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 星を見る時、隣には必ず父がいた。


 私は、冬は父の体温で暖を取り、夏は寄りかかる壁にして星を眺め、その時々、父の横顔を盗み見ていた。


 父の横顔は子供の目で見ても美しく、また子供ながらに色香を意識するほど、男らしかった。その横顔が私の視線によって動かされ、私を見て微笑む時、そこに月の明るさを想像せずにはいられなかった。


 優しく、甘い、微笑み――。


「月から見守っているよ」

 そう言って無理矢理微笑んだ時の父の綺麗だったはずの横顔は。頬が痩せこけて色気を失っていた。






「佐藤? どうした、茫っとして」

 私は私を呼ぶ声に引き寄せられて現実に引き戻された。


「早く食わねぇと、天体観測始まっちまうぞ」

 高橋先輩の一聴だけでは冷たく聞こえる声が、声に似合わない心配そうな顔から発せられていた。私は私を呼び戻した男の顔に一瞬だけ途惑い、ぎこちなく笑って見せた。


「はい。急ぎます。間に合わなかったら先に行ってて下さい」

 現地で調達したテントを見て、私の心は凍り付いていた。それが食欲を奪い、この世にいない人との記憶へと縋らせたのだ。


 そしてそれは、誰にも気付かれたくない事だった。


 笑顔は無残な位に引きっている。鏡を見なくてもわかった。それを正面から見ていながらも探りを入れようとしない一種の冷たさは、高橋先輩の短所であり長所でもあった。


「具合が悪いなら無理するなよ」

 この一言で短所だと言う奴はいなくなるに違いない。少なくとも今の私には高橋先輩の距離感が有り難かった。


 私の父は、私が小学校を卒業する数か月前にこの世を去った。あまりに呆気ない、短い闘病生活だった。いや、私が知らなかっただけで、父は一人でずっと、病と闘っていたのかも知れない。それでも、私にとっては一瞬の事だった。

 職場で倒れて、入院。その数日後には灰になってしまったのだから――。


 父の不在を、永遠の不在を、受け入れる為の心の準備など勿論出来ず、恨む事も出来ず、ただ、ぽっかりと空いた隣、そして時々痛む胸が残された。


 月から見守っている――。力の無い声が風の中に聞こえ、その度に痛む胸を撫でた。そして、痛みを月に向かって訴えるように、私は星空を眺めるのだ。

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