第38話 馬鹿げたことを言う馬鹿

 不意に現れたお爺さんに驚き、体が強張る。予測できていたこととはいえ流石に驚くものは驚いた。アイリなんて、怖くなって俺の背中に隠れてしまうほどだ。

 もしかしなくてもこのギルドの人間であるお爺さんに話を伺う。


「どうして隠れたりなんかしたんですか? 思わず帰りそうになりましたよ」

「いやあ、すまんのう。このギルドは今ちょっとした問題を抱えておってな。警戒を怠らないようにしておりますのじゃ……問題と言っても、そんなの後ろめたいものではありませぬぞ!観光に支障が出るものではありませぬ故、存分に楽しんでいっていただきたいですじゃ」

「タケル、あんたちょっと回りくどいわよ」


 お爺さんの話をほとんど聞かずにミリアが話に割り込んで来る。

 確かに回りくどかったかもしれないと俺は反省する。町の人が出て来たその時から、もう観光客だと装う必要はないのだ。

 ミリアは自慢の針のように細くすらりと伸びた金髪を手で払うと、


「単刀直入に言うわ。私はあなたたちが欲しい!」


 大きく手を広げ、ミリアはそう言い放つ。

 前にもこんなセリフがあったなと、思い出に浸りなからも、俺は突然現れた・・・・・『ニッコウ』の住人たちの表情を伺う。

 アイリの言う通り、この場所には10、20……数えきれないほどの人がいた。


 ミリアの発言の真意を考え、考え、それでも分からない背丈の低いお爺さんは首を傾げる。


「ミリア、ちゃんと説明してくれ。多分、いや間違いなく分かってないぞ?」

「それもそうね、あなたたち、今すっごく困っているらしいじゃない。ギルド、滅びちゃいそうなんでしょ?」

「…………その通りでございます」


 老人に驚いた様子は無く、力なくうなだれた。

 何故知っている?と驚きはしないことから、やはりこのギルドが滅んでしまうという話はこの辺りではもう広まった知識なんだと思う。


「だから、この寛大な心を持ち人徳溢れる、その上カッコ可愛くて……」

「長い」

「んっ! とにかく、このミリア様がこのギルドを助けてあげるわ!」

「何ですと!?」


 今まで目を開けているのかそうでないのか怪しかったその老人は目を見開き、驚きをあらわにする。

 お爺さん結構瞳キラキラしてるな。そんなのはどうでもいい。

 相手の反応が良かったことで、ミリアは口角を持ち上げニヤリと笑う。


「ただし、もちろんタダで助けるわけはないわ」

「……それが、わたくしたちが欲しいということをでありましょうか?しかし、私たちとて奴隷になるまで落ちぶれるわけには……」

「は? 奴隷なんてするわけないじゃない。そもそも奴隷なんて取っても問題がないのはこの大陸で『トウキョウ』ぐらいよ。ちょっとは勉強してちょうだい」


 ミリアはさも当たり前のことだろ、と言わんばかりに言い放つ。

 俺も初めて知った。というか『トウキョウ』だけは奴隷とって良いってどう言うことだよ。

 ミリアは前に『トウキョウ』という国はあまりに強大な力を持っていると言っていた。この大陸中に、クレハの一族が作った【宝具】と呼ばれる武器たちは大体100本あり、『トウキョウ』はその中の5分の1を所有している。ここまで力が偏ると、誰も彼らの行動を止めることができないのだろう。

 話は戻るが、老人はミリアの言葉を聞き再び首を傾げた。


「それでは、私たちに何を要求しようと仰るのでしょうか?ミリア殿」

「私は今度、その今度がいつになるか分からないけど、戦を起こすわ。その時力になって欲しい、それだけよ?」

「……戦の相手というのは」

「『トウキョウ』よ」


 トウキョウと言う単語を聞き、俺たちの目の前に広がる人だかりがざわつき始めた。

 流石に相手が強大すぎる、のだろう。

『ウツノミヤ』に吸収されギルドを滅ぼされるのと、『トウキョウ』に戦いを挑み滅ぼされるのの2択。

 どちらに転んでも彼らはもう終わりなんだ。

 多分すぐには結論を出せないだろうから、まずは観光でもしようぜと俺は提案をしようとしたのだが、それをする前に老人は決意をあらわにする。


「承知いたしました。ギルド『ニッコウ』一同、謹んで貴方様に助けられたい」

「……そんな、あまり考えていない様子ですけど、良いんですか? 結構重要な選択なんですから、もうちょっと考えた方が」

「そちらのお方は、優しいのですな。ですが、心配は無用ですぞ。なんせ私たちも『トウキョウ』には一矢報いてやらなければならないと考えていたのですじゃ」


 腰の低い老人がホホホと笑う。

 狂っている、というわけではなさそうだ。

 彼らにも何かしら『トウキョウ』に恨みを持っていると言うことか?

 ミリアはそのことについて話を伺うと


「その通り。私たちのギルドは元々、ここ一帯では1番力のある国だったのです。しかし私達の国にあった二本の宝具、そのうち一本を『トウキョウ』に持っていかれ、そこから衰退が始まったと言っても過言じゃありませぬなぁ……」

「そう……貴方たちも大変なのね……。なら、これからは復讐者どうし仲良くしましょ?まずはあんた達のギルドを助けないとね」

「その前に」

「何よ?」

「ミリア殿は随分と自信家でおられるようですが、本当に私たちのギルドを救う算段があるのでございましょうか?それと『トウキョウ』に対抗できるだけの力がおありと……?」

「ふーん。随分私も甘く見られたものね」


 そう言うと、ミリアは右手を軽く払うと、空間の裂け目が生み出す。

 俺は今から彼女がしようとすることが何となくわかるので、一応最悪の事態にならないように釘を刺す。


「おい、ミリア。ここでぶっぱなしたりはしないでくれよ」

「……分かってるわよ。見せるだけ、見せるだけだから!」

「先っぽだけだからみたいな言い方して、フラグ建てないでくれ……」


 絶対わかってなかったよね!?

 頭に来て宝具放つ気満々だったよね?

 まあしかし、一度釘を刺せばしばらくの間はおとなしくなってくれる。

 それが聡明で完全無欠の美少女(自称)ミリア様ってやつなんだ。

 頭いいなら一回言われたら学習して欲しいものだけど。


 宙に生まれた裂け目からミリアは例の宝具達を取り出す。

 無限の炎鎖ダグザ疾風迅雷の短槍ブリューナグ真実を導く光玉リア・ファル不可避の輝剣クラウ・ソラス

 ミリアが授かった4本の宝具達がその姿を現し、『ニッコウ』の面々は興奮や畏怖、様々な感情を持ってそれを見つめていた。

 ミリアはこれ以上なく満足した表情で、人々を見回していた。


「勝機もなしに、『トウキョウ』に挑むだなんて馬鹿げたこと言わないわ!私は強い!だからこそ言うわ……私に救われなさい!」


 1人で宝具を4本も所持する馬鹿げた状況で、馬鹿げたことを言う馬鹿を、馬鹿にするものは誰1人いなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る