謁見の間

 扉が開くと、其処は別世界だった。――なんて、突飛な言葉が相応しい光景が目の前には広がっていた。


 人工の灯りが一切無い薄暗い空間。ドーム状の天井には一面にガラスが貼られ、それを通して、生い茂る世界樹の木の葉の間からは満天の星空が見える。また空からは柔らかな月の光が優しく差し込み、銀色の光で優しく謁見の間を照らしていた。

 今まで登ってきた階段と同じく、磨き上げられた大理石で作られた床。壁はなく、世界樹の肌が剥き出しになっている。隅の方には月光が届かぬほど広いのか薄暗いが、それが幻想的な雰囲気を作り出している。しんと冷えた空中に揺蕩う小さな蛍のような光が、使者と龍の子の頬をそっと撫でた。

 思わず、美しいと声を零してしまうほどの幻想的な空間だった。こんな用事で、此処に来たのでなければ。


 クレイグが中央に目を向けたと同時に、アランもそれに倣う。中央には、夕霧のような帳が幾重にも垂らされ重ねられた寝台があった。月の光はスポットライトのように、その寝台を薄暗い空間の中から浮かび上がらせている。これだけ広いというのに、どうやらそれ以外のものは置いていないらしい。壁から顔を出す小さな花々が何故か枯れかけているのが気になったものの、寝台の傍に佇んでいた一人の女性の声でアランは我に返った。

 寝台の横に立っていたのは、クレイグと身なりも顔もそっくりな女性だった。優しい瞳の雰囲気が、クレイグにそっくりだ。そして首に刻まれた爪痕も、寸分違わず同じものだった。彼女はふんわりと微笑んで、こちらへと言葉をかけてきた。


「ようこそお出で下さいました、アラン。」

「……騎士団テール第一部隊副隊長アラン・クラウフォード、只今馳せ参じました。」


 名を呼ばれ、反射的に膝を折り跪く。所属とフルネームを言うのは最早癖に近い。式典の度にそうやってきたものだから、身体が覚えてしまっているのだ。深く頭を垂れたままのアランを見て、女性は苦笑する。


「そんなに緊張しなくても…と言いたい所ですが、無理もありませんね。」

「…ソフィア、神龍様は…。」

「お目覚めになっていらっしゃるわ。どうする?」


 先程からずっと跪いたままのアラン。クレイグとソフィアの会話を一応聞いてはいるが、最早右から左へ抜けている。緊張で口内に舌が貼り付いて、言葉も出なければ喋ろうとする気力もないのである。クレイグに肩を叩かれるまで、意識は完全に飛んでいたのかもしれない。


「…アラン?どうかしたかい?」

「は、はい!なんでもございません!」


 思わず上げた声は小さかったものの、悲鳴の様だった。何も言わないクレイグの苦笑を見ながら、やってしまったと内心で頭を抱える羽目になったのはここだけの秘密。寧ろ元々声の大きめな自分が、大声をあげなかっただけ褒めて欲しい。そんなことを悶々と考えているうちに、クレイグはまた言葉を発した。


「アラン。これから神龍様が、君にお話をなさるそうだ。」

「……はい。承知致しました。」


 ついに、ここに来た目的が実行されることとなった。神龍様が自分如きを呼ばれた理由が未だに知らされていないが、不思議と迷いは消え失せていたのだった。もうここまで来たのだ、怖気づいている暇などあるまい。玉砕覚悟、もうどうにでもなれ、である。

 クレイグの声に押され、彼女の顔からは表情が消え失せた。


 ゆっくりと立ち上がると、寝台と少し離れた所で立ち止まり、その場でまた膝を折った。頭を一度垂れた後、顔を上げる。炎の様な深紅の瞳が闇の中で煌々と光り、


静かな空間に、凛とした声が響いた。


「神龍様。アラン・クラウフォード、只今参上致しました。」


 それを合図に、寝台の傍らに立っていたクレイグとソフィアが帳を開けた。

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