訪問

「ようこそ~!」

「ようこそ」


 今時ほぼ見ないような、一昔前くらいに流行った長い長い食卓テーブル。その上座に座っていたのは、顔も声色も背格好もそっくりな二人の少年だった。


「――シャルル様、シャルロット様。ご無沙汰しております」


 話の発端は数十分前に遡る。

 グリーゼ区の区長の目付け役として、この度この区までやってきたラシード。彼に偶然旅の道中で出会ったアランとコーネリアは、グリーゼへ赴くという目的の一致によりラシードと道を共にしていた。夜が随分闇を濃くしてきた頃、ようやく一行はグリーゼの入り口にたどり着いたのだった。


「ここから先がグリーゼの居住区域だ。…して、貴殿はどこに泊まるつもりだ?コーネリア。まさかこれ以上先に進むなどと言うまいな?」

「そのまさかなんだよねぇ、ってわけでここまでありがとさん、騎士サマ。今夜は適当に野宿でもしようかね」

「この馬鹿者が。先程悪霊に襲われたばかりなのを忘れたか?」


 コーネリアが軽く放った言葉に反応して、ラシードは額に青筋を立ててしまった。まぁまぁ、とここでアランが間に入って宥める。ラシードとしては危険管理意識の低さが許せないのと同時に、会ったばかりの旅人の安否が心配になってしまうのだろう。もともと素直に言葉にするのが下手な人だから、こういうところで損をしやすい…と思っているとぎろりと睨まれ、アランは首をすくめた。この人は勘が鋭すぎることが多々ある、何故だろう。


「そんなこと言ってもねぇ。あたしの家はここじゃないし、でも用があるのはここなんだよ」

「宿でも取れ…と言いたいが、グリーゼに宿はほぼ無かったな…。…仕方あるまい、ついてこい」

「えっ、ラシードさんどこ行くの?」

「来れば分かる。アラン、服の乱れを直しておけ」

「う、うん?ちょっと!待って!」


 ラシードの真意が分からず首をひねっていると、その間に彼はすたすたと先へ進んでいってしまう。アランは少し曲がっていた首元のブローチを直しながら、コーネリアはやれやれと首を振りながら、ラシードを追いかけた。入り口を通り過ぎ、民家の密集した場所を通り過ぎてもまだ彼は足を止める気配がない。先ほど来れば分かると言われてしまったが、全く彼の向かおうとしている場所は分からない。

 それきり黙ったラシードについて、大股に歩くこと十数分。密集していた民家の灯りを遠く背にしただだっ広い土地にぽつんと一つ、しかしそれにしては強烈な存在感を放つ古めかしい屋敷がそびえ建っていた。三人の行く手を阻むように閉じていたはずの白く塗られた門は、ラシードが目の前に立つと同時にひとりでに開いた。そのまま彼はすたすたと門の奥へと進んでいってしまう。


「ラシードさん、ここ人んちじゃ…!」

「門の前で突っ立ってても迷惑だろうし入りなよ?叱られたらあの騎士サマのせいにすりゃあいいじゃないか」

「えぇ…。あ、ちょっと待ってってば…!」


 人の家に無断で入るのは躊躇われたが、ここで放り出されてしまっても微妙に困る。仕方なしに後を追うアランだったが、どうにもラシードの言った「服の乱れを直しておけ」という言葉の理由が分からないでいた。何故だ、これから神龍様に謁見するわけでもないだろうし、と冗談を口から零しそうになって、慌てて飲み込む。そして一人で忙しく百面相をするアランのすぐ隣を、彼女の心配などどこ吹く風といった表情のコーネリアは歩いていた。

 しまいに辿り着いた屋敷の扉をラシードがノックすると、ぎぎぎ、と錆びついた蝶番が悲鳴を上げて扉が開いた。扉の隙間から、影絵のような小柄な人影がぼんやりと見えた。カントリーキャップを被り長いスカートを履いた使用人―俗に言うメイドだ―は、橙色の炎が灯るランプを手に「お待ちしておりました」とラシードに畏まって頭を下げた。自分と同じくらいの背丈のラシードの後ろから扉の向こうをアランが覗き込むと、使用人は愛想よく微笑んで会釈をしてきた。癖でアランは敬礼で返答する。ラシードも軍帽を脱いで軽く頭を下げた。


「今回は、お連れ様がいらっしゃるのですね」

「ええ。構いませんか?」

「勿論です。冷えますでしょう、お入りになってください」

「では、失礼」


 どうやら使用人とラシードは顔馴染みらしい。二言三言会話を交わしただけで、恰好で騎士と分かる自分はともかく、怪しさ満点なコーネリアまであっさりと屋敷に足を踏み入れることが出来てしまった。正直にコーネリアに言ったら足を踏みつけられそうだが。何はともあれ、マントがないと手先から冷えていくような屋外から招き入れられた屋敷の中は、随分と温かかった。三人の中で明らかに露出の多いコーネリアは寒がっていたのではないだろうかとそちらをアランは盗み見たが、案外そうでもなかったようだ。こういった屋敷は物珍しいのか、アンティーク調の古時計や螺旋階段を面白そうに眺めている。


「で、ラシードさん…ここ、誰の家なの…?知り合い?」

「…クロスフォード家だ」

「えっ」

「細かい説明は後だ…挨拶に行くぞ。アラン、その髪をどうにかしろ」


 勝手知ったる、といったように屋敷の中を進みながら、ラシードは振り返らずにアランに注文を付けた。くせっ毛の気持ちはラシードさんには分からないんだよ…!と胸中で恨み言を言いつつ、アランはなんとか髪を直そうと躍起になりながら彼の後についていった。

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