第39話 盗まれた宝具
宝具をギルドの人たちに見せて、皆を納得させた後、俺たちは『ニッコウ』の観光がてら、この土地の郷土料理を食べさせてもらうこととなった。
座敷の部屋に通され、長い机に横一列て俺たちは座る。
何故かミリアは座敷の時は正座よ、と皆にそれを強制するが、真っ先に足を崩したのは彼女自身だった。ふざけるな。
クレハが注文を取ろうよと言うので、メニューを探すが見当たらない。
メニューを貰いに行こうと思ったその矢先、頼んでもない料理が次々と出て来て、その料理に俺たちは目を輝かせた。しかし、冷静に考えろ。このお店はコースでも決まっててそれに従って料理が出てくるのか？
コース料理といえば、正直言って安いわけがない。この間バフォメットを倒した際にいくらかお金が手に入ったのだが、それにも限度がある。
一体いくらするのか怖くなり、財布の中身をちらりと覗いたところ、対面に座るさっきの老人が首を横に振る。
「お代のことは気にしないでくださいな。全部こちら持ちですじゃ」
「い、良いんですか？それじゃあお言葉に甘えて」
「タダ飯よ、タケル！ 元取りましょ！」
「いや、元も何も俺たちは一銭も払わないだろ」
俺は冷静に突っ込みながらも、ミリアの言葉に少し理解できるところがあるなと思う。
確かに食べ放題って言われると、元を取ること考えちゃうよね。元の世界にいた時は、食べ放題といえば仕入れ値の高いものを調べて食べるの決めてた気がするな。絶対自分の好きなのを食べた方が満足度は高いんだろうど。
ふと隣を見るとアイリが、目の前に並べられたご馳走たちに戸惑っていた。
アイリは今まで保育園で質素なものを食べて生活して来たから、こんなに料理が出て来て、しかも全てタダだなんて言われたら戸惑うのも仕方ない。かく言う俺も少し抵抗がある。お言葉に甘えるとは言うが、遠慮という気持ちは間違いなくあるのだ。
普通、常識的に考えればそうだと思う、そのはずなんだ……
「タケル、あんた食べないの？ ならあんたの分まで私が食べてあげるわ！」
「タケルくん。詰め込める時に詰め込まないと損だよ。私がお皿によそってあげるね。ああっ！ついでにお口にも運んであげる！ あーんして、あーん」
自重という言葉を知らないのか、たくましい女性陣は運ばれてくる料理に我先と手をつける。
ダメだこいつら、アイリの成長に悪影響を与えちゃう。
クレハからの、あーんを拒否するとふてくされた表情になりながらも、俺の皿に焼いた肉を運んでいく。こら、毒味とか言って箸とか口とかつけたものを俺に渡してくるんじゃあない。
いくつか肉を毒味しているうちに、クレハは何か満足いかないのか首を傾げる。
「うーん……このお肉、筋がひどいかも」
「まあ、奢ってもらってる立場なんだから、ありがたくいただこうぜ」
「私、料理とかするから気になっちゃうんだよね。下処理が甘いとかそういうことに。ちょっと待ってて、筋とっちゃうから」
そう言うと、クレハはポケットから一本ナイフを取り出し肉を捌き始める。だからなんでナイフを常備しているんだよ。
突っ込んだら負けだと思うので、クレハのことは置いておいて、対面に座る先ほどの老人に話を振る。
「そういえばまだ自己紹介がまだだったと思います。俺はタケルで、今馬鹿みたいに料理食べているのがミリアとクレハ。1番行儀が良いのがアイリです」
「うむ。私はライトですじゃ。苗字がライトですな。三兄弟の長男だから皆には『長男』と呼ばれとります」
「わかりました。三兄弟、ということは他にもライトさんが？」
「そうじゃよ……噂をすれば」
長男さんが視線を部屋の出口に向けると、その扉がゆっくりと開く。
今までミリアたちは食べることに必死で、脇目も振らぬ、と言った様子だったが、彼女たちも開いた扉に目を向けた。
扉から入って来たのは、長男さんと見分けがつかない背の低い老人が2人。
まさか三つ子？と思い、聞いてみると長男さんは首を縦に振った。
後から来た2人も対面に座る。
同じ顔の人間が3人並ぶと誰が誰だかわからなくなるなと俺は思う。
これで声まで一緒だったら本当に見分けがつかない。
「私は次男ですじゃ」
「そして私が三男ですじゃ」
完全に一致！口頭で説明は難しいが、驚くべきことに、ライト三兄弟は声の質、口調まで何もかも一致していた。
俺はすでに長男さんが右から何番目なのか忘れかけている。そんなわけあるか。とにかくややこしい、それが全てだ。
「……よく似ているんですね。兄弟揃って」
「よく言われとります。一応、違いがあって私……長男は少し、眉毛が濃いですじゃ。次男は口髭、三男は耳毛」
「言われてみれば……」
本当に微妙な違いではあるが、確かにそのように思われる。
こんな調子だと毛を全て剃ってしまったら誰が誰なのか本当にわからなくなってしまいそうだ。
多分、三兄弟があえて毛の伸ばす場所を変えててくれて、見分けをつけてくれているんだと思う。
双子とかで見分けが付きづらいという理由で髪留めの色を変えるとかするという話を聞いたこともあるし、きっとそうなんだろう。
まあ、容姿のことで戸惑っていても仕方ないか。
ミリアはこのギルドの人たちを仲間にするために助けると言っていたけど、俺は仲間になるとか関係なく、助けてあげたいという気持ちがある。
俺の
防御系のギフトは何か相手を侵略したりそういうことには向いていないけど、人を守ることは得意で、それは誰かを助けてあげなさいという神のお告げなんじゃないかなと勝手に思ったりするのだ。
三兄弟が出揃ったところで、例の件について話を始める。
「話は少し聞いているんですけど『ニッコウ』はどうして合併されようとしているんですか？元の世界では合併と言うと財政難で仕方なくと言ったふうに行われていた記憶があるんですけど、まさかそのような感じで？」
「元の世界……？それは知りませんが、財政難ということではないですじゃ」
「あんたはこの世界についてあんまりよく知らないから、勘違いしても仕方ないわね。とっても頭がいい私から説明してあげるわ！このサラダを食べ終わったらね！」
「早くしてくれ」
お前はいつまで食べてるんだ、いい加減太るぞ。と言いたいところだが、食べているのは野菜ばかりで以外に健康的な食べ方だったため、なんともいえない。
クレハは逆に肉を多めにとっているみたいで、食べ物の好みが体格に差を生んでいるんだろう。
失礼なことを考えているうちにミリアのサラダはなくなり、話を始める。
「結論を言うとね、お金がなくなってギルドが合併するってことは殆どありえないわ。他所にお金を借りててそれが返せないなら別だけどね」
「……そう言うものなのか？」
「そう言うものなの。ついでに言うとお金を他所に借りるってことはほとんどないわ。タケル、あんたこの前バフォメットと戦ったじゃない？」
バフォメット、と言うのは俺が最近戦った大型のモンスターのことだ。
無敵だと思っていた俺の加護、
今でもあの時のことを思い出すと背筋に嫌な寒気が走ってくるほどにはトラウマになっている。
「戦ったな」
「なら分かるでしょ？あんたの世界とこっちでは状況が違すぎるの。外敵ウヨウヨ……まあバフォメット程の化け物がウヨウヨいるわけではないけどいるわ。残念ながら化け物は私たちが持っているお金に魅力を感じないみたいなのよね」
「は？ミリア何言ってるんだよ。モンスターがお金を欲しがるわけない……そう言うことか」
ミリアの例えで俺は理解した。この世界には危険が多すぎる。その危険な奴らに俺たちは1人で太刀打ちすることなど不可能に等しく、そして残念ながらその危険な奴らにお金は通用しない。
忘れていたがお金は価値を認めた俺たち人間の間にだけ有効なものだ。
価値観──とにかく俺とこっちの世界の人たちには決定的に価値観の違いがある。豊かに生きたいとかそう言うことよりもまず、生命の心配を絶対に考えなければならない状況なんだ。
そう考えれば、このギルド『ニッコウ』がどうして合併なんてことを持ちかけられているのかが自ずと見えてくる。
「分かったよ、ミリア。このギルドは多分冒険者とかの戦う人がいないんだろ？ だからここで生活することができないと思われて合併の話を持ちかけられたんだ」
「なかなか分かるじゃない。私も同じ意見よ。髭のあんた、実際どうなのよ」
髭のあんたとは酷い言い方だな。
しかし長男さんは嫌な顔一つ見せず、ミリアの問いに答える。
「その通りですじゃ。このギルドには今、まともな戦力がありませぬ。モンスターに攻め込まれれば一晩で皆殺しでしょう」
「そうなるわよね。……少し気になるんだけど、そこまで危ない状況なら、はっきり言って合併しちゃった方が安全だと私は思うのよ。まあ、私の目的からしたら合併に反対してこのミリア様についてくれた嬉しいのだけど」
そう言うと、長男さんは視線を落とし頬を少し引き上げる。
自虐的に微笑みながら口を開いた。
「誇り、ですじゃ……元々このギルドはギルドでなく国だったのですじゃ。今では『トウキョウ』がもっとも力を持った国と言われておりますが、その昔この土地は大陸で一番の国があったのです。本当ならこのギルドはもう終わりにした方がいいのでしょうが、伝統が私たちの決断を鈍らせますじゃ」
「なるほど、ね。了解したわ。その誇りは捨てないでおきなさい。それを持っている限り、私はあなたたちの味方でいてあげる」
ミリアの言葉に目の前の3人の老人たちは胸をなでおろした。
隣を見るとクレハも「お肉美味しかったし、助けてあげなきゃね」と今回の一件に対しての意欲的であることがうかがえる。
炊き出しとか色々やってくれるだろう。
ただ、どさくさに紛れて俺の皿に追加の肉を置くのはやらなくてもいい。
それさっき一度口に入れてたやつだ。
ミリアは思い出したように手を打ち、話を続ける。
「そうだわ！ あまり期待はしないけど、あんたたちのギルドにある宝具、少し見せてもらってもいいかしら？モノによっては合併なんてそもそもする必要ないって主張できるかもしれないわ」
「それが……」
長男さんは痛いところを突かれたと言うように声のトーンが露骨に下がる。
三兄弟でしばし相談をしたかと思うと、長男さんが言う。
「私たちの宝具は『ウツノミヤ』に盗まれてしまったのですじゃ」
「は？」
若干お通夜ムードの中、俺たちのただ飯会は一旦幕を閉じた。
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