告白

「――んじゃ、お宝はいいよ。諦める」

「えっ!?」

「だってそんな大層なもの、あたしが持ってても危ないだけさ。それにあたしが欲しいのは、気兼ねなく売り買いできるお宝だけだからね。押しかけてすまなかったよ、兄ちゃん」

「…それはまことか」

「嘘ついてる顔に見えるかい?っていう訳であたしらは手を出さないから、こっから出してくれると嬉しいんだけど?」


 さっぱりと言ってのけるその表情からは、宝への執着は一切感じられない。彼女の言うことは紛れもない本心なのだろう。青年からすれば強奪される心配はなくなったのだからよいのだろうが、アランとしては困ることこの上ない。なんとしてでも秘宝を手に入れなければ、自分の使命は遂行できないのだから。


 もう、覚悟を決めるしかない。

全てを、話してしまうしかない。

真っ直ぐに青年の碧色の瞳を見据えて、アランは口を開いた。


「……妖精さん」

「何だ」

「お願いが、あるんです。……宝物、少しの間だけ貸してくれませんか」

「は!?何言ってんだよアラン!」


 告げた瞬間案の定、青年から再びピリピリとした気が伝わってくる。だが頭が冷えているのか、訝しげな顔をこちらに向けるだけで、いきなり襲い掛かってはこなかった。何を馬鹿なことを、と言わんばかりのコーネリアを目で制すように、ちらりとアランは横へ視線を向ける。


 ごめんなさい。聞かせてしまって。


「……何故だ」

「今、この国が大変なんです。…世界樹が侵されて、神龍様が臥せっておられます。だから、必要なんです、秘宝が、”鍵”が」

「貴様、まさか救世主をび起こすつもりか!?」

「そのつもりで来たんです。それがあのお方の命令だから!」


 明らかな動揺が美しい瞳に宿る。相まみえてから初めて、青年が感情的な声を上げた。だが一歩も引くわけにはいかないアランも、負けじと声を上げる。しばしのぶつかり合いで、また空気が凍った。


「……そもそもが、秘宝の存在は門外不出のものだろう。どうやって知ったのだ。全くの部外者に、あのお方が国の命運を任せたと申すか?」

「うちの家に、昔から伝わっていた話です。だからです…多分」


 ほんの少し前、世界樹に呼ばれたあの夜。気丈に振舞って、それでも藁にも縋るような切実な声と共に賜った言葉が記憶に鮮明に蘇った。自らの身を捧げることを誓ったあの日以来、神龍様のお声は受けていない。次の言葉を待っていると、青年は深いため息をついたのちこちらへ向き直った。青年の動揺は影を潜め、その顔には再び凪いだ水面のような表情が広がっている。棘のある雰囲気も、同時になりをひそめていた。これは信じてもらえた…と、解釈していいのだろうか。


「…なあ」

「コーネリア…」

「どういうことだよ、それ」


 少し安堵した瞬間、横から肩を掴まれ振り向くと、碧色の瞳がこちらを射貫くように見つめていた。心なしか、妖精の青年の宝石のような瞳ととても似ている気がする。


「神龍サマが臥せってるってどういうことだよ。世界樹が侵されてるって何なんだよ?」

「……ごめん。聞かせちゃって」

「別にあんたが謝ることじゃ…」


 国内に不安と震撼をばら撒くことは、支配者である者ほど望まないもの。それを分かっていたから必死に誤魔化してきたが、もうそれもお終いだ。諦めたようにアランは笑みを浮かべた。その顔にコーネリアは一瞬言葉を止めてしまった。


「知りたいなら、あとで話すよ。…他の人には、言わないでね」


 再度口を開きかけたコーネリアの言葉を受け付けず、アランは再び妖精のほうへ向き直る。相変わらず静かな瞳がそこにあった。


「お願いします。秘宝を貸してください。すべてが終わったらまた、返しに来ます」

「…この国がほろぶ選択になりかねないと、知った上での言葉か」

「……はい」

「あたしからも頼むよ、兄ちゃん。あたしが言うのも何だが、アランはいいやつだよ?まぁバカ真面目だけど」


 直角に腰を折って下げた頭の上から降ってきたのは、この数日で聞き慣れた快活な声だった。声の主は、きっといつもの皮肉っぽい笑みを浮かべているのだろう。なぜ彼女がそんな口添えをしてくれるのかは分からない。しかし、彼女の気まぐれかもしれない好意が今は心強かった。

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