第15話 幼女がパーティーに加わりました

 ミリアと共に旅に出ることが決まった俺とクレハ。

 いきなり旅に出るということは流石に無理だということで、出発は1週間後となった。いろいろ準備をしなければならないし、他にもしなければならないこともある。

 例えば、保育園の先生にアルバイトを辞めることを伝えなければならない。この街とそこまでの接点を持っていなかった俺は挨拶するべき人物が少なくて助かった。もう少しこの街にいて、仲の良い人が増えてきたら二つ返事とまではいかないにしても、ミリアと共に旅に出るのを躊躇っただろうな。


 そう言うわけで、今、数少ない知り合いのいる場所にきている。腰のあたりの高さの木でできた柵がかなり広めに、まるで牧場か何かのように広がっている。近くにはオレンジ色の屋根と白塗りの壁が特徴のそこまで大きくない建物が一つ。

 中からはいつものように子供達の嬉々とした騒ぎ声が聞こえくる。

 保育園だ。異世界に来て、こんな俺でもいいと働かせてくれた愛すべき場所。

 建物の扉の前に立つと深呼吸をする。いつも立て付けが悪く少し重く感じたドアがいつも以上に重たい。俺は今日、彼らに別れを告げに来たのだ。

 中に入ると、真っ先に園長先生と目があった。年相応に、顔はシワだらけだが、未だに力衰えぬって感じのお婆ちゃんだ。

 目をパチクリとさせて驚くが、すぐに柔和な表情で俺を出迎える。


「あらまあ、タケルくん。こんにちは。今日はお仕事じゃなかったはずだと思うんだけど?どうかしたのかい?」

「今日は少しお話がありまして……」

「あらそう。じゃあ少し外に出ましょうか?……アイリちゃん、みんなをよろしくね」

「わかりましたわ! このアイリにお任せですの!」


 アイリは元気よく答えると児童たちの輪に入って行く。彼女はこの保育園のリーダーみたいな役をしている。

 薄いクリーム色の髪の毛を長く伸ばし、肌は白く透き通るような輝きのまるで妖精のような女の子。ある日この保育園に連れてこられたみたいなんだけど……つまりは捨て子だ。

 お嬢様口調なので捨て子という感じがしないけど、一応捨て子と園長先生には説明された。なんで捨てられたのかと前に園長先生に聞いたことがあるが、色々事情があるのよ、とだけ言われてはぐらかされてしまった。

 園の外に出ると、話を続けるように促し、先生は目をつぶった。


「園長先生、すいません。俺、実は来週から街の外に出ることになって、それで保育園のお仕事なんですけど……」

「そうかい……いつかはこうなるって分かってたけど早かったねぇ。街の外にってことは旅にでも出るのかい?」

「はい。俺と鍛冶屋の……クレハさんってわかりますか?」

「知ってるよ。この街じゃちょいとした有名人さ」

「そのクレハともう一人、ちょっと訳ありの女の子と一緒に旅をすることになってます」

「あらあら、女の子二人に囲まれて、間違いをおかすんじゃないよ」

「しませんよ!?」


 ほほほ、と口を軽く押さえ園長先生が笑う。全く、からかい上手なお婆ちゃんだ。しかし、そんなお茶目な一面があるからこそ、俺や園児たちもこの園長先生に惚れこんでいる。人を惹きつける魅力があるんだよな。

 園長先生は幼稚園での仕事は今週末、つまりは3日後まででいいよと口にした後、何か悪いことを思いついた顔をして話を続けた。


「えー、全く突然やめられると、こっちも大変なのさ。これは何かペナルティーが必要だねぇ」

「ちょっ、さっきと言ってること違いませんか!?」

「まあまあ、落ち着きなさんな。タケルくん、年老いた私の小さなお願いを聞いてくれはしないかね?」


 そう言って園長先生手を合わし、首をかしげる。別に脅しているわけじゃないけど、こんな優しい笑顔を見せられたら断るに断れない。どんなお願いをされるんだ?

 しかし、園長先生にはお世話になったわけだし、余程無茶なお願い以外なら叶えてあげたい。

 俺はゆっくりと頷く。


「お願い、それはね……アイリちゃんをこの保育園から連れ出して欲しいってことさ」


 意外なお願いに俺はあっけにとられる。

 肉体労働しろだとか四つん這いになれとかそういうバツゲーム的なもの期待していたのだが、アイリを連れ出せ?

 まさか……誘拐ってことか!?いや、園長先生公認だと誘拐じゃないな。


「アイリをですか? それはなんで……」

「あの子はもう10歳になる。本当だったら学校に行っててもおかしくない年齢さ。でもね、あの子には親がいない。学校に通わず、うちの保育園を手伝ってくれて助かってはいるんだけど申し訳なくてねぇ」

「そういうことですか……でも大丈夫なんですか?それなら旅よりアイリの親になってくれる人を探した方が」

「バカ言うんじゃないよ。あの子の親は確かにいるんだ。親の顔も覚えてるっていってるねぇ。だからタケルくん、旅をしてアイリちゃんの親を見つけて欲しいのさね」


 なるほど。アイリの親はどこかにいる。その親を見つけるために旅をして欲しいってことか。思えばミリアと一緒に旅に出るわけだけど、俺にはあまり目的が無い。

 ミリアはトウキョウを目の敵にしていて、復讐というちゃんとした目的がある。

 でも、俺はミリアについていけばもしかしたら元の世界に戻る手がかりがつかめるかもしれないっていう淡い期待と、それを後押ししたクレハのお陰で旅に出ることになったと行っても過言じゃ無い。つまりは流され流され、なんとなく旅に出るといってもおかしく無い状況なんだ。

 アイリを連れ出し、親と再開させるというのは旅をする上で一つ俺の目的になりそうだった。


 俺は「わかりました」と一言告げ、お辞儀をすると、園長先生は安堵した表情で胸を撫で下ろす。

 少し待つように俺に言った後、園長先生は保育園の中からアイリを連れ出してくる。不安げな感情が見え隠れしながらも覚悟を秘めた彼女の表情を見るに、先ほどの話は前々からすでにアイリには伝わっているのだと思った。


「タケル先生。話は園長先生から聞いていますわ。実を言うと、四年前の学校に通える年齢になってからずっと」

「そんな前からこの話は上がってたんだ。アイリは良いの? こんなどこから来たのか分からない人と旅に出るなんて」

「そんなことないですわ! タケル先生は1週間だけでしたが、わたくしの先生ですのよ? 問題はありませんわ!」


 元気よく胸を張るアイリにどうしようもなく励まされ、胸が熱くなる。全く、元の世界で考えたら高3と小4だぞ。こんな小さな子に励まされるだなんてな。


「そう言うことならこれからもよろしくな、アイリ」

「もちろんですの! タケル先生の助けになれるよう私も頑張りますわ!」

「そう気張んなくても良いよ。俺がアイリの両親を探すのを手伝うんだから、アイリはいい子にしてればいいさ」

「そう言うわけにはいきませんわ! 力不足のわたくしのでもタケル先生のお手伝いが出来ますわ?」

「例えば?」

「部屋のスイッチを押してあげますの」

「それは確かに、俺じゃあ出来ないことだ! その時はよろしくな、アイリ!」


 頼り甲斐のあるちびっ子だこと。

 アイリは俺なんかよりよっぽどたくましい。胸を張り満点の笑顔を浮かべるアイリを見ると俺もなんだか嬉しい気持ちになってくる。

 この時、俺はアイリを守り、両親を見つけてあげようと決意した。

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