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「さて、皆さん。ついにこの日がやってきました!」

 その声に会員全員の視線が集まった。声の主――会長の川井先輩は視線を一身に浴びてやや赤くなる。その赤さが緊張か興奮かを私が判断するより前に、川井先輩は続けた。


「夏のリベンジと行こう!」

 夏――天文学同好会は夏と冬の長期休暇にイベントを設けていた。そのイベントに参加する為の資金集めに、会員たちは同好会より優先してアルバイトをしていて、それが活動が低頻度になる理由だった。そして、川井先輩が言う「夏」とは、今年の夏を指す。


「悪天候でしたからね」

 と、会員全員が知っている説明不要な事を態々言ったのは私と同学年の新田にっただ。

 彼の言う通り、三年の先輩にとっては最後の活動だった夏の天体観測旅行は、夕方から急に降り出した雨によって、男五人がただ旅館に泊まるだけのイベントになってしまったのだった。


「なに、毎年夏よりも冬の方がメインなんだ」

 だから問題ない。そう言い聞かせるように副会長の高橋先輩は言ったが、その顔は苦みを隠せていなかった。なぜなら、今年の夏は特別だったからだ。しかし、過ぎた事を言っても仕方がないのも事実だ。


 私は旅行鞄を肩に掛け直し、そっと新田の横顔を盗み見た。と、その目が図らずも合ってしまい、私は誤魔化すように新田より先まで視線を流した。その先には「一応」顧問である片倉の、座学の教師にしてはしっかりしている長身があった。この男は顧問というより一会員で、しかし、今回のイベントには不参加の筈だった。


「シンちゃん、何でいるの?」

 私の視線に気付いたのだろう新田が片倉に問う。「シンちゃん」とは片倉の下の名前を音読みにした、いわゆるあだ名と言うやつだった。百八十を超える「巨体」の「巨」から来ていると言う噂もあるが、野球部の先輩には百九十を超えて且つ横にも大きい人もいると言うから、前者の方が正確だろう。


「見送りにね。きみらなら心配ないだろうけど、騒いで周りに迷惑をかけないように」

「注意しに来たのかよー」

 新田は笑いながら片倉の脇腹をこずく。それでも笑みを絶やさない友達感覚のこの教師は、自身が担任しているクラスの生徒からは人気があるようだった。


 ちなみに、クラスが違う私は未だに長身による圧が苦手で、間違っても「シンちゃん」などとは呼べない。頭の中では呼び捨てだが、口に出す時は必ず「先生」を付ける。


「大丈夫ですよ、シンちゃん先生。夏だって心配になるくらい静かだったでしょう?」

 と言ったのは川井先輩だ。「シンちゃん呼び」は先輩たちにもすっかり馴染んでいる。シンちゃんと呼ばれた片倉はやっぱり気にしていない、と言うより、むしろ嬉しそうにしている。


 そんな片倉と別れて、天文学同好会のメンバーは新幹線に乗り込んだ。

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