託されたもの
「…顔を上げよ、炎の子よ」
静かな声に、そっと頭を上げる。心なしか穏やかな色が、青年の顔に満ちていた。
「望み通り、秘宝を貸し与えよう。…その代わり、必ず、この国を救え」
「……出来得ること全てに、この身を捧げます」
改めて、アランは頭を下げる。旅を始めてからずっと重かった肩が、また少し重くなった気がした。
青年はまた顔を上げろとアランに声をかけ、頭に乗せていたサークレットを外した。鏡のような水面を切り抜いて作られた銀細工は、少し力をこめれば砕けてしまいそうなほど繊細なものだ。所々に薄く魔力を帯びた宝石が飾られ、サークレットに虹の彩りを添えていた。飾られた宝石の中に、ひときわ強い魔力を放つ雫の形をした翠色の宝石がある。白い指でそれを外した青年は、アランの手のひらに石を乗せた。木漏れ日を閉じ込めた神秘的な輝きにそっと触れると、体に魔力が満ち満ちるような不思議な安らぎを感じる。
「それが秘宝の一つ、”翡翠の雫”だ。持っていくがよい」
「…ありがとう、ございます」
落とさないように、傷つけないように。皮手袋をはめた手で、胸に抱くように宝石を包む。青年はその様子を見て、いつの間にかまた背後に浮かんでいた杖を手に取った。
「さて…此処は俗世と切り離すべき場、長居する処ではない。戻れ、貴様らのあるべき場所へ」
大輪の花を模した杖を青年がひと振りすると、周囲の景色がぐにゃりと歪み始めた。静謐な魔力がふわりと周囲に満ち、そよ風が花と草の香りを運んでくるのが分かる。遠くから迷魔たちの囁きが聞こえるが、こちらに悪戯をする気はないようだ。
「…周りが…」
「出口まで教える程のお人好しじゃあないってことかい兄ちゃん。ツンツンしててもわりといい奴なのは誤魔化せてないよ?」
「戯けが。貴様が出口を吹聴せんとも限らんからだ。森を荒らされたくはない」
「はっはっは、これは手厳しいねぇ。そういうことにしとくよ」
軽口を叩くコーネリアにぴしゃりと言葉を叩きつけ、青年は玉座に座り直した。また彼は、誰かがここを訪ね当てるその時まで眠りにつくのだろう。爽やかな花の香りは徐々に濃くなり、噎せ返るほどの匂いのヴェールが龍の子たちを包み込んだ。香りが充満するごとに周囲の景色はぼやけてゆき、最後まで正視できていた青年の姿も霞み始めた。だからだろうか、青年の口元がほんの少しだけ―笑っているように、見えたのは。
一言、ありがとうと伝えたくて口を開いた。
だがそれは叶わずに、徐々に視界が暗くなっていった。…だが。
「――勇気ある、神の子達に星の加護よあれ」
意識が深海へ沈み込む直前、優しい声がかすかに聞こえた。
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