第22話 げんしょのまほうつかい

 ミリアの口から告げられた突飛な情報に俺は首を傾げる。


「世界が滅んだ? どういう事だ?」

「滅んだじゃないわ、滅びかけたよ。具体的に……」


 ミリアは3本の指をこちらに突き出す。


「三分の一。この世界は一度世界人口が三分の一にまで減少した」

「はぁ!? そんなことってあるのかよ」

「あるのよ。そんな馬鹿げたことがね」


 ミリアの言ってることが本当なら、確かに滅びかけたと言って遜色ないレベルの大被害だ。

 俺が元いた世界では、戦争や紛争などの危なっかしい事柄はたくさんあったが、それでも被害は1割に乗らない。

 三分の一にまで減ったというのはつまり被害が7割近くということであって、はっきり言って何をしたらそこまでの人間が死に至るのか分からない。

 ミリアが軽く咳払いをすると神妙な面持ちで話を続けた。


「この大災害について、この世界に伝わる言い伝え、噛み砕けば昔話にこのようなものがあるわ。心して聞きなさい!」


 昔話か。確かに昔起きた、絶対に忘れてはいけない事柄を物語にして、後世の残すという手法は元の世界にもあった。この世界でもその効果的な方法がとられているということか。

 大きく息を吸って、ミリアは急に気の抜けた顔、気の抜けた声で話し出す。


「むかーしむかし、あるところにー」

「ん?」

「おじーさんとおばーさんがいました」

「……芝刈りに行くなよ」

「おじーさんはやまへしばかりに、おばーさんはかわへせんたくにいきました」

「桃太郎じゃねえか!!!!」


 力の限りそう叫んだ。

 ミリアは「なによ?」と不機嫌そうに首を傾げるが、不満なのはこっちだ。


 今、明らかにシリアスパートだったよね!?

 アイリが何処かに行っちゃってその理由を話すっていう結構大切な場面だと思ったんだけど!?

 クレハもクレハでどうしてそんなに真剣な眼差しなの!?

 俺だけズレてるっていうのか!?


 ひとしきり俺の頭の中で意見が飛び交い、それでも聞かないことには始まらないと言う結論に達する。ミリアたちは真面目な顔をしているわけで俺一人が騒いでいても仕方ない。


「続けるわよ…………おばーさんはかわへせんたくにいきました。そしてふたりはかえらぬひととなったのです」

「急展開だな、おい!」

「つぎのひ、むかーしむかし、またべつのところにおじーさんとおばーさんがいました」

「違う話始まってないか?」

「おじーさんはたけをきってかごやざるをつくってくらしていました。あるひのこと、いつものようにちくりんにいくとひかっているたけがいっぽんありました」

「竹切るなよ」

「『おや、あのたけはどうしたんだろう。ぴかぴかひかっているぞ』そういっておじいさんはたけをきります」

「いやだから、それかぐや姫!!」

「おじいさんはかえらぬひととなりました」

「やっぱり急展開だな!? クレハはなんで泣いてるんだ!?」

「いきなり死んじゃって可愛そうだなって……タケルくん!!!!!」

「お爺ちゃんと俺を重ねるな!!」


 どこから取り出したのかクレハはハンカチで目元を拭う。お話の邪魔をされて、ミリアは終始口を尖らせていた。

 それにしてもツッコミが追いつかない。こっちの世界の人たちはこれを昔話として語り継いでいるようだけど、早くこの話は改変したほうがいい。


 少し強引だが、昔話特有の色々尾びれをつけて行ったらこうなりました、と言う結果なのかもしれない。

 いくつも物語があって……今回の場合だと『桃太郎』と『かぐや姫』だけど、それがどこかで混ざって言い伝えられてしまった結果、こんな滅茶苦茶な話ができたと言うことも考えられる。

 そう思えばこの話も突っ込みどころ満載の話ではなく、真剣な話として聞くことができる。俺はその説を信じることにした。信じないとやっていけない。


 ミリアは再び嫌そうな顔をする。口を開くのも億劫な様子だ。


「すまん。続けてくれ」

「そのあとも、おじぞうさまにかさをかぶせたおじいさん、つるをたすけたおじいさん、ほかにもたくさんのおじいさまがかえらぬひととなりました」


 話はもっと複雑になっていたらしい。と言うかおじいさん被害に遭いすぎじゃないか?


「かえってこないおじいさんをしんぱいしたおばあさんは、おじいさんをさがしにいくとそこにはなんと」

「竜宮城でもあったか?」

「まおうがいたのです」

「魔王?」


 RPGのボスのような一般名詞がミリアの口から発せられ俺は思わずそれを復唱する。今まではおかしな世界観の昔話だと思っていたが、だんだんと話が読めてきた。

 おそらくここからが本番だ。


「まおうはひとびとをみなごろしにしました。ひとびとはまおうにていこうすることがかなわなかったのです。まおうのちからでひとびとは、きをくるわされ、からだはぼろぼろに、いのちをすわれ、しはいされました。そしてせかいはくろいきりにつつまれてしまいました」


 ミリアの妙に緊張感の無い声は置いておいて、やはり重要なワードが出てきた。支配、と言うアイリの持っていた加護ギフトと同じ単語だ。

 ここまで聞けばなんとなくは察することが出来る。


「しかしそのとき、ひかりのまほうつかいがあらわれ、まおうをたおし、かがやくたいようをふたたびとりもどしたのです……これで終わりよ。事実に基付く昔話『げんしょのまほうつかい』と呼ばれるやつね」

「話は大体分かったよ。つまりアイリはこの世界を滅ぼした魔王の加護をその身に宿してるってことだろ?」

「あら、タケルにしては理解できてるじゃない」

「俺はやればできる子なんだ」

「じゃあ私とヤろ?」

「やらん」

「タケルくんのいけず……」


 クレハは頬を膨らましその場にしゃがみ込んでしまった。何でもかんでも下ネタに持っていくのはクレハの悪い癖だ。もうちょっと慎みを持って欲しい。

 俺たちを置いておいてミリアは俺の話に補足を入れる。


「因みに、タケルの言っていた魔王の加護なんだけど、名前が付いているわ。【魔王因子まおういんし】と呼ばれているのよ」

「【魔王因子】ってカッコいいな、それ。それ持ってると魔王にでもなれるのか?」

「その通りよ。この世を災厄に陥れる魔王になりうる素質、それが【魔王因子】だから。全部で5種類【ダーク】【破壊ブレイク】【吸収ドレイン】【狂化バーサーク】そしてあの子が持っている【支配ドミネイト】」


 アイリはつらつらとさも当たり前のことのように話しているが、クレハを見た感じ、この知識はこの世界の共通認識というわけではなさそうだ。

 魔王因子? とクレハは首を傾げていた。


 ミリアはいろんな知識を持っている。それこそ一般人では知らないようなコアな知識まで。

 もしかしてだが、こんなミトとかいう田舎ギルドには【虚偽フェイク】なる加護や、それを打ち消す魔法があることを知っている人間はいないんじゃないか?そう考えればゴウケンがアイリに魔法をかけ、【魔王因子】を隠した上で、その魔法が解かれないような土地まで来て捨てると言うのは、一つ、彼なりにアイリを守るための策であったという説は濃厚だ。


 とにかく、アイリは魔王の候補者で非常に危険だと言うのが結論だろう。でも少しおかしい。結論を出すのは早すぎる、と俺は思った。


「確かにアイリが魔王になりそうで危ないってのは分かった。でも、今までアイリは全く人を傷付けたりしてこなかったんだぞ。問題ないんじゃないのか?」

「でも、タケルくん。【魔王因子】って言うんだっけ……? 私は今まで【闇魔法】って呼んでたんだけど、それを持ってる人間は危ないって言われてるの。魔王にならなくても、一緒にいていいことなんて一つもない」

「クレハお前言い過ぎだぞ!」

「まあ、抑えてタケル。クレハはこの【魔王因子】についてよく知らないのよ。そもそもこんなのに詳しい人間なんて、この街じゃ私こと超絶美少女ミリアちゃんぐらいだと思うわ!」


 アイリを悪者の様に言うクレハに腹が立ったがそれをミリアが抑える。超絶美少女かはさておきミリアはこの手の話に詳しいと自負していた。

 無い胸を張って自慢気に言うぐらいだ、大丈夫だろう。


「まず大切なことを教えてあげるわ。この【魔王因子】だけどね……」

「ごくり」

「実際あんまり危険じゃ無いわ」

「「……えっ?」」


 見事に俺とクレハの心配を裏切る様に金髪美少女は悪魔的に微笑んだ。

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