新たな旅へ

 水底から浮かび上がるように意識が戻ってくる。小鳥のさえずり、秋の日差し、そして風に揺れる黄金の小麦の穂が奏でる音。いつの間にか、アランは森の入り口に立っていた。横を見ると大きな欠伸をしながら背伸びしているコーネリアがいる。二人揃って、脱出不可能と謳われた幻惑の森からとうとう戻ってこられたらしい。


「ふあぁ…っと。おー、久しぶりの乾いた空気だ。空気が美味い」

「一時はどうなることかと思ったよ…。でも、帰って、こられたんだなぁ」


 本当の意味での安堵のため息が、アランの口から漏れた。柄にもなく、一時は死を覚悟したものだ。自分が死んだら別の誰かが神龍様からお言葉を賜り、この旅に挑んだのだろうから国の心配は要らないのかもしれないが。

 ずっと薄暗い森の中にいたから、柔らかな日差しが眩しくて、アランは目を眇めて秋晴れの空を眺めた。抜けるように青い空に、ちぎれた雲がぷかりと浮かんでいた。


「あー安心したら腹減った。アラン、この辺に美味い飯屋とかない?」

「前から思ってたけど、コーネリアって適応力すごいよね…。俺が泊まってる宿屋さんのご飯、美味しいよ。一緒に来る?」

「それは願ったり叶ったり。お邪魔しようかな」


 しめた、といった顔でコーネリアがニカッと笑う。締まりのない、危機感のない会話。それがとても懐かしくて、微笑ましかった。こんな日常を失わないために、自分は旅をしているのだと改めて思った。

 胸元に抱いた手を開くと、柔らかな木漏れ日のようなやさしい光が漏れる。最初の秘宝――翡翠の雫は、確かにそこにあった。白いハンカチーフにそれを包み、大切に懐にしまう。どちらともなく歩き出すと、隣の少し低い位置から声がかかる。


「さぁて、あんたの次の目的地はどこだい?」

「まだ決定じゃないけど…グリーゼにでも行こうかなって。ここからなら一番近いし」

「お、グリーゼならあたし詳しいよ。案内させてもらおうかな」

「いいの?ありがとう。……ん?ちょっと待って、コーネリアまさかついてくる気?」


 一度承諾しかけて、言葉の違和感に気づいて瞬きを繰り返す。その顔のままコーネリアを見ると、彼女はさも当然かのように言葉を続けてみせた。


「そりゃあもちろん、なんか面白そうだし。それに乗り掛かった舟ってやつさ、行けるとこまで付き合わせてもらうよ」

「面白そうって…。まぁいいけど」


 下手をすれば死を招きかねないあの状況に出くわしておいて、面白そうだからついてくる、と言うとは誰が思っただろう。何とも彼女らしい理由に苦笑して、アランはコーネリアに片手を伸ばした。

 根拠も証拠もないが――否、根拠と証拠は、彼女と森の中で過ごした時間だ。この旅の目的から考えれば、簡単に他人を信頼するなど軽率極まりないかもしれない。だが、それでも、信じたかった。


「改めて、これからよろしく。コーネリア」

「全く律儀なんだから。よろしくね、アラン」


 そしてコーネリアもまた、笑いながらその手を握ったのだった。

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