「道?」


「行こう」

グツが言った。それから、グツは弱っているポイを背中におんぶした。

身軽な先頭の子はどんどん進んでいく。

5分くらい進んだ時「道」と言っていたものが現れた。幅が3メートルくらい。そこに降り立つと、それは両方向に果てしなく続いているようだった。


あれ? オレ、これを見たことがある。足元には灰色の細かい土、じゃなくて火山灰。

「これ、この間発見した遺跡に繋がってる。たぶん」

「えっ」

オレの言葉にニーナが驚いた。

「オレ、初めてエバンと劉に案内されたとき、この道ってゆーか堀ってゆーか、これに落ちたんだよ」

師匠が言ってたっけ。古代人はカンデラバースニウムから水を得て灌漑設備を作っていたって。この道は灌漑設備、きっと水路だ。


「じゃ、これを辿って遺跡に行けるんだね」


ニーナは若干嬉しそうに言ったが、どっちが遺跡に繋がっているかなんて分からない。

オレはスマホでコンパスを表示させた。確か、カンデラバースニウムの発掘場所は、遺跡よりもやや北東にあった。だから南西に行けばいい。確かそんなに離れていないはず。


が、南西方向に行ったら、体感5分歩いたところで、行き止まりだった。

暗闇の中、一瞬見えた可能性の光が消えた。

足が火山灰に埋まる。体力を消耗する。


ふとポイを見ると目が閉じている。

まさか。

恐くなって、オレはポイのところに駆け寄った。

「気を失ってる。きっと貧血」

グツがオレを安心させた。

でも、安心してなんていられない。このままポイが出血多量で命を落としたら……。その想像に背筋を冷たいものが走った。そうしたら、直接ではなくても、ニーナがポイの命を奪ったことになる。


そんなことさせてたまるか!


「グツ、交代」

オレはリュックをニーナに渡し、ポイをおんぶした。小さな体は温かくて、確かに呼吸している。よかった。


「ポイ、絶対助けるからな」


返事をしないポイに語りかける。ってか、自分に言い聞かせた。

ストリートチルドレンは逞しくて、水路を反対方向に歩き始めていた。心身共にタフ。しゃべったり笑ったり。ニーナはポルトガル語で遺跡について話し、ときどきオレに通訳してくれた。


ぶぶぶぶ


そのとき、オレのスマホが着信を告げた。オレはポイをおんぶしていたから、ニーナに操作してもらって耳にあてがってもらう。

「はい」

『アホユウ、大丈夫だった?』

ババア、信じられなねータイミングで電話かけてくるな。

「大丈夫じゃない」

『あと3時間くらいで攻撃されるんでしょ? 

 お父さんと2人で国境まで来たのに、お父さん、ソイル国に入れなくって』

ん? なんで親父だけが?

「お母さんは入れたの?」

『ダメっていわれたから、ちょっと離れた所から勝手に入っちゃった♪』

入っちゃった♪じゃねーよ。

「で、お父さんは」

『役人と喋ってたから置いてきちゃった。ねえ、アホユウは今、どこにいるの?』

すっげー気楽だよな。


「洞窟ん中。警察から逃げてる」


『ちょっと、何やってくれたの!』

「いろいろ」

『今行くから、場所教えなさい』

「あー、ちょっとムリじゃね? 車ないっしょ」

『そんなん、どうにでもするから。ちょっと、どこなの? ねえ』

あーうるさ。


プッ


オレは頬でスマホの電話を強制終了。

「ニーナ、電源切っといて」

「高橋、お母さん、心配してるんでしょ?」

ニーナの声は疲れて始めていた。

「詳しく話せねーじゃん」

暗闇の中を歩いていて、オレなんて精神的にキテるってのに。ストリートチルドレンってさ、もっとキツイこといっぱいあったんかな。こいつらぜんぜん諦めてねーし。参ってねーし。


「グツー」

12歳くらいの子が反対方向の先の方を指差した。懐中電灯を点けているから気づかなかった。薄らと明るいかもしれない。ほんの微かに。

グツの指示で懐中電灯を一斉に消してみた。やっぱり。

僅かな明るさにまた希望の光が差す。オレたちは再び歩き続けた。どれくらい遠いのか、どれくらい近いのかも分からないのに。

すぐだった。たぶん1キロも歩いていない。

ほんのり明るかった場所は岩壁から点々と光がもれていた。光が漏れているのは高さ2.5メートルくらいの部分。なんて微妙な高さ。その向こうは外なんだ。

つるはし、持ってくればよかった。ごろごろしてたよな。


とりあえず、そっとポイを下ろして横たわらせる。頼む。頑張ってくれ。

「ニーナ、やっぱさ、ニーナは戻って。

 もうだいぶ経ってるだろうから、穴から出るところは見られないと思う。

 もし誰もいなくても、電話して迎えに来てもらえばいい」

「みんなは?」

「オレは、この光んとこからなんとか出る」

グツは点々と光が差し込む岩肌を指差した。出られないかもしれないのに。

「じゃ私もそうする」

ニーナ、強情。


オレは再びスマホの電源を入れた。岳ちゃんに電話して、今の自分の状況を伝えた。岳ちゃんと師匠はオレに何度も電話したが、電波が届かなかっらしい。母が電話をしてきたのは、本当に絶妙だったわけだ。


岳ちゃんの報告では、最初に保護されたのは莉那ちゃん。日本大使館付近で車から降ろされたらしく、日本大使館に助けを求めた。

次に保護されたのはハナ。山の中を歩いていたところを警察に見つけてもらった。

劉は人質として銃を突き付けられ、交渉に時間がかかったが解放された。車で逃げた一味は、イーストソイル国の道路で捕まった。劉は、犯人の顔の確認やらなんやらで、今も警察にいるらしい。

オレは三十二人のストリートチルドレンが三つに分かれて、そのうちの一チームと一緒に洞窟にいること、一人が怪我をして重傷ってことを伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る