可能性

 突如として自分たちを敵と見なし、殺意を向ける生ける伝説。ここがどういう場所かは未だ分からない状態だが、少なくとも此処には、世間から隠すべき重大なものがあるのだろう。それこそ普通のお宝では役不足になるような、とびきりの何かが。


「そう言われてもねぇ…。そもそも兄ちゃんは何者なんだよ」

「答える必要はない。聞こえなかったか、去れと言ったのを」

「去りたいのは山々なんだけどさ。あたしら、この森から出られなくなってるんだよ」


 と、横から飄々とした声で答えるコーネリアでも、青年の表情をいささかも動かすことはできなかった。まるで鉄の仮面を被っているかのように表情はまったく動かないのが、うすら寒く恐ろしい。それでもコーネリアは、慣れたものといった風に言葉を続ける。


「それに入っちまったからにはお宝見つけていきたいし。見つけたら喜んで――」


 その、たった一言。

 場の空気を解そうと言ったたった一言が、彼女の失敗だった。


「…今ここで消えろ、盗人どもめ。宝は誰にも渡さぬ」


 彼女の言葉を聞きながら立ち上がった青年が、鋭い刃のような言葉を発した。その瞳に宿るのは明らかな殺意だ。最早温情など欠片もない瞳が、一層ぎらりと光る。

 本能が告げている、この青年は危険だと。しかし引き返すには、もう遅すぎた。


「コーネリア!退いて……ッ!?」


 一旦退こうと咄嗟に背後を振り返ると、そこにあった筈の一本道は跡形もなく消え失せていた。埋まった、というわけではない。そもそも洞窟の存在自体が初めからなかったかのように、継ぎ目も隙間もない滑らかな土の壁が、其処には佇んでいるばかりだったのだ。


「なんで…ッ!」

「危ない!!」


 目を離した一瞬、背後から風の刃が襲い来る。咄嗟にコーネリアの肩を力いっぱい押して、アランも勢いで地面を転がった。ほんの十数センチ上をすれすれで刃は駆け抜け、後方の壁にめり込んだ。刃が直撃した土壁は、深く抉れてぱっくりと傷が出来ている。直撃したら絶対にただでは済まない。


 何故、なんでだ。あれほど巨大な迷路のような洞窟が、そう簡単に消え失せることなど普通ならば有り得ない。あれほどの規模のものが、一瞬で、まるで幻想のように――。


 “幻想”の、ように。


「ったく…あたしたちに魔法かけてんのはあんたなんだろ!魔法解けよ!そうすれば――」

「――違う」

「何がだよ!」

「違う。俺達が、間違ってたんだ!」


 一度、気づいたはずだった。それなのに、一番最初に排除してしまっていた可能性だった。存在するだけで、魔力を無尽蔵に生み出せる存在。存在そのものの力が、魔力と比例する妖精族ならば、出来るはずだ。


「俺はずっと、”自分たち”が魔法にかけられてるんだと考えてた。でも違ったんだ。魔法がかかってるのはこの空間。この幻惑の森全部なんだ…!!」

「はぁ!?」

「だから、俺たちは出られなかったんだ!この森自体が、変わっていくから!」

「そうだよ!そうだよ!」

「君たちはふたりとも、絶対にここから出られない!」


 気づいたことを、アランは一気に捲し立てる。まるで自分の愚かさを責め立てるように。いつの間にか現れていた迷魔たちが、その言葉を囃したてるような声をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る