失敗

 身を低くし、アランは腰に提げた剣の柄に手を伸ばす。荒事は出来るだけ避けたいが、そうも言っていられないかもしれない。一度抑えなければ話をする隙などないほどに、相手の周囲の空気は殺気で満ちているのだから。

 妖精族は古くからこの国に住む、由緒正しき種族だ。この国の騎士団の一員である自分が、本来なら護るべき存在である彼に刃を向けたくはない。――自分が、彼に敵うとも到底思えないが。だが、このままでは確実に、あの石碑の記し主の二の舞になる。恐らくこの森を”幻惑の森”に仕立て上げているのはこの青年だ。彼は自分たちを永久にここから出さない気だろう。


「抗うか、盗人よ。」

「…話を、聞いてほしいんです。お願い」


 懇願するように、アランの口から言葉が零れた。剣の柄に伸ばした手は、指が触れるか否かの位置で静止している。心情とは相反する行動をすることは、どうにも難しい。同意とも拒絶とも読み取れそうな青年の無表情を見ながら、アランは言葉を重ねる。


「どうして、あなたは宝物を守っているんですか?」

「…遥か昔からの、神との契約に他ならん。宝を奪おうとせん者に容赦は無用だ」

「もしかして、それって……世界樹の秘宝、ですか!?」

「貴様、何故その名を……まさか、」


「世界樹の秘宝?なんだいそりゃ」


 別の意味で張りつめていた空気は、一瞬のうちに解けた。青年の言葉に食いつくように言葉を被せたアランの横から、気の抜けるような素っ頓狂な質問が飛んできたのだ。はっと気づいてしまったと思ってももう遅い。青年と対話することに神経を使いすぎて、コーネリアという部外者がいることを完全に忘れてしまっていた。やってしまったと言葉を無くして固まるアラン、その言葉を引き継いだのは、意外にも妖精の青年だった。


「知らぬのか、貴様は」

「いや全く。聞いたこともないよ」

「知らぬなら良い。存ぜぬことを幸運に思え」

「えぇ、気になるんだけど教えちゃくれないのかい?」


 青年の視線がコーネリアに移り、アランはそっと詰めていた息を吐き出した。元々隠し事は非常に苦手な性分なのだ、他人と長い間行動を共にしている時点で、もう少し警戒しておくべきだっただろうか。そもそもこの旅自体が極秘であるべきだったのに、これでは努力が水の泡ではないか。同行者を伴う気など微塵もなかった筈なのに、どうしてこうなった。


「なぁアラン、なんだよ世界樹の秘宝って。それがここにあるお宝なのかい?」

「うえっ!?っと、え、っと…そ、そうなのかな?」

「あんた絶対何か知ってるだろ」

「しっ知らないよ!?」


 口ではそう言っているが、挙動不審な態度でバレバレだ。自分より下にあるコーネリアの目をまともに見ることすらできない。取り繕うのが上手くない自分の性格を心底恨めしく思う。出来ることなら森に入る前まで時間を巻き戻したい。そもそも世界樹の秘宝のことをうっかり口走ったのは自分である。たとえコーネリアが他の誰かだったとしても、今更誤魔化しがきくわけもない。


「おい」

「はっはい!?」


 そして無感情な声が背後からかかり、弾かれたようにアランは振り向いた。相変わらず彫刻のように整った青年の顔が、こちらを向いていた。


「貴様は何故、秘宝の存在を知っている?」

「……それは、その…」


 言動から見るに、青年は確実に秘宝の伝承を知っている。だがコーネリアにこれ以上のことを聞かせたくはない。言い方が悪いが、素性の知れない彼女をまだ完全に信用することはできないのだ。一つの気の緩みが、全ての終わりに直結しかねない。自分が負ったのはそういう使命だ。だがどう軌道修正を試みても、自分のせいでどんどん拙い方向へ進んでいく気しかしない。


「なぁ兄ちゃん。そんなに必死になって守ってるってことは、お宝になんかすっごい力でもあるのかい?」

「…そうだな。扱いを間違えれば、この国はほろぶ」

「は!?」


 言い淀んだアランに助け舟を出すようにコーネリアが質問を投げかけたが、青年の返答に逆に目を丸くしてしまっていた。さらっと言ってのけるが、青年はとんでもないことを言っている。青年は真剣な顔であるが故、すぐに冗談だと笑い飛ばせもしないのだろう。コーネリアはしばしぽかんとした顔を隠さないまま、ぱちぱちと瞬きをしていた。


「……そりゃぁまた、スケールのでかい冗談だね…」

「冗談ではない。故に何人なんぴとにも宝は渡せぬのだ」


 青年の強い言葉に、コーネリアは口を閉じた。生ける伝説にそう告げられては、信じざるをえないのだろう。もし自分がそう言っても信じては貰えなかったのだろうな、とアランは心の隅でぼんやり考えた。

 コーネリアはしばし考え込むように口を結んでいたが、ふと目を上げ妙に清々しい顔で口を開いた。

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