第30話 バフォメット戦③

 バフォメットが怯んだところで、俺は一度距離を取り、ミリアと共に並び立つ。

 見るとミリアは細身の……いわゆるレイピアと呼ばれる形状の剣を携えている。


 疾風迅雷の細剣ブリューナグ

 クレハの祖父の作ったとされる宝具の1つだ。

 どんな性能の装備品なのかは分からないが、一応宝具であるわけで、この非力そうな細身の剣も一国の力関係を揺るがすほどの逸品であることは間違いない。


「ミリア、さっきの、不可避の輝剣クラウ・ソラスじゃ無くていいのか?」

「問題ないわ。これからする作戦はこっちじゃないと出来ないもの」


 そう言ってミリアは剣を構え、ヒラリと髪を払う。


「タケル、作戦はこうよ。まず私があのバフォメットの動きを止めるわ。そしたらあんたが形成す炎クサナギで背中に生えてる魔法石内の魔力を吸い切るの。そうすれば私の最大の一撃クラウ・ソラスが入ってそれでお終いよ」

「よく分からないけど、了解!」

「動きを止めるのに少し準備が必要だわ。悪いけどまた囮役をお願いするわ」

「また囮かよ……」


 俺はまた同じ役回りに落胆する。

 確かに俺の加護【世界の加護ギフト】はそういう役回りに向いているとは言え、あんまりだ。

 俺だってミリアみたいにドカンとカッコいい活躍を見せたいものだが、高望みしても仕方ない。

 適材適所、上手くやらなければこっちがやられてしまう。

 すでに俺は一回やられている。


 立ち上がるバフォメット。

 俺は再び青き異形に突っ込むと、後ろから、何やら風を切る音が聞こえた。

 不意に音の元に振向こうとした時、見えない何かの気配を感じ俺は身を屈める。

 気配がバフォメットの背後にまで行ったと思ったら、そこの空間が裂ける。

 俺はこの裂け目を見たことがある。

 ミリアが宝具を取り出す時に発生させるものだ。

 ということはさっきの風の気配はミリアが放ったものというわけで……


「ちょっとミリア!! 危ないんだけど!!」

「危なくないわ! たぶん! ……それにあんたならかわせるはずよ! たぶん!」

「何でそんな曖昧な言い方すんだよ!! それに見えないからかわせるか分かんないんだけどおお!!?」


 あまりに無茶苦茶だがそれでも俺はバフォメットの攻撃を引き付けながらも後ろから放たれる不可視の攻撃をかわす。

 途中何回かミリアの放つ空気がかすったが、皮膚にピリピリとした痛みが走る。

 いや、これもしかして当たったら本当にまずいやつじゃないのか?


 見えないだけでも脅威だというのに、その上威力まで桁違いであんな細身の剣でもしっかりと宝具なのだという実感が湧いてくる。

 思えば、俺の持つ形成す炎クサナギも宝具なのに指輪なんて形していてあからさまに弱そうだ。

 宝具の強さに見た目は関係ないのかもしれない。


 弱っているため動きが鈍っているバフォメットは大振りに攻撃を仕掛けてくるが、そんなものには当たるわけもなかった。

 振り下ろした斧の腹の部分を蹴りつけると、斧はバキッと音を立て折れる。

 斧が折れたことで動きが止まった化け物の足をすくい、体勢を崩させるとミリアから声がかかる。


「タケル!! 準備ができたわ! 離れなさい!」


 一声かけたと同時にミリアは詠唱を始める。

 大掛かりな魔法を使うのか、ミリアの髪先はユラユラと揺れ持ち上がる。


「我授かりし四秘宝よ、結び絡みて終わらぬ地獄へ誘いたまえ! 召喚サモン無限の炎鎖ダグザ!」


 詠唱を終えると、ミリアが今まで作ってきた空間の裂け目から緋色で、透けた色をした鎖合計8本、一斉に飛び出す。

 全方位から放たれた鎖をバフォメットはかわすことが出来るはずもなく、鎖が絡み動きが止まる。

 そしてただ動きを止めただけだと思われたその鎖は炎を纏い、バフォメットの全身を炎が包んだ。


「グガガガガガガガアアアアアアア!!!!!!」

「動きが止まったわ!今よタケル!」

「任されたっ!!」


 炎に包まれ苦しみもがくバフォメットに俺は再び指輪の宝具を背中から生える魔法石に押し当てる。

世界の加護ギフト】は炎すら通すことなく、俺の体を守り切ってくれたため、問題なく宝具を行使することができた。

 俺は魔力を感知することができない。

 しかし、手にした珠玉の魔法石は絶えず発光し、魔力を吸っているのだという実感があった。

 しばらく経つと魔法石の発光が止まり、それはバフォメットが背中に生やす魔法石の魔力が尽きたことを意味していた。

 バフォメットの背を蹴り、俺は距離を取りミリアの元に急ぐ。

 そしてそれと同時にミリアが剣を持ち替えた。


不可避の輝剣クラウ・ソラス!!」


 号令と共に俺の目の前で光の粒が煌めいた。

 宝具による必殺の一撃。

 熱のない爆風が俺の髪をかきあげる。

 宝具を使った代償かミリアは力なく膝を折り、俺は彼女の肩をだく。


「大丈夫かミリア?」

「ええ、平気よ。ちょっとした魔力切れ。歩けないほどじゃないわ」


 ミリアは強がって笑う。

 まあ、これだけ笑えていれば確かに体に問題はないのだろう……と思った矢先だ。

 ミリアの表情が突然強張り、視線が一点に定まる。

 何かと思い視線を追うと、先ほど倒されたバフォメットがいた場所に形が歪な、魔法石が横たわっていた。

 綺麗な結晶の形をしているわけでなく、無理やり、複数の魔法石が組み合わさったかのような不思議な形。

 色は薄い緑色をしているが、どころどころ黒ずんでいたりで、濃淡がある感じだ。


 確かミリアが俺に回復魔法をかけてくれたときの魔法石もあんな色していたな。

 そう言えばミノタウロスを倒したとき、紫色の魔法石をドロップしていて、バフォメットも背中に紫色の魔法石を生やしていた。

 バフォメットを倒したんだから、また紫色のそれがドロップするはずなのに緑色の魔法石がドロップしたというのは、もしかしたらレアドロップなるものなのかもしれない。

 レアドロップってなんだ。ゲームと現実を一緒に考えるんじゃありません。

 1人ノリツッコミをしていると、ミリアは額に汗を流し、早口で言う。


「タケル、早くあの魔法石に宝具を……」

「えっ?」


 俺の理解が追いつく前に、横たわる緑色の魔法石が光を放つ。

 目を開けて開けられないほどの光が収束した頃、俺たちの前には再びあの青き異形が立ちはだかっていた。

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