第2章 過疎集落とか合併とかそんな感じの事件と目に見えない敵との戦い……?『ウツノミヤ』編!

第36話 旅はまずはお風呂から

 鼻をツンと刺す緑の匂い。

 不愉快なほどに生ぬるく湿度のある風が首筋を撫でてくる。

 列を成して歩く俺たちの先頭にいるミリアがあからさまに悪態をついた。


「はぁー、もうめんどくさいわね。せっかくお風呂に入ったっていうのに、もう汗だく。この森吹き飛ばしちゃおうかしら」

「ダメに決まってるだろ!?あんまりバカするとまた刺客が送られてくるかもしれないぞ?」

「し、仕方ないわね。心の広いこのミリア様だから許してあげるわ、木々たち」

「お前は森の神か何かか?」


 出来るわけない、だなんてバカにすることはない。

 なんせミリアはそれをするに足りうる力を持っているのだから。

 ミリア・ネミディア。

 彼女は、この大陸で最大の規模を誇る『トウキョウ』に復讐するために仲間を求めて旅をしている。そして、その旅に俺や隣を歩くアイリ、それに最後尾で列を見守るクレハも同行している。

 異世界に召喚されてからというもの、本当に様々なことがあった。魔法が使えないのが俺だけだということが発覚したとか、実は魔力はないけど、異能力みたいなものが俺には備わっていたことが発覚したとか、初めてモンスターと戦闘したとか、トウキョウのお偉いさんに娘を託されたりとか、恩人に料理されそうになったとか……思い返すと統一感がなくてわけがわからない。

 話は戻って今の話だ。俺たちは今、新たな仲間を探すためにかなり小規模なギルド『ニッコウ』というところに向かっている。名前的に元の世界でいう東照宮がある場所だろう。

 なぜ『ニッコウ』に向かっているのかというと、それを説明するのには少し時間がかかる。

 俺は先日に寄った『ウツノミヤ』というギルドであったことを思い出した。


 ***


 

 これといって特徴はないが、前にいた『ミト』に近い煉瓦造りの町はシンプルでかつ綺麗。お昼時だったこともあり、町中には食欲をそそるいい匂いが充満していて、俺のお腹は泣かずにはいられない様子だ。

 およそ4日かけて『ミト』から山を越えてやってきたここは、『ウツノミヤ』という大きなギルドだった。地理的には間違いなく栃木。

 膝に手を当て、疲れ切った様子だったミリアが両手を上げて口を開く。


「到着よ!料理店、料理店を探しましょう!」

「私もお腹ペコペコだよ〜。もう一昨日の夜から何も食べてないし……」

「わ、わたくしも我慢の限界ですわ!」

「もうどこでもいいから入ろうか。あそこの店とか空いてないか?」

「よし、そこにしましょう。席取ってくるわ」


 そういうとミリアは俺が指差した店に異常なほどの猛スピードで向かう。

 こんなところで【時間タイム】を使わなくてもと思うが、今はそれぐらいお腹が空いているんだ。

 俺ももうとっくに限界を過ぎている。

 ミリアが4つ席をとり、俺たちは後に続いて座り、アイリとクレハがメニューを見ている間に俺は店員を呼ぶ。目についたもの片っ端から注文していった。

 全く無駄のない連携プレーにより、最短で運ばれてきたうどんやら焼きそばやらオムライスやらサラダやら餃子やらが卓を埋め尽くす。

 全部の料理が出揃う前に、割り箸を皆一様に割り、料理に手をつける。

 『ウツノミヤ』ということはたぶん餃子が名産なんだろ、と最初に餃子に箸を伸ばし口に1つ入れる。


 予想通り……いや、予想以上の美味しさだ!

 なんだこれ!何個でも食べらそうなきがするぞ!

 野菜と肉の絶妙なバランス、匂い肉汁犯罪級だ。

 昨日何も食べてないというのもあるのかもしれないが、溢れる肉汁が体に染み渡る感覚で思わず身震いする。体が震える美味しさってあるんだな、と思う。

 俺のその姿を見たミリアたちはすぐに店員を呼ぶと追加の餃子を頼み出す。

 お金の心配なんてしちゃいけない。

 バフォメットの命は今この餃子に変換されてしかるべきものなんだ!バフォメットさんすまん。


 運ばれてくる料理たちを米の一粒たりとも残すことなく完食。

 あまりの食いっぷりにお店の人が追加で餃子をくれたのだがそれも完食した。

 会計を済ませ、領収書を見ると意外なことに金額は5千を超えていなかった。

 こっちの世界はあまりの物価が高くないとは思ったけど、これだけ食べて樋口1枚分とは……まあこっちの通貨には樋口は書かれていないんだけど。よく分からないおじさんがかかれている。誰だこれ。


 店から帰る直前にミリアが思い出したかのように店員に言う。


「店員さん、ここ最近で話題のこととかないかしら?私、新聞読まないから分からないのよ」

「最近話題……ですか。それなら、合併の話がそうかもしれないですね」

「合併?詳しくお願いするわ」

「町の西の方に山がありまして、そこにある小さなギルド『ニッコウ』とここが合併しようとしているらしいんです。合併すれば『ウツノミヤ』は規模的にも晴れてギルドから国に昇格できるとか。ですが……」


 店員の表情が途端に曇る。何かわけがありそうだと思い俺は唾を飲んだ。ニンニクの匂いがした。唾まで美味しい。冗談言ってる場合じゃない。


「ですが『ニッコウ』は合併に反対していて、上手くいってないみたいなんです。そんなに反対するなら合併なんてしなくていいのにと思うんですけど、このギルドはどうしても国になりたいみたいで」

「なるほど、分かったわ!情報ありがとう優しい店員さん。餃子も美味しかったわ」


 腹ごしらえを済まし、最後に握手を交わすと俺たちは『ウツノミヤ』のギルド本部へと足を向ける。

 ギルドの本部は役割的には市役所に近いなと思っている。

 観光案内ガイド等もここで手に入れられることもあり、他所から来た時まずは本部に行くというのはひとつ正解なのかもしれない。


 レンガ道を抜け背の高い建物を見つける。『ウツノミヤ』のギルド本部だ。

 中に入ると氷の魔法石から出る冷気が流れて来る。

 人が触っているわけでもないのに冷気を発する魔法石なんてあるんだと感心しながら、そんなのどうでもよくなるほど心地よい魔力版冷房にハマりそうになっていた。

 ミリアは本部に入ると真っ先に受付に向かう。

 俺はまだちょっと冷房の下に居たいからここにいよう。


 受付と揉める様子もなく、すんなりとことを済ませたミリアはその手に何かを持って帰って来た。


「ミリアそれはなんだ?」

「地図よ。本部に行けばこの周辺の地図が手にいれられるの。便利でしょ?」

「そんなのあったね。私、地図使わないから忘れてた」

「クレハは地図とか使わないのか?道に迷ったらどうするんだ?」

「んー感覚?」

「それ絶対迷子になるやつで、悪いお手本だからな」

「で、でもタケルくんの居場所ならすぐ分かるよ!匂いとかで!」

「それはストーカーで、犯罪者予備軍じゃないか!?」


 匂いってなんだ匂いって。

 匂いで思い出したことがあり、口にしようとするが先にミリアが話を始めてしまう。


「それじゃあ、出発しようかしら!いざ『ニッコウ』へ!」

「はあ?なんでわざわざ移動するんだよ。仲間探しならこの街でしてもいいだろ?」

「分かってないわね。話を聞くに『ニッコウ』は今すっごく困ってるわ。正義の味方は弱者に味方する……というのは建前で、立場の弱い人の方が仲間になってくれる可能性が高いと思うのよ。『ニッコウ』を助けてギルドの人間全部仲間にするわ!」

「想像以上にゲスな考えだな!?」


 ミリアの言ってることは正しいのかもしれないけど、それにしても言い方ってものがある。

 最初の「正義のために」で終わらせてればよかったものを……

 アイリとクレハは彼女の話に納得している様子だった、が俺はどうにも納得できない。

 この街でやっておきたいことがあるのだ。

 これは非常に重要な問題で、多分彼女たちも分かってくれるはずだ。

 俺は手をピンと挙げ、皆の視線を集める、


「出発する前に、まずは風呂に入ろう」

「あっ……そう、だね」


 俺や彼女たちはずっと風呂に入っていなかったから気づかなかったが、多分俺たちの体臭はあまり良いものとは言えないだろう。

 年頃の女の子的にそこらへんは気にするべきところだというのに、俺がまず気付いたし、実はこのパーティーの中で俺が一番女子力が高いのかもしれない。そんなわけないか。

 アイリは自分の加護ギフト【感覚操作】で嗅覚を上げると、同時に鼻をつまむ。

 ミリアとクレハは彼女の表情を見ると青ざめた様子で頭を抱えた。

 俺たちは、満場一致で『ニッコウ』へ向かう前に銭湯を探す旅へと向かうのであった。


 銭湯で何が起きたとか、サービスシーンがあったとかは想像にお任せしておこう。

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