第40話 寄せて上げることは不可能

 食事をしながらこのギルドのことについて話を聞いた後、俺たちは宣言通り『ニッコウ』観光をすることになった。

 ギルドの入り口から真っ直ぐメインストリートを進んでいき、あの店はなんだこの店はなんだとライト三兄弟が補足を入れてくる。

 店の外見はどれも和風なものばかりで、落ち着いたものになっている。

 そう言えば、この世界に連れてこられてから和風な家があまり見ていない。

 洋風なものが流行っているのか?

 ライトであったりミリアであったり、名前的に日本人でない人 (そもそも日本なんてないけど)が結構多いみたいだし、こちらの世界は異国との交流が盛んなのかもしれないな。

 お店ではここの伝統工芸品らしき木の置物や家具が多く見られ、俺にとって魅力的なものはほとんどなかった。若者受けしなさそうな街だなと思った。

 思えば、この街には若者が少ない。

 だったら若者受けなんてどうでもいいか。


 しばらく観光を続けると、最初に俺たちが言っていた通り、三兄弟たちはこのギルドの温泉に案内してくれた。

 暗めの茶色で塗られた木材で建てられたそれは、古臭さの中にどこか厳かさがあった。

 もし1人で来たのだったら、料金が高そうで絶対入らなそうだと俺は思う。

 俺はスーパー銭湯で十分だと感じる安上がりな男なんだ。

 しかし、今回の料金は全面的に三兄弟が、つまりはギルド『ニッコウ』の人たちが持ってくれるということなので、ありがたく温泉を楽しもうと思う。


 まあ、楽しめたらなのだが。


「タケルくん、どうしてそっちを向いてるの?ちゃんとこっち向いてよ」

「クレハがタオルを体に巻くまで俺はそっちを向かん」

「えー、巻いてるよぉ?」

「絶対巻いてない」


 俺は背後から聞こえるクレハの艶かしい声を軽くいなしつつ、彼女の説得を図る。

 ドウシテコウナッタ。

 木の匂いがほんのりと香る浴室を照らすオレンジ色のライトを見上げ俺はため息をついた。


 俺たちはライト三兄弟に案内されるままとある温泉施設に来た。

 まずここでおかしい点の1つ、何故混浴の温泉に案内したんだ?

 年頃の男女たちを案内するならもっと他にあっただろ!

 次におかしい点の2つ目だ。

 俺は横目でアイリとミリアの姿を見る。

 彼女たちは今、青く薄い生地を身にまとっている。

 2人ともお子ちゃま体型でよく似合っている……というわけではなく!

 何故混浴用に渡された水着が所謂スクール水着なんだ?

 このギルドではこれが一般的なことなのか!?

 一般的なわけがないので、何か大いなる意志を感じなくもないと俺は思った。大いなる意志ってなんだ。

 そんなわけで、支給されたスクール水着のサイズが合わなくて、さらに代わりに渡されたタオルを巻くのを拒んだため、今クレハは何も身につけていない。


 一向にタオルを巻いてくれる感じがしないので、俺は後ろを向いたまま話題を振る。


「盗まれた宝具を取り戻す、っていうけど、それをする算段はあるのか?」

「あるわ。でも、とても不安。だって私はその宝具のこと何も知らないからね。相手がそれを使って来たらたまったもんじゃないわよ。宝具の詳細について、クレハはよく知ってるんじゃない?」

「うん、知ってるよ。じゃあ説明するね、『ニッコウ』の宝具、変幻自在の黄金棍ニョイボウについて」


 天井の高い浴室にクレハの説明が反芻する。

 変幻自在の黄金棍ニョイボウ

 この世に100と存在する宝具の中でもかなり初期に作られた棍の形状をした宝具らしい。

 名前の通り西遊記の如意棒がモチーフとなっているそうで、魔力によってその大きさや質量を変える。

 また、形状も変えられるため、使用者が使い慣れた武器として使うことができるのがこの宝具の強さの一つだという。もう棍じゃないじゃないか。

 形を変えられるのはあまり強そうには思えないが、大きさや重さを変えることができるのは相当強力そうだ。

 重さがあればそれだけ威力が出るわけだし、超高火力の一撃をこの宝具が秘めているのは言うまでもない。でも、そんなに重かったら持てないか。


「なるほど。変幻自在の黄金棍ニョイボウ、ちょっと地味だけどなかなか強そうだな」

「タケルくん……?ミリアの持ってる不可避の輝剣クラウ・ソラスと比べたらそうかもしれないけど、変幻自在の黄金棍ニョイボウは結構派手な方だよ」

「その通りだわ。私の持ってる中でも疾風迅雷の細剣ブリューナクとか、衝撃波出るだけよ?そっちの方が地味じゃない」

「確かに言われてみればそうかもしれない……クレハは宝具に詳しいんだよな?」

「うん。何々? 気になるの? 頼って頼って!」


 クレハはそう言うとズイズイと俺に接近し、背中にその肌を当てた。

 理性が飛びそうな柔らかさを背中に感じ、悶えそうになるが、すんでのところで声をあげるのを抑えた。

 頭は沸騰しているが冷静を装って続ける。


「1番地味な宝具ってなんだ? ちょっと気になる」

「1番地味か……そうだね。多分あれだ」

「あれってなんだよ」

「オカザキの家系が最初に作り出した宝具、正宗まさむね。地味を通り越して、あれはただの刀だからね」

「そんなただの刀でも宝具って名乗っていいのか?」

「大丈夫だよ。タケルくんちょっと勘違いしてると思うけど、その正宗はただの刀だけどただの刀じゃないんだよ? ただの刀の極地、それが正宗」

「なるほどな」


 クレハの説明に俺は相槌を打つ。

 宝具は色々あるみたいだけど、正宗みたいに普通の刀もあるみたいだ。

 普通の、ということは衝撃波が出たり爆発を起こしたりしないということだろう。

 魔力が関わってこないような刀といってもいいかもしれない。

 つまり、俺でもその刀ならば性能通りの使い方ができるわけだ。

 今指にはめている形成す炎クサナギよりも正宗が欲しかったなと俺は本気で思った。

 まあ、この形成す炎クサナギも人に対しては本来の使用用途じゃない使い方で活躍できるから及第点といったところだよな。

 それはそれとして、クレハは一体いつまで俺の背中に密着しているつもりなのだろう。

 俺にも理性の限度というものがある。


「クレハ、そろそろ離れてくれないか?」

「どうして……はっ! もしかして、タケルくんの宝具が覚醒しちゃったのかなぁ? ぐへへ……」

「こらっ! 手を前に回すな!」


 彼女の細い指が俺の腹部を撫でる。その指は段々と下へ向かっていき……もう我慢の限界だ!

 ミリアとの話は途中だが、早々に温泉から飛び出そうとしたところ慌ててクレハは俺を止めた。


「先に出る」

「タケルくん、ごめんなさい! タオル巻くから! ほら、ほら巻いた!」

「本当に勘弁してくれよな……っ!?」


 振り向いた俺の視界に入ったクレハは確かにタオルを胸に巻いているのだが、大きさが大きさなのでタオルの幅が足りず、胸の中央から下にかけて、放射状に肌色が露わになっている。

 隠せているが隠せていない。


「タオルを巻いても不健全だ!」

「そんな、酷いよ! 私だって好きでこんな体じゃないのに! でもタケルくんは好きみたいだから嬉しい……」

「好きだなんて言ってない!……まあいい。これで面と向かって話ができる。ミリア、さっきの続きだけど……ミリア?」


 見るとミリアは自分の胸部を両手で挟み込むようにする、謎の儀式を行っていた。

 俺の視線に気づくとミリアの顔が茹で蛸のように赤く染まる。

 ちゃっかり寄せて上げようとしていた。


「これは違うのよ? 羨ましいとかそんなわけじゃ……」

「ミリア、残念ながら0に何をかけても答えは0なんだ」

「はぁ!? 違うから、これは足し算なんだからぁぁああああ!!!!」


 羞恥のあまりミリアは叫ぶ。

 気を取り直して、話をするには少々時間がかかりそうだ。

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