煉瓦の向こうのロマン
人気がなくなり、再び静寂が訪れた廊下。冴えてしまった頭は素直にまた夢の世界に誘われてもくれず、暇を持て余したコーネリアは屋敷の中を散策していた。ラシードがその場に居たら、人の家の中を不躾に見て回るなと苦言を呈されることだろう。なんせ物珍しいから気になるのだ、仕方ない。
「(…にしても、広いだけで何もないもんだね)」
人の気配がない部屋を時折覗いたりしてみるものの、ほとんどは来客用の客間らしい。これだけの部屋を掃除するメイドの労力が想像できる。まぁあたしは片づけ苦手だけど、と思いながらコーネリアは、天井近くの壁に提げられたランタンの下を通り過ぎた。自分の影が妙に大きく石造りの壁に映るのが、年甲斐もなく面白い。
いくつもランタンが廊下には提げられているが、だんだんと窓が無くなってきた廊下は極端に暗い。龍族は夜目が利くものだが、それにしたって視界が狭い――と上ばかりを見ていたコーネリアは、その足元が一瞬留守になっていた。
「うわっと!」
突如足元に段差を感じ躓いてしまう。咄嗟に石の壁に手をついて無様に転ぶことは回避したのだが、自分の声が思ったよりも大きく廊下に反響したため、逆にそちらの方に驚いてしまった。咄嗟に身を低くして耳を澄ますが、近づいてくるものの気配はなく、密かにコーネリアは胸を撫で下ろした。誰とは言わないが、見る人が見れば空き巣のように見えなくもない行動をしている自覚はあったからだ。誰とは言わないが。
やれやれ、と首を振って、コーネリアは再び立ち上がる。立ち上がった時に数歩先の壁に触れたのだが、ふとその感触に彼女は違和感を感じた。先程咄嗟に手をついたところと、壁の音が違うのだ。今触れた部分には奥まで固い岩石が続いているようなどっしりとした感覚があるのに、先程の壁は、奥にまるで空洞があるような軽い音がしたのだ。それが感じ取れてしまえば――好奇心を抑えられなくなるのが生き物というもの。この大きな屋敷だ、隠し倉庫の一つや二つや六つあるのではないかと、彼女の本能が疼く。冷たい壁を叩きながら先程の場所を探すと、ほどなく先程の音に突き当たった。しめしめ、あったあったとその周囲をぺたぺたと触っていると、鋭い爪を持った指先がほどなく小さな窪みに引っ掛かる。そこに躊躇いもなく指を突っ込んだのは怖いもの知らずだということにしておこう。ともかくその行動により、いくつもの石がこすれあうような音がし、壁全体が細かく震えだした。
壁の振動は少しずつ、少しずつその範囲を広げていき、ある一か所にぽっかりと空いた空間を作り出していく。静かに振動が止んだころには、その空間は人一人が入れるほどのものとなっていた。空間の向こうから埃っぽい空気が流れてきて、コーネリアは咳払いをした。その音は暗闇の向こうに反響し、消えてゆく。この空間の向こうには、どうやら何かがあるようだ。少なくとも、部屋のようなものは確実に存在するだろう。そう判断したコーネリアは、勇敢にもその暗闇の中へ足を踏み入れた。隠し部屋なんて、少年の心がワクワクしてしまうじゃないか。
「あれま、真っ暗だ」
全くの闇の中では自慢の夜目も効かず、コーネリアは小さく呟くと指先に炎を灯した。ゆらゆらと揺らぐ灯りに合わせて、彼女の影はまるで化け物のように蠢いていた。
灯りを得たところで周囲を見渡すと、ここは建物の壁の中であるようだということが分かった。廊下と同じ古びた煉瓦の壁が周囲を取り巻いている。足元に目を移すと、彼女の佇んでいる一歩先には、地下へ向かう急な螺旋階段が蛇竜のように長く伸びていた。この小さな灯火では、流石に階段の先までは見通せない。試しに一歩降りてみると、その一歩で埃が舞い上がり、きらきらと空気を彩った。見た目は綺麗かもしれないが、一度吸ったが最後くしゃみが止まらなくなってしまいそうだ。元々寝間着のため―それでも相変わらず露出度は高いのだが―マントを持ってきていなかったのは抜かった、とコーネリアは小さく舌打ちをし、掌で鼻と口元を覆いながら、地下へと次の一歩を踏み出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます