救いの女神たち

それにしても、この国、どうしてまだ警察が来ないんだ? 遅すぎるだろ。一般市民のオレらがそんなにスピードの出ないスーパーカブで迂回しながら来てからかなり経つ。


それよりどうする。

さっき劉に言いかけたんだけどさ、オレ、ポルトガル語分かんねーよ。どーすんだよ。ストリートチルドレンにどうやって伝えんだよ。

弱冠不安になりながら、洞窟に入って行く。カンデラバースニウムが発見されて三週間しか経っていないんだ。大して穴はでかくも複雑でもないだろう。

と思ったら、なんか、真っ暗で先の方が見えないんっすけど。


そして思い出す。遺跡が発見された後、返しそびれていたペンライトがリュックの中に入っていることを。


そーじゃん。


ポチッ


おお、明るい! 

ところでさ、ストリートチルドレンが持ってる拳銃って、実弾入りなんだよな?

もしかして、人質交換申し出た方が良かったんじゃねーの? 劉の話じゃ、人質は殺されないってことだし、警察はすぐ来るだろうから。って、すぐっていつだよ。


洞窟の中はひんやりと涼しい。恐る恐る進んでいく。

誰もいねーじゃん。


「おーい。警察が来るから逃げろー」


控えめに言ってみた。いくら英語が通じないって言っても「警察」と「逃げろ」って単語くらい通じるだろう。今はソイル国の街で暮らしてるわけだから。


しっかし、この穴、どこまで続いてんだ? とても昨日今日掘っただけって思えないんだけど。掘った痕に年季が入ってる気がする。掘りたてって感じじゃなく。足元なんてさ、踏み固められててかてかになってる。壁も天井もしっかりと同じ幅でトンネル状。歩きやすい。


エバンと劉に連れて行ってもらった滝のカーテンの後ろの洞窟とぜんぜんちげ―じゃん。カンデラバースニウムが見つかったのは最近でも、探し始めてからはかなり経ってるってことか。


ところどころ、枝分かれのように道がある。その道はメインよりは若干狭いが難なく歩ける。さらに、つるはしやスコップ、一輪車、段ボール箱があっちにもこっちにも置かれている。片付けろよ。なにごとにおいても大らかなんだろーなー。


「おーい、警察が来るから逃げろー」

もう一度声を出してみたが、虚しくオレの声が響くだけ。

どこ行ったんだ? ストリートチルドレン。それからニーナ。

「急げ―。早くしないと危険だぞー」


と、突然、目の前に拳銃を構えた子供が立った。距離五メートル。


「違う。オレはライトブルーソルジャーじゃない」


とりあえずオレは両手を上げた。懐中電灯が上を向き、光が天井を照らす。

くそっ。何のためにオレ、拳銃渡されたんだよ。ダサすぎ。

心の中で「ライトブルーソルジャー狩りは明日からだから大丈夫」と言い聞かせるものの、がくがくと足が震える。

相手の持つ懐中電灯の光が容赦なくオレの顔を襲う。


眩しさに目を細めながら前を見ると、拳銃を構えながら近づいてきた子供は、バス停でオレに「ニーハオ」と声をかけてきたストリートチルドレンだった。


「パンのジャパニーズ」


向こうもオレのことを覚えていた。

「警察が来る。逃げろ」

オレは両手を上げたまま、ゆっくりと発音した。通じろ。通じてくれ。


ドギュンッ


「うわっ」


突然、ストリートチルドレンが足を押さえて蹲る。懐中電灯が転がった。光が洞窟の壁、天井、足元と慌ただしく照らす場所を変える。両手を上げていたオレは、ペンライトを前方に向けた。


ドギュンッ


「やめろっ。ニーナ」


目の前には拳銃を持ったニーナがいた。


オレはストリートチルドレンに覆いかぶさる。

拳銃を下ろしたニーナは「高橋」と力なく言った。

ストリートチルドレンの足から、まるで湧き出るようにどくどくと血が流れる。洞窟内に血の匂いが充満する。

その瞬間、胸の奥が痙攣して、胃から何かがせりあがってきた。

「うっ」


おえーーーー


オレは、胃の中のものをざばーっと通路の隅にぶちまけた。苦手なんだよ。スプラッタ。

「高橋、大丈夫?」

「オレはいいから、それより、その子」

「高橋を殺そうとしたんだよ」

ニーナは抜かりなくストリートチルドレンから拳銃を奪い取っていた。

「とにかく、血を」

オレはリュックの中から止血できるものを探した。ねーよ。んなもん。こんな事態、誰が想定するか。


ばっ


ニーナは着ていたTシャツを脱いだ。

うわっっと、と、なーんだ。もう一枚着てたんだ。残念。

ニーナはTシャツの下に黒のぴっちりとしたランニングを着ていた。脱いだTシャツを血が流れる足の付け根に近い方で固く縛った。

「こうなったら、警察に助けてもらうしかない」

オレは提案した。

「だめ。まだストリートチルドレンがいる。この子だけなら、一緒に警察に行けば助けてもらえるかもしれない。でも、他の子は銃を持ってるってバレたら殺される。警察だって撃たれるかも」


「ニーナはここへ何しに来た?」

まずそれだよ。莉那ちゃんとハナを追って来たはず。

「莉那とハナについてきたら、

 そこにストリートチルドレンがトラックでたくさん運ばれてきて。

 明日、ライトブルーソルジャーを殺したら

 1000カイン報酬を渡すって言われてた。拳銃の使い方を教わってて。

 だから、止めなきゃって思って」

オレはストリートチルドレンの血を自分の服の裾で拭った。気休めにしかならない。オレのTシャツの裾は光なんて届かなくても血がついてるって分かる。ぬらっとした感触を腹の部分に感じた。


「名前は?」

オレの問いかけに、ストリートチルドレンは「ポイ」と答えた。

「ポイか」

ニーナは何かポイに話しかける。どうもポルトガル語らしい。

「なんて?」

「ポイってね、ソイル語で『ゴミ』って意味なの。

 だから、本当にその名前なのって訊いてみた」

「嘘だろ」

「ゴミ捨て場に捨てられてたのを拾われたんだって。

 それでポイって呼ばれてるって」

なんか、すっげー悲しい。名前って、そーゆーもんじゃねーじゃん。

「ニーナ、洞窟に何人いるか訊いて。どこにいるのかも」

また、ニーナはペラペラと話す。

「11人って。連れてこられたのは32人。でもそのうちの10人くらいは、銃を売ろうって、他の10人くらいは銃があれば人を脅してお金を巻き上げられるって。逃げなかった残りがここにいるみたい。私、何人かこっそり逃げて行くところを見た」


「なんで逃げねーんだよ。逃げろよ。逃げてくれよ」


ポイは時々「うっ」っと激痛に耐えながらニーナと話す。

「ポイを拾った子がね、残ることを選んだみたい。

 ここに残っているグループのボスなんだって」

「派閥があるのか。じゃさ、そのボスに逃げろって言えばいーんだな。分かった」

こんなところに女の子を置いておくわけにいかない。か弱くないけど。むしろ、拳銃ぶっぱなしたくらい。

「さっきの銃声で、もう、この辺に来てるかも」

ニーナはオレのペンライトで辺りを照らした。まるで虫か何かを呼び寄せるように。

「ニーナ、この子ならおんぶできるだろ? 

 ここを出て助けてもらって。すぐに警察が来る」

 オレは紳士的に提案したつもりだった。

「それは高橋がすることじゃない? 高橋はソイル語もポルトガル語も喋れない」

「『警察』と『逃げろ』で通じるだろ」

「通じなかったから拳銃を向けられたんでしょ」

ぐうの音も出ねーじゃん。

「ここにいたら危ない」


「だから逃げて、高橋。これは私たちの国で起こったことなの」


「かんけーねーよ。そんなん」


押し問答は終止符を打った。

「グツに会わなきゃ」

「グツ?」

「この子達のボスの名前。ソイル語で人殺しの意味」

っんでそんな名前なんだよ。

「グツ。グーツ」

オレは大きな声でグツの名を呼んだ。

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