第11話 俺の肉でシチュー

 目の前には、白い湯気の立つシチューの入ったお皿が三つに、取り皿が三つ。テーブルの真ん中にはサラダが盛られていて、その隣にはフランスパンっぽいパンがいくつかのカットされた状態で置かれている。

 少し明るさが足りないオレンジ色の明かりの下で俺たちは両手を合わせた。


『いただきます』


 その掛け声を皮切りに俺はパンに手を伸ばす。上機嫌なクレハはニコニコとしながら俺を眺めていた。


「たくさん食べてね、タケルくん! おかわりもあるんだから!」

「おう。というかシチューって……まさか俺が死んでたら本当に俺の肉を入れるつもりだった!?」

「もちろんそのつもりだったけど? 私はタケルくんに嘘なんかつかないよ?」

「いや、そこは嘘だと言ってくれ……」


 俺はシチューにパンをつけ口いっぱいに頬張る。口の中に優しい甘さが広がり、幸せを感じる。


 クレハは中々、いやかなり料理が上手い。クレハはスプーンで人参をすくうと、顔にかかった黒髪を耳元までかき上げ、シチューを口に運んだ。


 彼女のその仕草に妙な色っぽさを感じてしまう。俺も思春期なんだ、仕方ない。また、テーブルの上にはクレハの二つの巨大な脂肪の塊がどっしりと乗っているのを見て、心が落ち着かなくなったから、クレハの隣に座るミリアの反り立つ壁を見て心落ち着かせてしまうのも、仕方ないんだ。


 先ほどまでシチューを幸せそうに食べていたミリアは、俺の思考を読んだのか、あからさまに不機嫌な顔をして口を開く。


「タケル。あんた今、最高に失礼なこと考えてなかった?」

「は、はぁ? な、何言ってんだよ。言いがかりだ」

「そう。じゃあ嘘を見抜く魔法道具マジックアイテムがあるからそれでも使ってみようかしら」

「失礼しました。ミリアさんの貧相な胸を見て安心していました。申し訳ありません」

「誰が貧乳よ!! ちょっと表に出なさい! ……と言いたいところだけど、今日はもう疲れたわ。寛大な私はあんたを許してあげる」


 そう言って、ミリアは再びシチューを口に運ぶ手を早めた。


 冷静になって考えて見たが、ミリアは嘘を見抜く魔法道具なんて持ってない。そんなの持ってたら、噴水の前で俺を疑った時に使わなかったのはおかしい。クソっ! 騙された!

 ミリアは俺の加護を見た時に俺のことを【虚偽フェイク】の魔法を使えるんじゃないかとか疑っていたけど、ミリアの方がよっぽど虚偽なやつだった。


 俺はミリアに騙されたことに後悔し、また、クレハがこちらをニヤニヤと何か言いたげな表情で見つめていたのを知ってさらに後悔した。さらに胸を机に押し付けて強調するその仕草に俺は顔をそむけ、視線の先にいたミリアは額に青筋を立てていた。

 シチュー皿から大体半分ぐらいシチューがなくなった頃、クレハが一度食事の手を止めて尋ねてくる。


「そろそろ、話してもらってもいいかな? ダンジョンの中で何があったのかについて」

「それは私も聞きたいわ! 加護がどうのと言ってたけどそれについてもきちっとね?」


 二人が身を乗り出して聞いてくる。隠すつもりなど毛頭ないので、俺は包み隠さず、時系列順に話をしていった。


 途中で出会った冒険者について。

 ミノタウロスに追いかけられたことについて。

 下の階に行くたびに増えて行くミノタウロスについて。

 最終層でミリアを見つけた後の話、溢れかえるミノタウロスの群れからミノタウロスの親玉を見つけ出し、そいつから宝具を奪って、その増殖を防いだことについて。


 そして……


「どうやら俺の持ってる【世界の加護ギフト】という加護ギフトは、防御に関する能力みたいなんだ」

「防御って具体的にどんな感じなのかしら? 例えば防御系の加護【硬化ハード】とかだと体の表面が硬くなったりするわ」

「俺の加護ギフトは硬くなったりはしない。なんて言えばいいのかな……そうだ! クレハ、ちょっと刃物を貸してもらってもいいか?」

「うん。いいよ。でも危ないのはダメだからね?」


 そう言って、クレハはポケットから一本のナイフを取り出した。いや、何でポケットにナイフ常備してんだよ。


 突っ込んだら負けな気がする。俺はクレハから渡されたナイフを右手で握り、左手の手首に押し当てる。

 クレハは口を押さえ悲痛な叫びを上げた。


「ちょっと! タケルくん何してる………の? ………あれ? 血が出てない?」

「そうなんだよ。ちょっとやそっとじゃ俺の体は傷つかないみたいなんだよね。少なくとも、ミノタウロスの斧ぐらいじゃ傷がつかなかった」

「そんな……」


 俺の言ったことがショックだったのかクレハは下を向きワナワナと震えていた。


「それじゃあ、タケルくんが死んだ時、タケルくんのお肉を調理することができないじゃない!! これじゃあシチューが作れない!」

「いや、その考えは猟奇的すぎじゃないかクレハさん!?」


 俺は瞳に涙をためた黒髪巨乳の友人に力一杯に突っ込んだ。


 クレハさん怖すぎ!寝首を掻かれることは、たとえあったとしても俺はそれで死なないはずだけど、ちょっと安心できなくないか!?


 愛ゆえに、とか言うけど行き過ぎた愛は狂気なのかもしれない。俺の加護を目の当たりにしてミリアが顎を触りながら考えている。

 しばらくそうした後、俺の腕を触るとまた考えた。


「もしかしたら【障壁バリア】に似た加護なのかもしれないわね。この加護ギフトは一定の威力以下の攻撃を無効化する壁を張る魔法なんだけど、タケルはそれを体の表面に張っている」

「へーそんな魔法もあるんだな」

「ええ。ちょっとタケル口開けて」


 突然何を言い出すのかと思えば口をあけろ?何だか分からないが、ミリアは今俺のために思考を巡らせてくれているんだ。

 お茶で一度口を流すと、言われるがままに口を開く。

 するとミリアは迷うことなく俺の口の中に指を突っ込んだ。


「(んんんんんんんんっ!!!!!?)」


 彼女の突然の行動に俺の思考はこんがらがるが、すぐに彼女の行動の意図に気がつく。

 チクリとした軽い痛みが口の中に走った。


「血は出ていないわね。タケルの能力は口の中までちゃんと効いてるって証拠……ってちょっとクレハ!」

「はへふふんほ、はんへふひふはー」


 ミリアが俺の口の中に入れた人差し指にクレハがしゃぶりつく。

 ハフハフ言ってってわけ分かんないけど、多分、間接キスがどうのとか言ってるんだと思うし、すごく恥ずかしい。

 指をしゃぶられるミリアの表情は次第にほぐれていき、何だかふやけて艶かしいことになっていた。


 クレハはそれでも吸い付きをやめない。見かねて俺はクレハを引き離す。


「おいクレハ、やりすぎだ。ミリアがおかしくなってる」

「じゃあタケルくんのをしゃぶらせて?」

「はぁ!!!!!!?」

「タケルくん今エッチなこと考えたでしょ? 食事中だよ? 慎みを持ってね?」

「どの口が言うんだどの口が!」

「いててて……痛いよタケルくん! でもいっぱい触ってもらえて嬉しい……」


 ほっぺたをつねられるクレハは恍惚とした表情を浮かべる。ダメだこのヤンデレ痴女、何とかしないと。

 とにかく、分かったことがある。


 その1、俺の体はミリアが言うようにバリアが張ってあって、ここはまだ不確定だが一定攻撃力以下の攻撃を一切受け付けない。

 その2、そのバリアは体の中にまで張られている。


 かなり強い恩恵であることは間違いない。


 しかし…………何故そんな加護を俺は持っているんだ?


 謎は一層深まってしまった、と思う。ミリアの意識がこちらに戻ってきたところで今度はこっちの番だ。


「俺の加護については大体これで終わりだ。それよりもミリア……」

「何かしら?」

「ダンジョンで見せた、あの武器たちは一体なんだ?」


 火を放つ赤き鎖、爆風を生む光の剣。

 俺の質問に、ミリアの表情は強張った。

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