迷い道

「…なぁ。これで何回同じ岩見た?」

「数えるの疲れる程度には見たんじゃない?」



 また同じ風景が、目の前に広がっている。

 時刻はもう遅いらしく、空からは一分の光すら差してこない。昼間あれほど生き生きと輝いていた森の姿は跡形もない。そこにはただただ暗く、不気味な空間がどこまでも広がっていた。幸いアランは龍族であるため夜目が効くので、歩くことに不自由はしないものの、今のこの森の雰囲気が好きか、細かいものまできちんと見えるかと聞かれれば、言葉を濁さざるを得ない。


 話を戻そう。彼女たちは、幻惑の森で迷っていた。いや、今も迷い続けている。

 クルミの殻を目印に落としながら、かれこれ十時間ほどは森の中を彷徨い歩いている。まっすぐに進むと決めて、実際それを実行しているはずなのに、気づけば文字が刻まれている岩の場所まで戻ってきているのだ。そこら中に散らばった目印が、何度もここに彼女らは訪れていると主張している。

 どんなに体力があっても、明かりのない慣れない道を何時間も歩き続けるのは疲れる。暗いため地面に這っている木の根などにつまづいたことも一度や二度ではなく、服は泥や草の汁で薄汚れてきていた。


「これが幻惑の森っていう訳か…。つまりあの文字を書いたやつも、これにハマったってことか」

「そうだろうね。きっと抜けられなかったんだ、あの人は」

「ったくいらいらするな。これが幻惑ってことは…あたしらは魔術にかかってるってことなのか?」

「可能性は、ある。…でも俺たちにこんなことする理由なんてあるのかな」


 歩き疲れたのか、丁度長椅子のように倒れていた巨木に座り込んでコーネリアは愚痴を漏らす。アランは立ったまま、ううんと唸り考え込んだ。誰かにあとをつけられていたり、監視されているような感覚はない。しかし自分たちは現に道に迷い続け、抜けることも先に進むこともできないでいる。これだけ長い時間混乱の魔法を使えば、魔力を大量に消費するに違いない。だが、それほどの魔術をこれだけ長い間使用できる者が、わざわざ自分たちのような一般人如きにそれをかける理由が見つからない。人が彷徨い飢えていくのを見て楽しむような、趣味の悪い輩がいるなら話は別だが。


「あー、お宝は見つからないわ森からは出られないわ、とことんツイてないな今日は」

「ご、ごめん…」

「別にあんたのせいじゃないだろうよ。あーもう今日はやめだ!寝る!」

「えっここで?」

「苔が柔らかいし一晩くらい布団の代わりしてくれるだろ。ほらこの辺なんかいいよ」


 寝ると決めるが早いか寝床を整え始めるコーネリア。適応力のある人ってすごいな、と素直に思いながら、アランは肩にかけていた鞄を下に降ろした。中身はもちろん今朝と変わらない。ただクルミの殻はほぼ落としきってしまったので、荷物のかさ自体は減っている。

 鞄の中身は非常食と、手帳と財布、その他細々した物。そして、神話の本。一ヶ月弱これと共に旅をしてきたわけだが、まだ解決の糸口すら掴めてはいない。それだけ厳重に、秘宝は隠されているということなのだろう。そもそもそんなに簡単に見つかるのなら、自分よりも偉い人がとっくにやっているはずだ。


「おっ、何だいそれ。本?」

「う、えっ!?あぁ、うん」


 いつの間にかコーネリアが近くに寄ってきていたようで、至近距離で話しかけられたアランの肩が跳ねる。素早く鞄の口を閉じて立ち上がったアランにコーネリアは怪訝そうな顔を向けるが、深く追及してくることはなく、そっとアランは安堵の息を吐いた。元来彼女は、隠し事が苦手な性分だ。それは美徳でもあるのだろうが、この秘密の旅においては弱点でしかない。コーネリアに会ってから既に2回、自分の目的がバレそうになっている。同行者に目的を話せないなら、独り旅のほうが気が楽かもしれないと、アランはそっと二度目のため息をついた。


「ほら、そろそろ寝るよ。星見えないから何時か分かんないけど、結構遅い時間だろ」

「そうだね…。眠いと頭働かないしね…ふあぁ…」


 素直に睡魔の存在を認めれば、今まで無視していた疲労感がじんわりと身体を浸食してくる。帽子を脱いで地面に転がり、マントにくるまった。眺めた頭上は木々の葉が所狭しと密集していて、完全に夜空を遮っている。これではどちらが正しい方角なのかすら分からない。そんなことを僅かに残った理性で考えていたものの、疲労には勝てず、やがて睡魔に完全に支配されたアランは、すとんと眠りについたのだった。

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