祭壇
――まるで、生贄を捧げる祭壇のようだった。
アランとコーネリアが迷魔から逃げて転がり込んだ場所は、薄い帳が引かれたように煙の立ち込め、神聖な、しんと冷えた空気で満ちていた。
「…何だ、こりゃぁ…」
コーネリアの呆けたような呟きが耳に入る。アランは息を飲んだ。青年を中心として、濃い魔力がじわじわと滲み出ているのが感じ取れたからだ。こんなに突出した魔力を持つ生命体など、この国ではひとつしか在りえない。太古の昔からこの国にとどまり、大半は争いを嫌い静かに暮らす。並とは比べ物にならぬほど強靭で高質な魔力を持ち、しかし魔力が尽きれば存在そのものが消えてしまう、その名は。
「…妖精族だよ。きっとそうだ」
「こりゃ驚いた…。まさかこんなとこでお目にかかるとはなぁ…」
コーネリアは未だ呆然とした表情を隠せないでいるが、アランも似たようなものだ。妖精族は基本的に、同族以外の前に姿を現すのを好まない。ゆえに平々凡々な生を歩んでいたアランに、妖精族の知り合いなどいるわけがないのだ。それは恐らくコーネリアも同じだろう。
それにしても、森の地下にこんな空間があったとは思いもよらなかった。一体これは、何の目的で創られたものなのだろう。そして、青年は一体何故この場にいるのだろう。
「…なんか薄気味悪いな。何だってこんな贄を捧げるみたいな場所があるんだよ…」
「さぁ…。あれっ、そういえば迷魔は?」
「あ…声聞こえなくなってるな。撒いたか?」
「ここまで一本道なのに…?」
喋りつつ、コーネリアは祭壇に近づき、翼のない龍の置物をまじまじと眺めた。まるで玉座に座る青年をこの空間に閉じ込めているかのように、天に向かって槍を掲げている。足元の台座には神官文字がびっしりと書き連ねられていて、正直体育会系であると自他共に認めるコーネリアには、見ているだけで頭が痛いようだ。
「アラン、これなんて書いてあるんだ?」
「うーん…何だろ…祈り、とか捧ぐ、とかいう言葉は読めるんだけど、細かい部分は分かんないな…」
眉を下げて答えるアランに、いいよいいよというようにコーネリアは首を振った。謎が増えただけで、八方塞がりなのは変わらない状況だ。鍵とやらも見つからないし、今日もここで野宿をするのは確定だろう。しかしまた迷魔が現れたら面倒だ。逃げ出せもしない中あいつらの言葉をまともに聞いてしまえば、発狂はしないまでも精神が限りなく疲弊するのは請け合いだろう。
「コーネリア!」
と、考えていたところに、妙に興奮した声に呼ばれてコーネリアの意識は現実に引き戻される。振り向くと、頬を上気させたアランが龍の像の前にしゃがみこんでいた。まるで、なくしたものを見つけた子供のようだ。
「どうしたんだよ?」
近づいて聞いてみると、アランはびっしりと並んだ神官文字の一部分を指でなぞった。どうやら先程からずっと、読める文字を探していたらしい。
「ここ、「鍵を封ずる」って書いてある。多分鍵って、川のとこの石碑に書いてあったあれのことだよ」
「嘘だろ…ってことはつまり…。」
「鍵の封印を解けば、外に出られる!」
「でも、どうやって?」
その言葉は、二人分の声でぴったりとハーモニーを奏でた。
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