第42話 解決は穏便に


 温泉から上がり、施設の外に出ると、すぐに三兄弟は見つかった。

 大変だったろうに、ずっと施設の前で待っていたようだ。申し訳ない。

 俺が他の人に聞かれないように話をしたいと一言言うと、ギルドの本部の応接間へ案内してくれた。

 お昼の時と同じように俺たちは横一列に席をとり、その向かいにライト三兄弟が座ると言う形になった。


「いきなり本題ですけど、『ニッコウ』は『ウツノミヤ』と合併してしまった場合どうなってしまいますか?」

「ん? それはすでにあなた方も分かっておられるはずですじゃ。このギルドは無くなってしまいます」


 何故その話を? と言うように質問に答えた長男さんが首をかしげる。

 質問に答えてくれているが、俺の欲しい答えとはまた違うものだ。


「それは分かっているんですけど、もっと具体的にどうなるのか教えてもらっても良いですか? 例えば、この土地の皆さんは引越しをしなければならないのか、そうでないのか」

「そう言うことですか。それでしたら私たちはもちろん引越しを強制されますですじゃ。確か『ウツノミヤ』の外れに私たち向けの住宅地を開拓しているところだと向こうは言っていたと思いますのじゃ」

「次男よ、私はその話初耳じゃ。おのれあやつらもう既に『ニッコウ』を手の内に収めたと思っておるのじゃな」


 次男さんの言葉を聞き、三男さんが悔しそうに唇を噛む。

 どうやら相手さんの準備はもう始まっていて、後は『ニッコウ』がどう出るか、そう『ウツノミヤ』は考えているのだろう。

 一先ずミリアが言っていた予想は正しかったと確認が取れたところで俺は次の質問に移る。


「長年住んで来た土地を離れてしまうというのは非常に辛いと思います。ところで、最初に何故合併に反対なのか聞いた時に長男さんは『誇り』があるからと言ってましたけど、合併によって傷付けられる『誇り』とは何ですか?」

「ん?? すみませぬ、質問の意味がよくわからないですじゃ」

「確かにこれだと質問の内容がふわふわしすぎでしたね。皆さんが合併によって不満に思うのはどのようなところですか? 例えば、ギルドの名前が『ウツノミヤ』になってしまうことですか?それとも引越しを強制され、この土地を去らなければならないことですか?」


 俺の質問にライト三兄弟は3人でひそひそと話し合う。

 不思議なことに3人の口は動いているのに、全く彼らの会話は全く耳に入ってこない。

 会話の内容がわからないではなく、音がしないだ。

 恐らく三兄弟のうちの誰かの加護ギフトと見て良いと思う。

 思えばこのギルドに来た最初にも同じような体験をした。

 人はいるのに俺たちの目には全く見えない。

 兄弟で加護ギフトが似るのかもしれないし、三兄弟は感覚を弄る加護である可能性は高そうだ。

 そんなことを考えているうちに3人は話し合いを終えた。

 長男さんから口を開く。


「貴方様のおっしゃる言葉、私たちの胸に響きました。確かに私たちは合併に反対反対と言っているうちに暑くなりすぎてしまったかもしれないのですじゃ」

「いえ、仕方ないですよ。自分の住処を取られるってなったらそりゃあ熱くもなりますって。それで、今回の合併の不満は何かまとまりましたか?」

「ええ、私たちは先ほど貴方様がおっしゃった全てに不満を持っていますのじゃ」

「名前が変わってしまうのは絶対にありえないですじゃ」

「この土地を捨てて別の土地に移り住むなど、言語道断ですじゃ」


 長男、次男、三男の順に不満を露わにする。

 予想通り、『ニッコウ』は合併に真っ向から反対している。

 予想通りというのは、今のところ話は順調に進んでいるということだ。

 不安なのはここからだ。


「他に『ウツノミヤ』に対して不満とかはありますか? どうしても彼らと合併なんかしたくないという強い思いがあったり……」

「それは……『ウツノミヤ』自体に個人的な恨みは特にないと思うのですじゃ」

「歴史的に見ても我々『ニッコウ』と『ウツノミヤ』が喧嘩をしていたなんてことはありませぬ。寧ろ『ウツノミヤ』の前ギルド長とは私たちは幼馴染で、仲が良かったと思いますですじゃ」


 長男、次男が口を揃えてそう言う。

 よし、と俺は心の中でガッツポーズをする。

 もしギルド間の仲が悪いのであれば、今回の問題の解決は非常に難しくなる。

 何故なら合併の問題の解決の前に、ギルド同士の友好関係から改善していかなければならないからだ。

 そんなの、よそからポッと出てきた俺みたいな子供にできる仕事じゃないし、すべき仕事でもない。

 俺が安心していると三男さんがスーッと手を挙げ、視線はその指先に集まった。


「……強いて言うなら、『ニッコウ』の宝具を盗んだことは許されないと私は思いますじゃ」

「確かにそうだった。我々から戦力を奪い、話し合いを円滑にしようと思ったのじゃろうが、逆にそれで反感を買っているということもあるかもしれないですじゃ」


 続けて長男さんが補足を入れる。


 次男さん・・・・は何故かうつむいていた。宝具について特別な思い入れがあるのだろうか。


『ウツノミヤ』に対して恨みがあることが発覚し、俺は内心冷や汗をかきながら彼らの話を聞いていた。

 しかし、ポジティブに考えれば、宝具を奪われたというのは最近のことで、根深い恨みではないと考えられる。

 俺たちでも十分解決できる案件だ。


「宝具を返してもらえれば、その他に『ウツノミヤ』に特別恨みはないということですか?」

「そ、そうなるのう。別に中が悪いわけじゃないですじゃ。状況が状況ですし、彼らの気持ちも少しは分かっているつもりですじゃ」

「分かりました。『ニッコウ』の考えを踏まえて、今回の合併問題の解決方法が2つあると俺は考えています」


 俺は2本指を立てると、俺に応接間の人たちの視線が集まる。

 ミリアは頭をコクンコクンさせているけど多分聞いてるんだろう。


「1つは合併後『ウツノミヤ』本部から出張本部をこちらに設置させてもらうことで土地を換えずに『ウツノミヤ』領に入るという方法です」

「出張本部? なんですじゃそれは」

「その名の通り、本部の出張版です。みなさんのギルドではギルド本部で何ができるかを考えてみてください。そこでできることを、簡易的にですができる施設を『ウツノミヤ』からこちらのギルドに建ててもらうんです。『ウツノミヤ』側からしてみれば『ニッコウ』の人のためにたくさんの代わりの住居を建てるより楽ですし、そこまで悪い要求じゃないと思います」


 なるほどなるほどと三兄弟は頷く。

 俺の提案に隣で聞いていたのか分からないミリアが相槌を入れた。


「ふーん、中々良い案じゃない。でも土地はなんとかなるとして、名前はどうするのよ? 合併したら『ニッコウ』という名前は無くなってしまうわよ?」

「それについてなんだけどさ、俺がこの世界に来て最初から思ってたんだ。この世界にはギルドや国の中に小さな区分でもって土地を分ける文化はないのか?」

「あるわよ。ギルドだと分からないけど、『トウキョウ』ぐらい大きな国になれば、不便だから地区ごとに別の名称を…………なるほど、盲点だったわ」


 察しのいいミリアはすぐに俺の言いたいことに気付いた。


 元の世界では当たり前だが、日本という国があり、その中に都道府県があり市町村がある。

 この世界ときたら土地としては元いた世界の日本ではあるが、日本というまとまりのある集団ではなく皆別々に小さな集団を作っていた。


 小さな集団といっても、中には大きいものが存在する。

『ウツノミヤ』はかなり大きめだ。

 そんな大きな集団なら、元の世界と文化は違えど、中身を細かく分けて管理せざるを得ないという結論に至らないわけがない。


 だから名前に関しては合併してもさほど重要じゃないはずなのだ。

 どうせ合併したとしても、『ウツノミヤ』の一部として『ニッコウ』という名前は残る。

 個人的にはややこしいから『トチギ』とかに名前を変えてもらいたいところだがその話はまた今度、それを要求するべきは『ウツノミヤ』に対してだ。

 ミリアが理解したのに続き、次男さんが気付き、三兄弟のほか2人に説明を始める。

 アイリとクレハはまだ分かっていないようだったから、俺の方からさらに補足を加え、コクコクと首を縦に振り納得していた。


「なるほど、良案だと思いますですじゃ」

「まあ、これが案の1つ目で、もう1つあります。2つ目はかなり難しいように思われますが、一応……ミリア、説明してくれ」

「は? 私…………って、あの作戦を言わないといけないわけ!?」


 温泉に浸かっていた時にはかなり自信たっぷりだったというのに、今はその真逆だった。

 冷や汗なんかかいてミリアらしくない。

 迷いに迷って、それでも口を開こうとしないので、俺の方から説明する。


「本人が言いたがらないので、俺の方から言います。作戦の2つ目として、単純に『ウツノミヤ』を倒してしまうということです。ギルドに来た最初に見せた通り、ここにいるミリアは宝具を4つも所持しているチートやろうで『ニッコウ』の人と協力すれば『ウツノミヤ』に勝つことも夢じゃありません」


 顔を両手で覆っていたミリアは今の説明を聞いて手を解き、首を傾げる。

 自分で言っていた作戦と違ったことを意外に思っているんだろう。

 いや、温泉で聞かせてもらったような、脳筋作戦そのまま言うのは俺も恥ずかしいに決まってるだろ。

 少し意地悪したなとは思うけど、ミリアの恥ずかしがる顔というレア報酬がもらえたので俺はそれで良かった。


「そうでしたな。しかし、ミリア様はお強いでしょうが私たちは……」

「ですから、こっちの作戦は2段階でやろうと思ってます。1段階目に宝具、変幻自在の黄金棍ニョイボウを取り戻し、それを使って戦力が整ったのを見計らい『ウツノミヤ』に挑みます」

「なるほど。……そちらも良い作戦だと思いますですじゃ。しかしできれば……」

「最初の作戦の方がいいですか?」

「その通りですじゃ。元から『ウツノミヤ』と仲が悪いわけじゃないので、できれば穏便に済ませたいというのが本音ですじゃ」


 長男さんは下を向き、優しい声でそう言う。

 俺もこの問題を解決するならできれば最初の方がいい。

 力でどうにかするのは今回望ましくないはずなんだ。

 ミリアも長男さん、というか『ニッコウ』側の意見を尊重する気らしく、一先ず話し合いねとつぶやいていた。


 早速明日『ウツノミヤ』に掛け合ってみようということで、三兄弟さんにとってもらった宿で早め休む。

 寝室が別なのが気に入らないとクレハは最後まで駄々をこねていたがそれ以外は概ね何も問題なく俺は布団で目を閉じた。

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