宝探しは道連れに

 誰かの門出を祝福するような青空が、どこまでも広がっている。そんな空の下、どことなく曇った顔をした黒服の騎士が、延々と続く畑道を歩いていた。


 爽やかな朝の風や、青臭い草の匂いを嗅いでも、どうにも心が晴れない。原因は、もう目前にまで迫っている森の存在だ。

 幻惑の森と呼ばれる、迷い込めば二度と日の目を見ることができないと言われるいわくつきの森。騎士の誇りと勇気でそんな噂話など笑い飛ばせればよかったが、あいにくそこまで図太くはなれなかったのが彼女だ。怖いのは仕方がない。ドラゴンは古来より勇猛果敢であるとは言うが、人間とたがわず感情を持つ生き物なのだから。


「……さぁて、今日もお勤め、頑張りますか。」


 別に給与目当てで働いているわけではないし、きっとこの秘密の冒険に対する給料は出ないのだろうけれど、そんな台詞で少し可笑しそうに笑える自分がいた。怖気づいていても始まらない。やるだけやってみようと、出発前に決めたのだ。ならばとにかくやってみよう。そうこう思ううちに、森は目の前に迫っていた。


 見た目だけの感想を言うと、普通に美しい森だ。木々は自然のままに伸び放題になっており、侵入者を拒むように見えるのもわからないでもないが、それはあくまで自然の範囲内。そこまで不気味に見えるものでもなければ、背筋に悪寒が走るような邪悪さも全く感じない。野の花が木の根元からひょっこりと顔を出していたり、木にダークグリーンのツタが絡みついていたりと、思っていたよりもずっと穏やかな雰囲気を漂わせている。一体全体どうしてこの美しい森が、あのように忌まわしい噂を立てられるようになってしまったのだろう?


「あれ、あんた昨日の騎士さんじゃないか。」

「君は…」


 考え込んでいた時、背中から声をかけられた。振り返るとそこに立っていたのは、昨日この森の「宝」の噂を自分に教えてくれた彼女。頭の横の高い位置で一本に括った髪が、そよ風に揺れていた。

 なぜこんなところに、とそうアランが聞く前に、彼女は次の台詞を口にする。


「…もしかして、あんたも宝探しか?」

「も、ってまさか君も?」

「あぁ、そうだよ。長いこと忘れてたんだけど何となく気になっちまってな、ちょっくら探検でもしようかとね。宝が見つかったらそれで万々歳さ。まっとうな仕事に就いてるあんたも宝探しとは、世の中平和なもんだね。」

「はは…そうかもね。」


 ざっくり言ってしまえばこの国の平和を護る、それが騎士団の使命だ。一般臣民にもっとも馴染みがあるのは、黒い制服を着た自分たち、騎士団テールの騎士なのだろう。それが職務を放って宝探しなんてしていようものなら、事情を知らない偉いお方からは税金泥棒とお叱りが飛んできそうだなぁ、と他人事のように考えながら、アランは女性に向き直る。


「じゃあ、一緒に宝探ししない?」

「は?」

「俺、サダルメリクに赴任してたの10年くらい前で、もう土地勘があんまりないんだよね。だから君が一緒に来てくれたら、宝物が見つかりそうな気がして。」

「ふぅん…ま、付き合ってやってもいいよ。どうせ目的は同じだし、あんたと行けばあたしにも益がありそうだ。ただし宝は山分けだからな」

「うん。ありがとう。」


 にっこりと笑みを浮かべて、アランはそう返す。逆に食えない笑みを浮かべた女性は、ようやくアランの瞳を真っすぐに見据えた。目的地を目の前にして、思いがけない味方ができたのは運がいい。難解な問題に挑むときには、一人よりも二人のほうがいいに決まっている。東洋の方のことわざに確かあった、三人寄ればなんとかの知恵というやつが。それにはあいにくあと一人足りないが。


「そういえば、名前まだ聞いてなかったね。俺はアラン・クラウフォード。よろしく。」

「…ったく律儀だね、調子狂うなぁ…。コーネリアだよ、よろしくね。」


 自己紹介をされるとは予想外だったらしく、コーネリアは一瞬きょとんとした顔をしてからふっと破顔した。アランが差し出した、皮手袋に覆われた手をコーネリアは握る。それも数秒で終わり手が離れると、コーネリアは森へと目を向けた。


「さてアラン。あんた、宝の場所のあてはあるのかい?」

「ない!…というより調べても分からなかったっていうのが正しいかな。誰もここから戻ってきた人はいないって話だしね。」

「そりゃそうさ、噂が立ってからもう何年経ったかわかりゃしない。最近じゃ物好きでも近寄りたがらないさ。」

「ってことは、俺たち相当の物好きだね。」

「はは、違いないな。」


 相変わらず穏やかな佇まいで、森は悠々とその身を朝日にさらしている。この美しい森が死の森であるなどと、アランはどうしても信じられなかった。もしかしたら、何事もないのではないかと――そんな淡い期待を抱いていたことは否めない。


「一歩間違えたらお陀仏になりかねない。来た道に目印でもつけておこうかね、気休めでもないよりはマシだからな。」

「あ、なら俺いいもの持ってるよ。じゃじゃーん、クルミの殻!」

「なんでそんなのを袋に一杯持ってきてるんだよ!?」

「いや、ここに来る途中でお腹すいちゃって…。」

「…育ち盛りの子供か…。」

「否定はできないね…あはは。」


 クルミの殻ならば野生動物に食べられてしまうこともないし、適任だと思ったのだが、コーネリアには苦笑されてしまった。おやつに食べてね~という言葉とともに出発前にアリーチェからもらった、割と荷物になる量のクルミ。朝食が早すぎたのか少なかったのか、道中でお腹がすいてしまいついつい手を出していたのだ。まだおやつの時間には程遠いが許してほしい、空腹と眠気にはとことん弱いのだ。


「ま、ないよりはあったほうがいい。腹も空っぽより膨れてるほうがいい。だろ?」

「そうだね。…じゃあ、お宝探し、始めるとしますか」


 不思議な雰囲気を持った、穏やかで静かな森。それを目の前にした彼女たちの探検が、ここで今人知れず始まったのであった。

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