第34話 最高の宝物


「30万円。この値は一体何かわかるかしら?」

「んー。この街の人たちの平均月収とかか?」

「違うわ。それはもっと安いと思う」

「……この世界の事情に疎いんだ。すまんな」

「答え合わせをするわ。さっきの値は、タケルが壊した緑色の魔法石の値段よ」

「はあああああああ!!!!????」


 『ミト』ギルド本部にある換金所から戻ってきたミリアの一言に俺は驚愕する。

 上ずった声が待合室に響くと、待合室で待っていた他の冒険者の視線が一気にこちらに集まってしまった。

 俺は「すみません」と小さく手を前で切ると、ミリアに顔を寄せる。


「壊したって、あのバフォメットの体を再生させていた【再生】の魔法石だよな?」

「か、顔が近いわ! 離れなさい! ……そうよ。あの馬鹿でかいやつ。結構な値段だったでしょ?」

「そうだな……30万あったら旅に出るのに十分な額と言えるんじゃ無いか? こっちの世界は物価が結構な安めだと感じたから、元の世界換算で60万ぐらいで考えても……」

「何を1人で盛り上がってるのよ。はいこれ」


 そう言ってミリアは俺の言葉を遮ると、今回換金した魔法石2種(紫のが4つに緑のが1つの合計5つではあるが)の買取価格が書かれた紙を渡してくる。

 __________________________________________

 魔法石【身体強化】×4 10000×4

 魔法石【再生】×30 1000×30

 計 70000

 __________________________________________


 真っ先に目に付くのは魔法石【再生】×30の欄。

 確かに最後に魔法石を壊してしまったから、この表記になっておかしく無いな。というか30個になったのね。すごいすごい……すごくない!!!!

 さっきミリアは【再生】の魔法石は30万円したって言ってたはずだ。

 なのに見ると合計3万円で緑の魔法石が取引されている。単純に考えても十分の一の値段だ。

 疑問をミリアにぶつける。


「なあ、ミリア。これ計算おかしく無いか? さっきミリアは緑の魔法石は30万円したって言ってただろ」

「いえ、おかしく無いわ。本当なら30万したんだけどあんただ壊したせいで価値が下がったのよ!!」

「はああああああ!!!!????」


 叫ぶ俺には再び他の冒険者の視線が集まる。

 俺はまた小さく手を切るとミリアに顔を寄せ、それを押し戻された。


「それはマジな話なのか?」

「本当よ」

「でも同じサイズの【身体強化】は1万円買取なんだぞ」

「タケル、あんたバカでしょ? 需要って言葉を知っているかしら? 【身体強化】なんて役に立たない魔法石と【再生】っていう神みたいな需要の塊を一緒に考えるんじゃないわ」


 ミリアはそう言うと俺を正座させ説明を続ける。

 説明によるとこうだ。


 【身体強化】はその名の通り空気中のあらゆる魔力を身体を強化する魔力に変換する魔法石なんだが、その需要はゴミクズだとのこと。土木作業で使えるのでは無いかと質問したが、そんなの【土】の魔法持つ人間にさせるんだからいらないでしょとバカにされた。冒険者には需要があるらしいんだけど、そもそも冒険者という職業についている人自体数が少なく、またパーティ内の攻撃職の人が気休めに買う程度らしい。


 【再生】は本当に需要がある。【再生】と言っているが、実のところ俺が壊してしまった【治癒】と同じもので、冒険者にとって必需品であるのはもちろんのこと、一般家庭でも軽い怪我を治すために一家に1つは持っておきたい代物だそうだ。バン◯エイドみたいなもんか(諸事情により伏字)。需要の塊とミリアが言うだけあって本当に需要があった。だからあんなに小さく割れた魔法石であっても1000円の値段がついているらしい。そして【再生】の魔法石であんなに大きいものは滅多に無く、トウキョウの博物館に持っていけばもっと値段がつく可能性もあるとミリアは嘆いていた。


 大金を逃したと言っても、7万円の収入だ。

 犯した危険に見合った報酬かは別として、それなりの金額だと思う。

 これから旅に出ると言うのだから、お金はあって損することはないだろう。


 俺にだってお金を稼ぐことができたんだ!


 俺はこの世界ではほとんどありえない魔法が使えない人間で、クレハの付き添いで旅に出るときまった時には完全に足手まといで情けない男、みたいなことになるのだと思っていたのでこれはなかなかの進歩だと思う。


 ……と自分を褒めては見たが、盛大にミスを侵してしまったことには変わらないよね。


「とにかく、タケル。あんた反省しなさい。どれだけ得られるお金が下がったと思ってるの!」

「う……返す言葉もございません……」

「ま、まあタケルくんも反省してるし、そこまでにしよう? それよりみんな生きて帰ってこられて良かったと私は思うなー。タケルくんの腕がなかった時とか内心ヒヤヒヤしてたもん」


 クレハが俺とミリアの間に割り込み、苦笑いでそう言う。

 彼女の一言に俺は違和感を感じる。

 止めてくれるのはありがたいんだけど、ここで新たな事実が発覚した。


「腕がなかったって……クレハもしかしてバフォメットとの戦い見てたのか?」

「あっ……」

「見てて、参戦しなかったのか!?」

「いやあ……」


 あからさまに困った表情を見せるクレハ。

 こいつ間違いなく、見ていたなッ!

 見てて何もしていなかったな!? 傍観者は加害者の仲間じゃあないか。

 長い黒髪を指で遊ばせながらクレハは続ける。


「だ、だって私が行っても意味ないかなって思ったの! 女の子は後方支援だよ!」

「いや、支援も何も見ていただけだろ!?」

「適材適所ってやつなの! 私は戦い以外で活躍するから戦いはみんなに任せるよ!」

「と言うと?」

「……お金が稼げます」


 クレハは立ち上がり、待合室で待機していた鎧を着込んだ中年の冒険者に話しかける。

 一体何をするつもりだと疑問と同時に、クレハの口調が色っぽく焦りを覚える。


「あの〜? ちょっといいですか〜?」

「ん?なんの用だい、お嬢ちゃん」

「1回1万でどうですか〜?」

「一体何を……」

「もう、言わせないでくださいよ〜分かるでしょ? サービスしちゃいますから」

「う、うむ……」

「ほら、早くその鎧脱いでくださいよ〜じゃないと出来ないですよ?」

「ちょっと待て待て待て!」


 俺は思わず、中年冒険者とクレハの間に入り込む。

 お金を稼ぐってあれなのか!? やましいやつなのか!? もっとも需要がある時期にその資本を使わないのはもったいないとか言う非行少女の話を学校の集会でされたことあったけどそんな話なのか!?

 鼻の下を伸ばす冒険者はすでにその鎧を脱ぎ出し、その手を止めない。

 止めようとするが、クレハが俺の邪魔をした。


「タケルくん、大事なお客様に失礼なことしないで」

「いやいやいや! 止めるよ!? こんな稼ぎ方は良くない!自分の体をもっと大切にしろって!」

「体を大切に……? 多分勘違いしてるよタケルくん。でも心配してくれて嬉しい……」

「こら、唇を近付けるな」


 いつものようにクレハをいなすと、彼女は冒険者が脱いだ鎧に手をかける。

 なんのことか分からなくなった俺と冒険者は共に並び首を傾げる。


 そしてクレハは小さく「錬成」と言うと、鎧は光を放ちその形状を変えていく。

 ぼんやりとした輪郭が落ち着くと、クレハの手の上には先ほどの鎧と同じものが乗っていた。

 なんか大掛かりなことをしたっぽいけど、何も変わってないじゃないか。


「冒険者さん、すいません。俺の知り合いが……」

「こいつはすごい!」


 冒険者は鎧を手に取ると、感嘆の声を上げる。

 その声を聞いて他の待機していた冒険者も何人か集まってくる。そしてその冒険者たちも鎧を見ると皆一様に驚きを隠せないでいた。

 なんのことだと思いクレハに聞く。


「この人の装備を鍛え直して強化したんだよ。この待合室に来た時から気になってたんだ。『そんな装備で大丈夫か?』って」

「そ、そうか」


 なんだか聞き覚えのあるセリフだけど、気のせいだと思う。

 どうやら、中年冒険者の装備は本当に悪いものだったらしく、それを装備するならしないほうがマシとまでクレハは言っていた。呪いの装備かよ。


 話を聞くと、鍛え直した後の性能はクレハの家で売られている標準的な装備より幾分か悪い程度に仕上げたのだそうだ。

 絶対この後自分のところで新しい装備を買ってもらおうとしてるだろ。


 クレハは【鍛治】の加護ギフトを持っていると言っていたから、確かに武器や防具を作ったりはできるんだろうけど、それってあんなにさっくりといくものなんだなと俺は思う。

 家の工房では普通に鉄を打ってたからてっきり鉄を打つ補助をしてくれる加護だとばかり思っていたからね。

 先ほどまで俺でもお金が稼げるんだ! とか調子付いていたわけだけど、クレハがものの10秒ほどで1万円稼いでるのを見て俺は再び自信をなくすのだった。


 群がる冒険者や鎧を着た雇われ傭兵のような人たちは次々とクレハの前に押し寄せ「次は俺のを頼む!」「いや俺だ」「俺は倍払う」などと言って、人数が人数なのでかなり迫力があった。

 突然のことなので、困ったクレハは「タケル君怖いよ……ぐへへ」とさりげなく抱きついて来るが、ヒョイとゾンビのように群がる人だかりにクレハを投げ込み俺は逃げた。



 クレハを放っておいて、ミリアたちの元に戻ると俺は未だに落ち込みっぱなしのアイリの手を取る。

 アイリは手を握られて驚いたのか、一瞬身を強張らせ、それを解く。

 彼女は自分が死んだほうがいい存在だと本気で思って、それで危険なダンジョンに入ってしまった。

 しかし彼女の思いは誤解だったのだと、早く教えてあげないといけないのだ。


「アイリ、聞いて。さっきも言ったけど、アイリの持つあの危険な加護、本当はそこまで危険なものじゃなかったみたいなんだ。ミリア、もっと詳しく説明してくれ」

「言われなくてもするつもりよ」


 細く光る黄金の髪をバサっと払うとミリアは、アイリの持つ【魔王因子】についての話をする。

 ミリアの説明は端的で論理的。

 非常に分かりやすい説明だとは思ったのだが、アイリにはまだ早かったみたいで、首を傾げていた。

 しかし、最後の一言「とにかく、アイリちゃんがいい子にしているうちは問題無いわ」とミリアが言うとそこで彼女は納得し、人目も考えず泣き出しミリアの胸に飛び込んだ。

 ミリアはまるで我が子に送るかのような優しい眼差しで泣きじゃくるアイリの頭を撫でる。

 なんだ、ちゃんとママらしいところあるじゃないか。


 しばらく泣いた後に見せた幼女の弾けるような笑顔は化物の討伐で得られた最高の宝だと俺は感じるのだった。

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