第23話 美少女たちにオギャる

「危険じゃない? 何言ってるのミリア。魔王の子供を見たらすぐに殺すなり逃げるなりしろって学校では習ったよ」

「殺す!? そんなに酷い扱いなのかその【魔王因子】ってのは!?」


 クレハがさも当たり前のように告げる事実に俺は驚きを隠せない。

 この世界の常識を俺は知らない。だけど、人間に対して見たら殺せというような倫理観のかけらもない教えが広がっているのはおかしいと思う。もしかして…………魔王因子を持っている人間は人じゃないとまで言われている可能性はないか?

 そのことについてミリアに尋ねると、彼女はクスッと笑い、すぐに答える。


「ないない! 流石にそこは人間よ! 【魔王因子】を持ってようが持っていまいが、お母さんがいてお父さんがいるんだから人間に決まってるじゃない」

「じゃあなんでこんな酷い、道徳心のかけらもない教えが広まってるっていうんだよ!」

「それについては、一理あるのよ」

「ミリア、お前までこんな馬鹿げたこと信じてるのか!?」


 俺が怒鳴ったわずか、ほんのわずかな一瞬のうちにミリアは疾風迅雷の細剣ブリューナグを取り出し俺の首元に当たらないギリギリのところで止める。

時間タイム】の魔法を使ったのか、彼女の速度は異様な速さで、俺でも対応することができない。

 冷やかな、今すぐにでも俺の首を跳ねようかと思うほどの殺気をミリアは俺に向ける。


「私はタケルを殺さない。この剣があなたに触れることはない。だけどいつか時が来たらこの剣はあなたの首を跳ねるでしょう」

「なっ…………!」

「分かったかしら? こっちが危害を加えないって言ってもね、その力があれば人間誰しも怯えるものよ。【魔王因子】はあまりに強力な力を持っているわ。一瞬で人の命を奪うような力がゴロゴロあるの」


 そう言ってミリアは殺意と剣を収める。

 息がつまるほどの緊張感から解放され俺は一度深呼吸をする。

 クレハを見ると何故かナイフを持っていて、今にもミリアを刺そうかというところだった。俺が危なくなって守ろうとしてくれてたのは嬉しいけど、俺はそんなにやわじゃないことを忘れたのか。

 ミリアのさっきの剣じゃ俺の首は跳ねられない……跳ねられない、よね?ちょっと不安になってきた。


「だから実際、魔王因子……つまり闇魔法は他の加護ギフトに比べて敬遠されるというのはわかるのよ。ただ、過剰に反応しすぎ。クレハはかなり勘違いしてるみたいだから良く聞きなさい」

「う、うん。分かった」


 クレハはこくりと頷き、大人しくなる。一緒に座ろうと、壊れた噴水に腰掛ける。

 こら、手をギュッと握るな。左腕に胸を押し当てるな。

 腕は……ゴウケンの一撃で折れたはずだが、ミリアが治してくれたため痛くはなかった。映画館に来たカップルみたいでむず痒いが、それでクレハが落ち着くならそれで良いか。

 俺たちはミリアの話に集中した。


「【魔王因子】を持つ人間は魔王と呼ばれるこの世に災厄をもたらす存在になる可能性がある。だけど、それにはかなり厳しい条件があるわ。これが私が言っていた魔王因子はそこまで危なくない、という理由ね」

「それでその条件ってなんだよ?」


 ミリアは指を2本立てて話を続ける。


「1つ、所持者が【王】クラスであること。2つ、所持者が精神的に悪しきものであること。この2つを満たさないとまず魔王にはならない」

「【王】ってなんだ? クレハは知ってる?」

「ううん、私はしらないなぁ」

「俺の質問なんだったか分かるか?」

「今日の晩御飯についてでしょぉ?」

「よし分かった。手は繋がない」

「ちょっと待って! しっかり聞くからぁ!!」


 慌てた様子でクレハは俺にすがりつく。

 俺の胸にクレハの豊満な胸が押し当てられ、胸の形がむにゅっと潰れる。感覚的にも視覚的にも、頭がおかしくなりそうだ。

 クレハさん話はしっかり聞いてくれよな!?


「もう、しっかりしてよねクレハ。【王】についてだけどね、簡単に言えば、魔力が高くてなおかつ自分の加護について精通している人のことをそう呼ぶのよ」

「なるほどな。と言うことはミリアは【王】なのか? 確か魔力のパラメータSSSだったよね」


 俺の素朴な疑問にミリアは首を横に振り苦笑いだ。手の平を上に向けるそのポーズはさながらアメリカンなやれやれポーズ。


「残念ながら私はまだ【王】じゃないわ。いずれなるだろうけどね。魔力は天才的に高いから私!」


 そう言ってミリアは胸を張る。

 性格はどうあれミリアは天才だとは思う。余りに強大で、才能を持ち余している感が強い。魔力のパラメータ胸の成長に振れたら良いのにと思うが、余りに失礼なので言うのはやめておこう。


「精神的に悪しきもの、については分かるわよね。世界征服とか世界滅亡とかそんなの願っちゃうおばかちゃんってこと。アイリちゃんはそんなこと目指してたりしないわよね、タケル?」

「そんなこと考えてるように思えなかったな。性格もいいし、しっかり者で保育園ではみんなのまとめ役を買って出てたぐらいだ。滅茶苦茶良い子だよ」


 その言葉を聞き、ミリアの表情がかげる。なんかまずいこと言ったか?ミリアは頭の中は俺なんかと比べ物にならないほどの知識量と、それを処理するだけの思考の回転速度がある。何気ないアイリの行動から危険分子を見つけ出したのだろうか。

 少し黙って考えた後、ミリアは歯に衣着せぬ物言いで言う。


「まとめ役というのは、支配の現れね。アイリちゃんは潜在的に皆を支配する器があるように思えるわ」

「それはあまりにこじつけじゃないか? まとめ役だって、先生がやってとお願いしたからしてることだぞ。本当に彼女がしたいことなのかも怪しい」

「…………そうね。考え過ぎかもしれなかったわ。それに、もしアイリちゃんが支配欲にあふれていたとしても対処方法はあるわ」


 ミリアはくるりとその場で一回転すると、ドヤ顔で自分の胸を親指で指す。


「私がアイリちゃんのママになるのよ! アイリちゃんをオギャらせて支配される側にすれば問題解決だわ!」


 彼女の一言に広場の空気が凍りつく。と言っても広場には俺とクレハしかいないから、主に二人の思考が固まった。


 この残念美少女は何を言ってるんだ?


 ママになるってなんだ。ママになるは分かるとして、オギャるってなんだ。ミリアは博識だからきっと大変ありがたいお言葉を言っているんだと思うけど、語感的に最悪なこと言ってそうな気もする。

 俺はワンテンポ遅れて言葉を返した。


「…………一人でやってればいいんじゃないか? それでアイリが救われるならもうそれでいいや」

「何言ってるのよ、タケル。あんたパパだから」

「そんなの許せるわけない!!」


 突然となりのクレハが声を荒げる。俺の腕を握る強さが増して、豊満なそれがあれで俺のこれがあれなのだ。感じ取ってくれ。


「何よ、クレハ。いいじゃない私がアイリちゃんのママになっても」

「ダメだよ。タケルくんがパパなら私がお母さんにならないわけがない。徹底抗戦するから」

「「ぐぬぬ…………」」


 二人は互いを睨み合い、一触即発の雰囲気だったが、その眼差しは俺の方に向けられる。

 俺に判断を委ねると言うのか?というかそのそもそも俺はパパになっていいだなんて一言も言ってない!!

 俺の意思と反して、ついでにアイリの意思も置き去りに、少女達による親権争いが勝手に始まろうとしていた。

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