3
私の隣に新田。通路を挟んで川井先輩、高橋先輩の順だ。通路側が良いと言った筈の新田は私を押しのけて窓を眺めているが、「換わろうか」と訊くと大人しく座り直していた。と思ったら、今度は先輩越しに窓の外を眺めている。
「……夏もそんなだったよな」
「いやぁ旅行ってワクワクして落ち着かなくってなぁ」
話し掛けるともなく声を発した私に振り向くと新田はすぐに苦笑した。頬を掻く仕草は照れているように見えて、確かに一人浮かれている姿に羞恥を覚えても仕方ないと思う。が――。
「仏頂面よりは良いだろ」
感情が出てコロコロ変わる表情は見ていて飽きない。何を考えているのか判らないと距離を置かれてしまう私からすれば、新田の素直さは羨ましい物だった。それを言葉にする心算はなかったのだが、ぽつりと零してしまっていた。
新田は聞こえていないかのように正面を見たまま、しかし、私の発言あっての言葉としか思われない事を真剣な眼差しで言った。
「……俺は佐藤みたいに落ち着いてる感じ、好きだけどなぁ」
何気ない一言、それが突き刺さるように思えて、私は俯いてしまった。
「先輩たちも落ち着いてて、一つしか違いないのに、かっこいいなって思うし」
「表情に出ないだけだよ、新田くん。それに本番は夜だからね、移動で疲れたくないのもあるかな」
川井先輩は言いながら飴が入ったの袋の口を新田の方へと向けた。新田は遠慮なく「いっただっきまーす」と袋に手を突っ込んで二つ取り出すと、自分の物のように一つを私に寄こした。
「どうぞ」
「……川井先輩、ありがとうございます」
「俺には?」
「……川井先輩のだろ、これ」
そうだけどさー。と、唇を尖らせながら新田は飴の個包装を破り開ける。透き通った赤色の楕円形が新田の口に放り込まれる。と、途端に甘い匂いが私の鼻腔をくすぐった。色から想像した香りとは違うそれに、新田も首を傾げている。
「先輩、これ……」
言いながら手の中の小さな袋に目を落とす。
「ザクロ?」
新田の素っ頓狂な声に私は彼の手の中を覗き込んだ。確かにザクロの絵がプリントされている。と、私ははっとして新田に渡された飴の袋を確認した。新田の視線も私の掌に向けられた。
「はちみつと生姜……」
と、声にして確認しながら見やすいようにと新田の方へ掌を少しだけ向けてやった。
「変わり種っすね……」
ぽつりと言った新田の声に川井先輩は肩で笑った。
「好みもあるだろうけど、不味くはないだろ?」
「ちなみに高橋先輩は……?」
「……キンカン」
「普通っすね」
普通、と言われた高橋先輩は何が可笑しかったのか、一人静かに笑っている。その姿は絵になっていて、さすがは彼女持ちだと思った。――羨ましい、とも。
他愛ない話しをしているうちに高橋先輩が睡魔にノックアウトされ、私もいつの間にか眠ってしまっていた。目を覚ました時には新田一人が爆睡していて、到着したからと起こしたら「みんな眠っちゃって暇だったんですからね!」と怒られた。しかし、その顔はすぐに笑顔に変わり、私の心に妙な懐かしさを置いて残していった。
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