侵入者

「で、鍵は宝の中に眠ってんだったっけ?」

「なんだっけ、夢の中?だっけ。でも宝物っぽいものってこの辺にないし、夢ってもっと分かんないなぁ…」


 改めて目の前を眺めても、金銀財宝どころか、いかにもといった雰囲気のある祀られ物なども見当たらない。据えられた豪華な玉座に、ただただ青年が座っているだけなのだ。魔法の力なのか、青年の背後には花を模したらしい巨大な杖が浮かんでいるが、それ以外に特に目ぼしいものは見当たらない。もしかしたら、この小さな神殿のような佇まいの支柱が宝物なのだろうか。宝物にしては存外地味だが、元来祀られるのはこういったものなのかもしれない。

 一歩近づいて、アランは青年の顔を覗き込む。本当に、人形のように整った顔だと思い、更に足を踏み出そうとして――


 ――すうっと、妖精の青年の瞼が上がった。


 長く白い睫毛が縁取る緑色の瞳は、まるで宝石そのもののように艶かしい輝きを放っている。陶器と見紛うほどに白い顔の周りを、淡く光る白銀の髪がふうわりと覆う。美しいその顔は、整いすぎて恐ろしいくらいだ。人形に突如として生気が吹き込まれたかのような、そんなアンバランスな雰囲気をこの青年はごくごく自然に纏っていた。

 突然の出来事に、その場に縫い止められたかのように立ち尽くすアランの上を、視線が行ったり来たりとする。数度そのエメラルドのような瞳が瞬いたところを見計らって、横からコーネリアが、若干ひきつったような笑みを浮かべながら声をかけた。


「えーっと…おはようさん、寝ざめはどう――」


 だがその言葉は、最後まで言われることを許されなかった。青年がかっと目を見開いたと同時に、後ろへと彼女たちが飛ばされたからだ。気圧された、などといった類の精神的なものではない。もちろん、比喩でもない。


「うわあっ!?」

「あっ、ぶな…っ!」


 青年が目を見開いた刹那、吹き荒れる暴風。嵐にも似た凄まじい勢いの風が、空を切り裂くように襲い来る。正面からまともに受けたアランは背から洞窟の壁に叩きつけられ、咄嗟に臥せて凌いだコーネリアも風の勢いに負けて地面を転がった。

 受けた訓練を思い出し、反射的にアランは身体を低くする。迂闊に立ち上がればまた風の直撃を受けかねない。あれは普通の風ではない。明らかに攻撃的な魔力を含んだものだ。そして自分たちに敵意を向ける可能性がある人物は、目の前の青年のみである。


「……侵入者か」


 感情のない、抑揚のない声が聞こえた。無表情に、無感情に青年は口を動かし、まるで物語に登場する一般人のように、予想し得た台詞を口にする。静かで淡々とした声とは裏腹に、その美しい瞳には敵意と闘志が燃え広がり始めていた。どう見ても話を聞いてくれる雰囲気ではない。


「えっとその…おはようございま」

「――去れ。しからば見逃してやる」


 アランが今作れる精いっぱいの笑顔でにこやかに話しかけようとしたが、それもまた失敗。相手の瞳にみなぎる殺意は二人の龍の子を捉えて離さない。笑みを浮かべた自分の口元がひきつるのが、アランにははっきりと分かった。


「…もう一度言う。去れ。然らば見逃してやる」


 生ける伝説は、静かに説き出だいだすのであった。

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