心は曇模様

「あら~アランちゃん、なんだか今日は嬉しそうね?昨日はどんより曇った空みたいな顔してたのに。」

「ついに手がかりが見つかったんだよ~!いやー長かったなぁ…。」

「お疲れ様、アラン君。リンゴのヨーグルトあるけど食べる?」

「食べたいです!」


 和気あいあいとした食卓を囲むのはずいぶん久しぶりだと、アランは思わずにはいられなかった。同行者もいない、たった一人だけの気楽な旅と言えば聞こえはいいが、この旅はあまりにも重い目的を背負っている。気を抜いて語らうなど、本当に久しぶりだった。

 ここは宿屋「ねこのしっぽ」の食堂。夕食には少し時間が早いからか、食事に来ているのはアラン一人だけだった。それをいいことにおしゃべりな宿屋の女将アリーチェ、そしてアリーチェにひきずられた夫のレオンも話に参加して、にぎやかに食事が進んでいた。


「それで?そろそろ別の場所に移動するの?」

「ううん、もうちょっと調べてみたいことがあるんだ。だからまだ部屋はとっておいてもいい?一週間戻ってこなかったらもういいんだけど。」

「なにそれアランちゃん、危ないことするつもりじゃないでしょうね。アランちゃんに何かあったらアリシアさんに顔向けできないわ。」

「大丈夫だって!母さんにもちゃんと説明してあるから!」


 一度迷い込んだが最後抜け出せない…などという不穏な噂の付きまとう森にまさに明日足を踏み入れようとしているだなんて、アリーチェに言えるはずがなかった。できるだけ明日の予定から話を遠ざけようと、このヨーグルトおいしいですね!なんて、アランは大げさに声を上げた。


 幻惑の森。サダルメリク区に古くから存在する大きな森のことを、この国の民はこう呼ぶ。一歩足を踏み入れたが最後自分のいる場所さえ分からなくなり、永遠に森からは抜け出せない――そんな噂が昔から今日こんにちまで伝えられているのだ。そしてその場所はまさに明日、アランが探検してみようと思っていたところだったのである。

 アランは一つの目的を持っていた。救世主の神話によれば、八つの世界樹の雫をひとところに集めたその時、この世を救う救世主が現れるという。そしてその雫とやらは、今は秘宝に姿を変えられ、異空間に封じられているとのことだ。異空間という言葉が比喩にしろ本物にしろ、簡単に見つかるものではあるまい。なにせ神話なのだし。

 ただ有力な手掛かりがその記述しかない今、秘宝を集めていくしか方法はないのである。先ほどの女性との立ち話で、金銀財宝という言葉に思いきり反応した所以はそれだ。宝や宝石、そういったものの中に紛れている可能性もないとは言えない。


 そのことばかりが頭の中を占めていて、正直夫婦との和やかな会話は右から左へと抜けていっている。それでも適当な相槌を打って笑えるというのだから、自分はいつの間にか器用になっていたらしかった。


「ごちそうさまでした!やっぱりおじさんのご飯はおいしいです。」

「お粗末様でした。おいしそうに食べてくれるとやっぱり嬉しいよ。」

「だって本当のことですよ?…もうこんな時間かぁ。そろそろ寝ようかな。」

「明日からまた調査なんでしょ、早く寝ときなさいな。お布団干してふかふかにしておいたから!」

「ありがとうおばさん。じゃ、お言葉に甘えて、おやすみなさい。」


 夫婦の温かい言葉を背に、食堂を後にし寝室へ向かう間にも頭の中に渦巻くのは、幻惑の森の嫌な噂ばかりで。彼らの言葉にどこか上の空といった感じでしか返せなかったのが、少し申し訳ない。


『勇猛果敢であれ、この国を衛る盾であれ。真っ先に、神龍の為に命を投げ打つ者であれ。』

 それが騎士団の武勲であるとはいえ、誰だって恐怖は抱くもの。不穏な噂一つでこんなにも心をかき乱されるというのが、我ながら情けなくてたまらない。

 そんな雑念を振り払うように思いきりベッドに身を投げると、古ぼけた木のベッドがぎぎぎ、と笑うように音を立てた。


 明日のことは、明日考えよう。悩むなんて自分らしくもない。眠りに落ちる直前に、そんなことを考えたように思う。

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