ見ていたクレハは頬を膨らませる。


「タケルくん、私の頭も撫でて!」

「何でだよ。クレハ今回何もしてないし、そもそも撫でて欲しいなんて年齢じゃないだろう?」

「女の子は何歳になっても好きな人に撫でられたいものなの! それとタケルくん分かってないなぁ……」


 呆れるような身振りでクレハはそう言った。


「分かってないって何だよ」

「男の子ってのはね、か弱くて可愛い女の子を見ると『あっ、守ってやりたいな』って気持ちが芽生えて、それがつまり恋なんだよ! 戦って雄々しい姿なんて見せたらタケルくんが私のこと好きにならなくなっちゃうかもしれないでしょ!? つまり、何もしないことこそ私の最善手なの!」

「いや、クレハの方が相当な勘違いしていないか!?」


 俺の手を取り、訴えかけるクレハの手を逆に握り返し俺も突っ込む。

 こいつはダメだ。早く何とかしないと……

 クレハは、俺たち3人が襲われているという状況でそんなことを考えていたのか。

 自分の恋路よりまずは命を優先してくれ、と俺は言いたい。

 まあ俺が襲ってくる敵に負けないという信頼があってこそのその選択だと思うしそこは少し嬉しいが、それでもちょっとは何か支援して欲しかったなと思った。


「あのな、クレハ。男の中にはそのような嗜好の人もいるかもしれないけど、俺がそうとは限らないだろ?」

「嘘!? それじゃあタケルくんは、守られる方が好きだって言うの!? …………ママのような包容感でタケルくんを悩殺……うん決めた! 私はママになるね!」

「思考回路がどっかで逝かれてますね、クレハさん!?」


 俺は力一杯叫び、叫んだところでアイリに服の袖を引っ張られ、目配せされる。

 瞳の先はさっきミリアたちに壊したため、壁には穴が空いていて、外の街並みが見渡せるものとなっていた。

 忘れていたが、多分ミリアはまだ戦闘中だ。

 こっちの戦いが終わった今、ミリアの加勢に行った方がいいのではないだろうか。

 ……まあさっきの打ち合いを見た感じ俺の出る幕は無さそうだが、それでも加勢しに行かないわけにはいかないだろう。


「よし、こっちは片付いたし、さっさと逃げてミリアの方に向かおう」

「そうですわね! 何か力になれれば良いのですが……」

「大丈夫だって。アイリには早速活躍してもらうぞ。聴覚強化してミリアがどっちの方向で戦っているか分かるか?」

「や、やってみますわ!」


 そう言ってアイリは目を閉じる。

 次にユラユラと揺れ始め、倒れかけたところを俺が抱きかかえるがそれに対する反応が全くない。

 今、アイリはあらゆる感覚を聴覚に回している証拠だ。

 そして暫くするとアイリは方角的には日光方面の方を指差した。


「あっちですわ! ……あと、今のままだとわたくし歩けませんの。ですからタケル先生……その…………おんぶしてもらってもいいですか?」

「了解、分かったよ。道案内はよろしくな」

「お任せあれ、ですわ!」


 俺はアイリを背負うと、指にはめられた指輪の宝具が彼女に触れないように細心の注意を払いながら、彼女が指差す方向に走り始めた。

 メインストリートをずっとまっすぐに進み、途中何度か右に左に曲がると広く開けた場所に出る。

 周囲を木で覆われる加工場のような場所の一角に見慣れた少女が横たわっていた。

 あれは……


「あれってもしかして……ミリア? 倒れてる……」

「多分そうだ。となると向かいに立っているスーツの男はフクダか」


 隠れる必要はないというのに、俺は木の陰から2人をのぞいた。


 ミリアは紛れも無い強者だ。

 大量のミノタウロスの群れをなぎ払い、バフォメットの身を一度消滅させるなど今まで彼女がしてきたことからもその実力がうかがえる。

 そんな彼女が今、やられかけているのを見ると相手のフクダはそれ以上の実力者ということになる。


 もしかして絶体絶命、というやつなんじゃ無いか!?


 ミリアが勝てない相手となると俺たち3人で戦ったとしても相手になるか分からない。

 かと言って今逃げたところで、フクダは先ほど魔力がどうのとか言っていたし、魔力器官を持っているこちらの世界で言えば普通の人間であるクレハとアイリは容易に追跡されてしまうかもしれない。

 そうならば俺1人で逃げるわけには……いかない。

 これは正常な判断が出来ていないとかではなく、男としてのプライドってやつだ。

 それに戦う前から負けたと決め込むのは良くない。

 戦いには相性ってものがあるんだから。


 俺がフクダの出方を伺いながらミリアに助力するタイミングを見極めていると、ミリアは何やら叫び立ち上がった。

 遠くからなので何を言っているのかは分からない。


 ミリアはおもむろに手を振り空を切ると空間の裂け目から白く発光する玉を取り出し、それを砕いた。

 そして黄金の剣を取り出し構える。


 今の行動で俺はミリアが今からやろうとしていること、それをしたらどうなるかまでを一瞬で把握する。

 最初に出した光る玉、あれは俺の腕が切断された時にミリアが使っていた宝具だろう。

 小さな怪我を治すレベルの【治癒】の魔法石を、切り離された腕すら完全に元に戻してしまうレベルの魔法石にまで昇華させた代物だ。

 そして彼女が今手にしているのは広範囲を魔力による爆発で薙ぎ払う、ミリアの持つ宝具の中で最も強力で危険な宝具。

 そして彼女はその2つの宝具の力を合わせて一撃を放とうとしている。

 結果がどうなるかなんて容易に想像でき、またそれをさせてはいけないという気持ちがすぐに湧いてきた。


 自然と足が動き出していた。

 1歩、2歩……背後から着実に彼女に迫っていく。


不可避の輝剣クラウ・ソラス!!」


 彼女が黄金の宝具の力を解放する前に、俺は彼女の脇腹に左手の指輪を押し当てる。

 押し当てたそばから彼女の体から出ていた気のようなものが消えていくのを感じた。

 フッと彼女の体が脱力し、俺の方に倒れ込んでくる。


「タケル……あんた何してるのよ……!」

「それはこっちのセリフだ。さっきの打ってたら『ウツノミヤ』が吹っ飛んでたぞ」


 ミリアは今にも消え入りそうな声音でそう言うと俺を睨む。

 しかしどれだけ睨まれたところで俺は自分の行動を変えるつもりはない。

 彼女のこの街を壊させない。

 形成す炎クサナギを押し当て続けた結果、ミリアの魔力を吸われ尽くし、ついに彼女は瞳を閉じた。


 優しくミリアを地面に寝かせ、俺はフクダに向かい合う。

 見るとフクダは着ていたスーツの所々に穴を開けており、またスーツの裂け目から覗く地肌や額には切り傷擦り傷が生々しくついている。

 ミリアを圧倒したと思っていたが、フクダの方も相当の痛手を負っているように見えた。

 相手が手負いの強者ならば、こちらにも勝機があるってものだ。

 こちらの心持ちではこれからフクダとの戦いに移行するつもりであったのだが、フクダは強張った顔を崩し、柔和な表情で話し始める。


「……いやぁ、助かったよ。彼女がさっきのを打っていたら、私たちのギルドは君の言う通りになっていた」

「い、いえ。当然のことです。…………ところでフクダさん、俺はミリアが捕まるのを全力で阻止しますが……どうしますか?」


 彼から一切視線をそらさずに俺はそう告げる。

 するとフクダは急に笑い出すと、両手を上げる。


「もうこれ以上彼女に手を出すつもりはないよ。そもそも捕まえる気すらなかったが、この際それはどうでもいいか。変に不安を煽ってしまい済まない」

「ん? それはどう言うことですか?」

「私の本心はさっきギルドで話した通りだ。私は父の遺言を果たすために『ニッコウ』を助けたい。そして君たちのような話のわかる使者が来てくれて本当に嬉しく思っている。それと……だ」


 フクダは一呼吸置くと話を続ける。


「君たちはこのギルドにくる際、この森を突っ切って来たんじゃないか?」


 彼は裏手にある森を親指で指すと、首を傾げる。

 確かに俺たちは森を突っ切ってこのギルドまでやって来た。

 肯定の意を込めて俺は首を縦に振る。


「そうですけど、なぜそれがわかったのですか?」

「簡単な推理さ。君たちはここ近隣の住民じゃないと言っていたね。だとしたら『ニッコウ』と『ウツノミヤ』を行き来する際、助けになるのは地図だ。そして地図上では森を通っていくのが最短ルートであると気付き、地元民では殆ど使う人がいないそのルートを使うはずだ」

「その通りです」

「さっきも言ったけどね、この森のモンスターたちはレベルが高い。そんな森を切り抜けて来た君たちのことだから相当強力な人材なのではないかと私は踏んだ。事実『トウキョウ』に指名手配中のミリアくんは間違いなく強かったよ。それに君たちも。役員を倒し、すぐにミリアくんを追って来たみたいだが……うちのギルドの役員はそんなに弱くない」


 フクダは着々と推理をしていき、その全てが見事に当たっていた。

 この男はミリアに勝つほどの戦闘能力を持ちながら物事を考察する力も持ち合わせている。

 敵に回したら最悪だと思うが、今は敵意を感じないためそこは安心といったところか。


「それで、俺たちの実力をはかって何がしたかったんですか、あなたは?」

「それについての回答は既に半分、君が話している。もう半分……その前に、ちょっとそこらの木々に腰掛けて話をしてもいいかな? こっちも相当疲弊しているんだ……」


 そう言ってフクダは山積みにされた直方体状にカットされた木材に腰をかける。

 見た目からも疲弊は伺えたが本当にそうらしい。

 まぁ、ミリア相手に被害ゼロという方が考えにくいか。

 腰をかけると、俺やアイリ、クレハも同じようにして、フクダは話を続ける。


「君は自分が提案した案を覚えているか?」

「忘れるわけありません。『ニッコウ』に出張で役場を作り、住民が引っ越すことなく『ウツノミヤ』領にいれる案ですよね」

「そうだ。そして私は、それは良案だが実行できないと言った。それはこの森にはレベルの高いモンスターばかりでこちらの役場の人間を送るには些か危険すぎるからだ。しかし、この問題点さえ解決すれば君の案は通すことができるだろう」

「それでその解決法とは?」

「なあに、簡単なことさ。『ニッコウ』と『ウツノミヤ』を繋ぐ直線路、今はただの森だが、そこを舗装して人が簡単かつ安全に通れるようにすればいい」


 フクダはさも当たり前かのようにそう言い放つ。

 彼の言いたいことがやっと理解できた。

 突然ミリアを脅すなどしてきたが、彼は最初から俺たちに友好的なスタンスで、こちらの意見を真っ向から受け止め、それを実行するためには何が足りないのか瞬時に理解し、またその足りない何かを補うための力を俺やミリアたちが持っているのかを把握するために戦いを挑んでこちらの実力をはかっていたのだ。

 いつから意識を取り戻したのか知らないが、横で倒れていたミリアがゆっくりと体を起こし会話に参加してくる。


「それにしても…………あんたはやり過ぎよ。こちらの実力を見たいなら……初めからそう言いなさい」

「本当に申し訳ないと思っているよ。しかし、こう脅しでもしないと君の実力を見れないと思ってね。そして君たちの力をこの目で見て、私は確信しているよ。君たちとなら、この森を開拓できる、とね。協力してくれるかい?」

「はい。もちろんです。寧ろこちらが協力を仰ぎに来たのですから……」

「ちょっと待ちなさい、タケル。『ウツノミヤ』に協力するという結論を出すのはまだ早いわ」


 俺がフクダさんから差し出された右手に手を伸ばそうとしたところをミリアに止められる。

 ミリアの厳しい視線がフクダさんに突き刺さっていた。


「こっちから協力してくれるように言ってたんだから、結論なんてもう出ているようなもんだろ?」

「いいえ、今では状況が違うわ。こいつは私の素性を知っている。協力した後に『トウキョウ』に売り飛ばされでもしたら最悪ですもの。そうでしょう?フクダ」


 ギロリと睨まれた彼はやれやれと肩を落とす。


「……その通りだ。剣技に優れるだけでなく、人を疑うことができるのは良いことだろう。しかし、今回はこちらを信用してもらわなければ困るな。時は一刻を争っているのだから」

「あなたが言っていた『ニッコウ』を助けたいという意思が本物であれば……確かにそうよね」

「いやはや、痛いところを突かれるね。その話は真実だが、それを証明することは難しそうだ」


 ミリアはいつも以上に慎重に話を進めていた。

 いつもなら二つ返事で、「了承! 行くわよ!」ぐらいのノリであってもおかしくないが、さっきのミリアの言葉を借りるなら、今は状況が違うのだ。

 これまでミリアが軽快に話を進めてこれていたのには、彼女自身の武力的な強さを背景にした自信があったのだと俺は思う。

 こちらが常に上に立っているんだから裏切られることはない、また、裏切られたとしてもどうにでもなるという考えはあっただろう。

 しかし、先ほどの戦いでミリアはフクダに敗北し、力関係が崩れたため、慎重になっているのだ。

 フクダは暫し考えると指をパチンと弾き目を見開いた。


「1つ質問だ。人は特定の人間関係の者たちを除き、自己の利益を追求した行動をとると思うかい?」

「……そう思うわよ。付け加えるなら、倫理的に良しとしないことであれば利益を見込めても行動に移さない者が多いと考えているわ」

「では、こちらが君を『トウキョウ』に引き渡さないことのメリットを話そう」

「…………話しなさい」

「第一に、君は指名手配されているが、こちらに回って来た情報は3つだ。1つは君の顔写真。三角巾を頭につけて家の手伝いをしている君の写真が…………」

「何よそれ! 私そんなの知らないわよ!」


 ミリアはバンと地面を叩くと立ち上がる。

 しかし、未だ傷が癒えていなかったこともあり苦痛で顔を歪めた。

 再びゆっくりと腰を落とすミリアはブツブツと「証明写真ならもっとましなのがあるでしょうに」と文句を垂れていた。

 少し気になるので後でその写真を見せてもらうとしよう。


「写真の他にだが、君が『トウキョウ』の街の一角を半壊させたこと、魔法少女リリの追跡から逃げ切るほど凶悪な者であるから注意するように情報が回って来ている」

「………………」

「おいミリア。リリって俺を召喚したやつか?」

「…………そうよ。前にタケルの戦った大男と同じ【五宝人】の1人。魔法少女リリ、扉の召喚士、龍飼い…………一番有名な通り名は最初のね」


 そう言ってミリアは怪訝な顔をしながらも説明をしてくれた。

 どうやら俺をこの世界に召喚した人は魔法少女だとか呼ばれているようだ。

 通り名が付いている、というのはそれだけ有名な人なんだと思う。

 ミリアも悪い意味で世の中では有名みたいだから、通り名があってもおかしくないな。

 つけるとしたら、暴虐無人だな。怒られそうなのでここまでにする。

 話が脱線しかけているため、フクダは軽く咳払いをすると続けた。


「この3つの情報、特に最後の情報は重要だ。君を『トウキョウ』に引き渡さないことのメリットが明確に詰まっていると言ってもいい。あの有名な魔法少女から逃げ切るとなると相当な実力者だ。そんな優秀な人材を見つけられたとしたら、是が非でも仲間にしたいというもの。それが君を『トウキョウ』に渡さないメリットだ」

「…………一理あると思うわ。しかし、私を『トウキョウ』に引き渡す利点もあるはずよ」

「その通りだ。確かに君を引き渡せばこの大陸で最も巨大な国に恩を売ることができ、それはメリットと言えるかもしれない。しかし、それは本当にメリットなのか?」


 フクダはそこまで言うと落ちていたてがるな木の枝を手に取り、地面に何か描き始める。

 これは……地図?

 日本地図、特に関東近郊だけを描いているように見える。

 この窪みは東京湾……その横の出っ張りは房総か?

 粗方描き終わったところでフクダはミリアを見る。


「『ウツノミヤ』から『トウキョウ』まで直線距離にしておよそ100km。これほどの距離が離れた集団が友好関係を結ぶ場合、転移系の加護ギフトを持った人間が転移のためのポイントを二国間に置くことになる。残念ながら世界に10人いるかどうかの稀有な人間は『ウツノミヤ』にはいないため『トウキョウ』からそれが派遣される」

「それって…………」

「察しの通りだ。扉の召喚士……リリが来ることになるだろう。愛と正義の魔法少女だとかなんとか言っているが、あれはただの暴力の塊だよ。そんな物騒なものの転移扉を設置するなど『ウツノミヤ』の存亡に関わる」


 2人の顔が曇る。

 リリという子はそこまで恐ろしいやつなのかと俺は疑問に思う。

 気になったので小声でクレハに聞いてみると「すっごく強いんだよ。ドラゴンをペットにしてるぐらいだし」と答えた。本当にそいつは人間なのか?

 フクダの説明に納得したのかミリアはコクリと頷くと、右手を前に差し出した。


「そっちの事情は把握したわ。少しは信用しても良さそうね」

「それはどうも。君たちがいれば今回の合併の話はすぐにまとまるだろう」


 2人は互いに手を取り合い、協力を誓った。

 何はともあれ『ウツノミヤ』が協力してくれるようで助かった。

 彼らが協力してくれなければ、ミリアが最初に言っていたように『ウツノミヤ』を武力でもってねじ伏せて『ニッコウ』の合併を阻止するしかなかったのだ。

 争いが絶対にいけないとは思わないが、しなくて良い戦いは極力避けるべきだと俺は思う。


 グググ…………

 不意に重低音が辺りに響く。そういえば今はお昼時だった。

 俺たちは互いに顔を見合わせ、急におかしくなって笑い出す。

 これから具体的に森を開拓する算段を立てていきたいところだが、その前にまず腹の虫をおさめることが先のようだ。

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