第43話 交渉決裂


 早朝に『ニッコウ』を出発した俺たちは、12時前には『ウツノミヤ』に到着することができた。

 山道をくだる中で、2つのギルドを行き来するのはかなり大変なことなんだと俺は再確認した。

 出発前に長男さんから「森は危険なモンスターが多くいます。これをつけておくていいですじゃ」とポンプ式の入れ物に詰まった金色の液体を体にかけられたのだが、どうやらそれは虫除けスプレーみたいなもので、それのモンスター版と言っても差し支えないとミリアは言っていた。


 色的に俺は勝手にそれをゴールドスプレーと呼ぶことにした。

 たぶん250歩まではモンスターとエンカウントしないんだと思う。


 実際俺のこの予想は当たっていて山道を途中までは本当にモンスターと遭遇することなく、下山を初めて結構経ったのちモンスターと遭遇し始めた。

 出て来たモンスターは次から次へとミリアが処理し、無事に『ウツノミヤ』に到着できて今に至る、というわけだ。


 昼前ということもあり、町中に美味しそうな匂いが立ち込める中、俺たちはその匂いに目を背け、先にギルド本部へと向かうことにした。

 というのも仕事を終えてからお昼は食べましょうと、ミリアが提案したのだ。

 アイリはそう言われた直後、一瞬この世の終わりのような表情を見せるが顔をブンブンと振ると、『それがいいですわね!』と強がって見せていた。食いしん坊アイリちゃん可愛い。


 ギルド本部の扉を開き中に入ると、前回同様心地良い冷気が吹きつける。

 ミリアは真っ直ぐ受付まで歩いてゆき、俺たちもその後に続く。

 受付のお姉さんは前回と同じで、ミリアの顔を覚えていたらしく優しく俺たちに微笑むと要件はなんでしょうかと尋ねた。


「『ニッコウ』側の使者として、今回の合併について話があるの。ここで一番偉い人を出してくれるかしら?」


 微笑むと受付の顔が引きつる。

 ミリアがその言葉を発した途端、本部内の空気がピンと張りつめたような感覚に陥った

 今までお客様だった俺たちに、もうお客様としての視線を当ててくる者はこの中にいないのだと理解する。

『ニッコウ』側は平和的解決と言っていたが、『ウツノミヤ』は結構余裕がないのか?

 色々考えたいことはあるが、俺たちに集まる視線の圧力に俺の思考はそこで止まった。


 受付が何も言わずに本部の奥の扉の中に入っていき、暫くすると受付とは違う、背が高くスーツを着た……50代ぐらいの灰色の髪をきちっと整えた細身のおじさんが俺たちの方に向かってくる。


 おじさんは指でこちらに来るよう合図し、俺たちはそれに従い、奥の扉へと案内された。

 部屋の中には特にこれといって特徴的な装飾品があるわけではなく、ただ仕事のためのスペースといった印象が強い。

 大きな丸机を挟み、向かいに座ったおじさんは俺たちにも座るよう促す。

 咳払いをすると渋い低音ボイスで話し始める。


「君たちが『ニッコウ』の使者だね? あの三兄弟じゃないのか?」

「そうね。今回は私、ミリア・ネミディアが使者としてここに来たわ」

「ミリア・ネミディア……ね。よろしく。隣の人たちは?」

「私の家来ね」

「……分かった」

「いや、分からないでください」


 俺は2人の会話に突っ込む……がめっちゃおじさんに睨まれた。

 あれ? 今の完全に突っ込んでくださいってタイミングだったよね!?

 大人の世界に冗談は必要ない、ということなのかもしれない。ミリアはまだ16だけど。

 おじさんはネクタイを整えると軽く咳払いをして口を開く。


「私はフクダカズアキ。このギルド『ウツノミヤ』の長をやっている者だ」

「了解、フクダさんね。フクダさん、早速だけど本題いいかしら?」


 結構馴れ馴れしいミリアの態度に俺は冷や汗をかくが、ギルドの長は心が広いのかあまりそれを気にすることなく、首を縦に振った。

 だったらさっきの俺のツッコミも許してくれ。


「ありがとう、それじゃタケル後は任せたわ」

「はい…………って、はい!?」

「何よ、あんたが考えた案なんだから、あんたが言いなさい」

「ほう、聞かせてくれ」

「ギルド長さんまで……分かりました。ミリアに代わり、俺の方から今回『ニッコウ』からの提案を話そうと思います」


 何故かグイグイと前に出てくるフクダさんに若干戸惑いながらも、俺は『ニッコウ』で三兄弟に提案した最初の案を説明する。

 俺の説明は拙いものだったと自分でも思うが、さすがギルド長にもなるような人は頭もいいらしく、一度で理解していた。


「まとめると『ニッコウ』の希望としては2つ『名前が変わらないこと』と『土地が変わらないこと』で、ギルド本部を出張させて今の『ニッコウ』の土地に建てて、土地を変えずに『ウツノミヤ』領に『ニッコウ』を入れる。その後、国になった『ウツノミヤ』の一部、『ニッコウ』地区として名前を残すということか」

「その通りです。今回の提案どうでしょうか?」


 フクダさんは天井を見上げ、暫し考える。

 沈黙の時間、俺は生きた心地がしなく、自分の唾を飲む音がひたすら耳に響いた。

 こちらに視線を合わせる。


「君たちの案、これまで『ニッコウ』がしてきた意見の中では一番良いと私は思う。『ニッコウ』の現ギルド長がもう少しまともな人だったらこうはならなかったのだろうが…………君たちのような話のできる若者が来てくれて助かったと心から感謝したい」


 額に手を当て、あれはダメだというようにフクダさんはそう言った。

 薄々気付いてはいたが、『ニッコウ』のギルドの人たちはあまり頭が回っていないと俺は思っていて、その評価は彼も一緒のようだ。

『ニッコウ』の人たちは改善案をまともに持っているわけでもなく、ただ嫌だ嫌だと駄々をこねていた。

 そして何故自分たちが合併に反対しているのかという一番重要な点も忘れているほどに熱くなっている。

 自分たちのギルドが滅亡するという状況になったらそんなに頭が回らないのかもしれないが、それにしてももう少し冷静でいてくれなければ長としてどうなのかと俺は思う。


「それじゃあ、この案を採用して……」

「申し訳ないがそれは出来ない。この意見を出すということは君たちはこの近くの人たちじゃないね?」

「はい、そうですが……」

「なら仕方ない。きみたちは知らないだろうが、この近くの森のモンスターは非常にレベルが高い。まれに斗出したレベルのモンスターがいる地域はよくあるがそういうことではない。平均して強いんだ。そんな危険な森に囲まれた地域に私たちのギルドから人を派遣することは出来ない」

「しかし、そちらに奪われたという宝具、変幻自在の黄金棍ニョイボウを返還してくだされば、地域のモンスターに対抗できるだけの力が」

「それは無理だ。言っただろう? あの地域は平均してモンスターのレベルが高いんだ。変幻自在の黄金棍ニョイボウは確かに強力な宝具だが、モンスターが一気に押し寄せた際にはどうしようもないんだよ。あくまであれは一対一に強い宝具だ」

「………………ちょっとそれは……やっぱり何でもありません」


 クレハは何か言いたげな様子だったが、じぶんから口を閉じる。

 宝具のことに詳しいクレハのことだ。

 フクダさんは何か変幻自在の黄金棍ニョイボウについて勘違いをしているのかもしれない。しかし

 クレハが自分から話をやめたということは、話しても今の状況で意味はないと判断したんだろう。


「それじゃあ、宝具が帰ってきたとしても『ニッコウ』は、もうまともにモンスターから自衛する力がないということですか?」

「その通りだ。だからこそ一刻も早く我がギルドに引き込まなければならない」

「ん? あなたたち『ウツノミヤ』はギルドから国になりたくて『ニッコウ』を引き込もうとしているのではないのですか?」


 何か話しの流れがおかしいと感じた。

 確か最初にこの土地に訪れ飲食店の店員も言っていたが、『ウツノミヤ』が合併したいのはギルドから国になりたくてという理由だったはずだ。

 今の言い振りだとまるで、合併よりも『ニッコウ』の身を案じているように聞こえる。

 俺の質問にフクダさんは他言無用だと一言告げ、続ける。


「表向きはそうなっている。何だか崇高な目標に聞こえるだろ? 国になるって。でも世の中、私のように上に立つ人間が崇高な使命のためだけに働いていると思わないでほしい。今回の合併はある個人的な理由で行おうとしていて、そんな理由じゃ民はついてこないからそれっぽい理由を掲げてるんだ」

「その個人的な理由とは何なんですか……?」


 恐る恐る聞いてみると、今まで強張った表情を向けていたフクダさんは少し頬を緩ませ言う。


「私の父の遺言だよ。私の父と『ニッコウ』の三兄弟は幼馴染だったみたいでね、父は最後のお願いだと言って、あの三兄弟の無事を願った。くだらない理由だと思うかもしれない。しかし、私にとってはとても重要なことだ。私の父はこの世に1人しかいなく、その父の頼みなんだ。叶えない道理がない」

「何だか嬉しそうですね」

「嬉しいとも。なんせ父が私にお願いなんて初めてだったからね。この歳になって初めてのお使いってわけだ。笑えるだろう? それで私は『ニッコウ』に調査をしに行ったのだが、君たちも知っての通り、あのギルドにはもうほとんど戦える人間がいない。攻撃系の加護ギフトを備えている人は勿論いるだろう。ご高齢であることを加味してもその攻撃系の加護の威力は確かに高そうだ。しかし、身体能力は老いているわけで近接での戦闘になった時点で詰みだよ」


 フクダさんの言うことは的を射ていると俺は感じた。

 俺も『ニッコウ』の面々を見た感じ戦えるような人は、前にいたギルド『ミト』よりは圧倒的に少ないと思っていたからな。

 話を聞くに、『ニッコウ』はこのまま『ウツノミヤ』と合併し、土地ごとこちらに移住した方が安全だし、それが正解なんだと思う。

 俺としてはこのまま『ニッコウ』の人たちを説得してしまった方がいいと思うが、それを口にしてはいけない。

 忘れかけていたが、今回『ニッコウ』を助けるのはミリアの仲間を増やすためなのだ。

 どうにかして『ニッコウ』のわがままに応えてあげないといけない。


「フクダさんの意見はもっともだと思います。しかし、『ニッコウ』はあの土地を手放す気はないと言っています。そこは譲れないと。ですので、1度『ニッコウ』に戻って違う案が無いかとギルドの方で相談してみます。勿論先ほどの三兄弟を助けたいという話は他言無用とのことでしたので、秘密にします。どうでしょうか?」

「ああ、いい判断だと私は思うね。しかしちょっと待ってほしい」


 そう言うとフクダさんは立ち上がり、後方にある窓の方に歩きだす。


 いつの間に持ったのか分からないが、右手には一本の刀を携えていた。

 刀の根元には7種類の宝石が埋め込まれている。

 ただの武器には見えない、やんごとなき雰囲気を纏っていた。


「帰る前に君たちに聞いておきたい。君たちは何者だ?」

「何者って、私たちは『ニッコウ』の使者よ。それ以上でもそれ以下でもない」

「それは本当かね? 私にはそう見えない。そちらの小さいお嬢さんは禍々しい魔力を放っているし、タケルくんに関しては全く魔力を感じない。逆に怪しいと私は思うね。おっとごめんよ。何か気に触ることを言ったかい? そんなに警戒することはないじゃないか、黒髪のお嬢さん。私は魔力に敏感でね。君の向けるその鋭い魔力で……まさに殺されてしまいそうだ。それに……」


 窓の前まで到達すると、クルリと身を回転させ、俺たちの方に体を向ける。

 そして手に持った一本の刀でミリアを指すと鋭い目で彼女を睨み言い放つ。


「ミリア・ネミディア、君は指名手配犯だね?」


 抑えられていた魔力が溢れるようにフクダ、『ウツノミヤ』の長のスーツがバサバサと羽ばたく。

 それは俺たちの交渉が完全に決裂した瞬間だった。

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