第28話 バフォメット戦①

 ミリアの発した聞きなれない単語に俺は戸惑う。


「バフォメット……? あれはミノタウロスじゃないのか?」

「いいえ、ミノタウロスで半分合ってるわ。分けて扱う学者もいるけど、生物学上はその呼び名で合っている」

「じゃあバフォメットって」

「ミノタウロスの変異種と言えば分かるかしら。簡単に言えばバフォメットはちょっと個性的なミノタウロスよ。一定条件を満たすと稀に現れる突然変異のその個体は特別に名前を与えられるわけじゃないけど、分かりにくいから俗説的に名前を設けられているわ」

「それがバフォメットってことか。なるほど」


 オッドアイの猫とか白いカラスとか、そう言った普通と少し変わった生物には特別に名前があるわけじゃない。

 だけどその生物に特別な名前をつけようということで、特別な名前を仮に付けて、世間はそう呼んでいると言うことだろう。


「それでその条件ってなんだ、ミリア」

「それはミノタウロスの死滅よ。それもかなりの数のね。生物は死をもって進化を遂げるものだわ。普通、成長は何十何百年かけてゆっくり進むものだけど、特殊な形で進化を遂げる場合がある」

「ミノタウロスの死滅って……もしかして」

「もしか、どころか間違いないわよ」


 俺とミリアは額に汗をかき見合わせる。


「あの化け物は私たちが呼び出したも同然」

「だよな。俺たちでけじめをつけないといけない」


 俺は力拳を強く作り、目の前の化け物に一歩踏み出す。

 アイリには下がるように言ったあと、俺とミリアは足並みを揃えゆっくりとバフォメットに近づいて行く。

 背中に魔法石を生やしたバフォメットは鼻息荒くこちらを見る。


「タケル、あいつの特徴を教えなさい。情報が足りないわ」

「分からない。俺はあいつの斧の一発を貰って腕が吹っ飛んだ。それだけだ」

「その情報があれば十分よ。それぐらいに強烈な一撃を持っているってことでしょ?」


 絶望的な状況のように思われる今なのにミリアは笑みを浮かべている。

 気が狂ったわけじゃない。

 ミリアはバカだが、絶望的状況で全てを投げ出してしまうような人間じゃないのは分かっている。


「特殊な魔法を持っていなくて助かったわ。ただ攻撃力が高いだけならね…………当たらなければどおってことないのよ!!」

『ぐがががががああああああああ!!!!!!!!』

「行くわよ! タケルッ!!」


 青い化け物の咆哮を合図に、命をかけた戦闘が始まった。

 ミリアは右から俺は左からバフォメットに接近する。


「【時間タイム】」


 小さく彼女はそう告げると、一気に彼女の速度が上がり、金色の髪がたなびく。

 刹那のうちにバフォメットの背後に回ると、黄金の宝具で切りつけた。

 斬りつけたのだが、彼女の剣はバケモノの身体に弾かれる。


「嘘でしょ!? 硬い……っ!」

「ミリア、危ない!!」


 振り向きざまに繰り出されるバフォメットの蹴りをかわすため、俺はミリアにぶつかり無理やり攻撃範囲から外す。

 俺たちは団子のように一つになり転がるが、なんとかかわすことができた。


 しかし別のところで問題が発生する。

 ミリアをかばうために飛び込んだ俺の腕は無意識のうちに少女の胸元を捉えていて、軽装な装備がめくれヘソのあたりが露出していた。


「ちょっとタケル! 戦闘中に発情するんじゃないわよ!!」

「ご、ごめん! わざとじゃないんだ!」


 謝罪する俺に構わずミリアの拳が俺の顔面に繰り出され、俺は再び地面を転がる。

 痛くはないが普通に吹っ飛んでる。


「まあいいわ! 超絶美少女のミリア様の崇高な体に触れたくなる気持ちは分からなくはないもの! 魔法石の代金と合わせて後できっちり返済を求めるからそこは覚悟しなさい!」

「いや、お前の胸は触るに値しな……」

「何か言ったかしら!!? 『死にたい』って聞こえたんだけど?」

「難聴すぎじゃないですかね、ミリアさん……」


 いや地獄耳だ。

 全くハプニングなんだから許してくれよと言いたい。

 それにこっちはミリアを助けてるんだ。

 逆にお礼に胸を触らせてあげるぐらいの流れでおかしくないはずなのに。

 まあ、正直さっきのハプニングでも『胸元に触れた』が正直な感想で、『胸を触った』感じじゃない。

 腕に触ったとかそのレベルと大差なかったから、お礼に触らせてくれると言ってもあまり喜べないだろう。

 その程度のものだ。

 後で殺されそうだからここまでにしよう。


 一旦引いた俺たちは次の一手を打つために考える。


「それよりどうすんだよ。ミリアの攻撃が通らないってなるとどうしようもないぞ」

「そうね、少し考えるわ。時間を頂戴」

「時間ってバフォメットはもうこっちに向かってきてるんだけど!?」

「だからあんたが稼ぐのよ! 行ってきなさい!」

「んな無茶な!!!」


 ミリアに背を押されけまずきながら俺はバケモノに対峙する。

 あの貧乳美少女め、俺を囮にしやがった!


 でも、ミリアの言うことは分かる。

 たぶん……この状況から勝ち筋を見つけられるのはミリアだけだ。

 繰り出されるバフォメットの角を右手で弾くと、俺は背後の少女の顔を見ずに叫ぶ。


「どれくらい時間を稼げばいい!!!?」

「最低でも3分はお願いするわ!!」

「了解っ!!!!」


 即席麺かよ!でも、3分で勝機が得られるなら……安いものだ!


 俺はミリアから距離を取るようにバフォメットを崩れたダンジョンの方向に誘導した。

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