救いの女神たち
①
それにしても、この国、どうしてまだ警察が来ないんだ? 遅すぎるだろ。一般市民のオレらがそんなにスピードの出ないスーパーカブで迂回しながら来てからかなり経つ。
それよりどうする。
さっき劉に言いかけたんだけどさ、オレ、ポルトガル語分かんねーよ。どーすんだよ。ストリートチルドレンにどうやって伝えんだよ。
弱冠不安になりながら、洞窟に入って行く。カンデラバースニウムが発見されて三週間しか経っていないんだ。大して穴はでかくも複雑でもないだろう。
と思ったら、なんか、真っ暗で先の方が見えないんっすけど。
そして思い出す。遺跡が発見された後、返しそびれていたペンライトがリュックの中に入っていることを。
そーじゃん。
ポチッ
おお、明るい!
ところでさ、ストリートチルドレンが持ってる拳銃って、実弾入りなんだよな?
もしかして、人質交換申し出た方が良かったんじゃねーの? 劉の話じゃ、人質は殺されないってことだし、警察はすぐ来るだろうから。って、すぐっていつだよ。
洞窟の中はひんやりと涼しい。恐る恐る進んでいく。
誰もいねーじゃん。
「おーい。警察が来るから逃げろー」
控えめに言ってみた。いくら英語が通じないって言っても「警察」と「逃げろ」って単語くらい通じるだろう。今はソイル国の街で暮らしてるわけだから。
しっかし、この穴、どこまで続いてんだ? とても昨日今日掘っただけって思えないんだけど。掘った痕に年季が入ってる気がする。掘りたてって感じじゃなく。足元なんてさ、踏み固められててかてかになってる。壁も天井もしっかりと同じ幅でトンネル状。歩きやすい。
エバンと劉に連れて行ってもらった滝のカーテンの後ろの洞窟とぜんぜんちげ―じゃん。カンデラバースニウムが見つかったのは最近でも、探し始めてからはかなり経ってるってことか。
ところどころ、枝分かれのように道がある。その道はメインよりは若干狭いが難なく歩ける。さらに、つるはしやスコップ、一輪車、段ボール箱があっちにもこっちにも置かれている。片付けろよ。なにごとにおいても大らかなんだろーなー。
「おーい、警察が来るから逃げろー」
もう一度声を出してみたが、虚しくオレの声が響くだけ。
どこ行ったんだ? ストリートチルドレン。それからニーナ。
「急げ―。早くしないと危険だぞー」
と、突然、目の前に拳銃を構えた子供が立った。距離五メートル。
「違う。オレはライトブルーソルジャーじゃない」
とりあえずオレは両手を上げた。懐中電灯が上を向き、光が天井を照らす。
くそっ。何のためにオレ、拳銃渡されたんだよ。ダサすぎ。
心の中で「ライトブルーソルジャー狩りは明日からだから大丈夫」と言い聞かせるものの、がくがくと足が震える。
相手の持つ懐中電灯の光が容赦なくオレの顔を襲う。
眩しさに目を細めながら前を見ると、拳銃を構えながら近づいてきた子供は、バス停でオレに「ニーハオ」と声をかけてきたストリートチルドレンだった。
「パンのジャパニーズ」
向こうもオレのことを覚えていた。
「警察が来る。逃げろ」
オレは両手を上げたまま、ゆっくりと発音した。通じろ。通じてくれ。
ドギュンッ
「うわっ」
突然、ストリートチルドレンが足を押さえて蹲る。懐中電灯が転がった。光が洞窟の壁、天井、足元と慌ただしく照らす場所を変える。両手を上げていたオレは、ペンライトを前方に向けた。
ドギュンッ
「やめろっ。ニーナ」
目の前には拳銃を持ったニーナがいた。
オレはストリートチルドレンに覆いかぶさる。
拳銃を下ろしたニーナは「高橋」と力なく言った。
ストリートチルドレンの足から、まるで湧き出るようにどくどくと血が流れる。洞窟内に血の匂いが充満する。
その瞬間、胸の奥が痙攣して、胃から何かがせりあがってきた。
「うっ」
おえーーーー
オレは、胃の中のものをざばーっと通路の隅にぶちまけた。苦手なんだよ。スプラッタ。
「高橋、大丈夫?」
「オレはいいから、それより、その子」
「高橋を殺そうとしたんだよ」
ニーナは抜かりなくストリートチルドレンから拳銃を奪い取っていた。
「とにかく、血を」
オレはリュックの中から止血できるものを探した。ねーよ。んなもん。こんな事態、誰が想定するか。
ばっ
ニーナは着ていたTシャツを脱いだ。
うわっっと、と、なーんだ。もう一枚着てたんだ。残念。
ニーナはTシャツの下に黒のぴっちりとしたランニングを着ていた。脱いだTシャツを血が流れる足の付け根に近い方で固く縛った。
「こうなったら、警察に助けてもらうしかない」
オレは提案した。
「だめ。まだストリートチルドレンがいる。この子だけなら、一緒に警察に行けば助けてもらえるかもしれない。でも、他の子は銃を持ってるってバレたら殺される。警察だって撃たれるかも」
「ニーナはここへ何しに来た?」
まずそれだよ。莉那ちゃんとハナを追って来たはず。
「莉那とハナについてきたら、
そこにストリートチルドレンがトラックでたくさん運ばれてきて。
明日、ライトブルーソルジャーを殺したら
1000カイン報酬を渡すって言われてた。拳銃の使い方を教わってて。
だから、止めなきゃって思って」
オレはストリートチルドレンの血を自分の服の裾で拭った。気休めにしかならない。オレのTシャツの裾は光なんて届かなくても血がついてるって分かる。ぬらっとした感触を腹の部分に感じた。
「名前は?」
オレの問いかけに、ストリートチルドレンは「ポイ」と答えた。
「ポイか」
ニーナは何かポイに話しかける。どうもポルトガル語らしい。
「なんて?」
「ポイってね、ソイル語で『ゴミ』って意味なの。
だから、本当にその名前なのって訊いてみた」
「嘘だろ」
「ゴミ捨て場に捨てられてたのを拾われたんだって。
それでポイって呼ばれてるって」
なんか、すっげー悲しい。名前って、そーゆーもんじゃねーじゃん。
「ニーナ、洞窟に何人いるか訊いて。どこにいるのかも」
また、ニーナはペラペラと話す。
「11人って。連れてこられたのは32人。でもそのうちの10人くらいは、銃を売ろうって、他の10人くらいは銃があれば人を脅してお金を巻き上げられるって。逃げなかった残りがここにいるみたい。私、何人かこっそり逃げて行くところを見た」
「なんで逃げねーんだよ。逃げろよ。逃げてくれよ」
ポイは時々「うっ」っと激痛に耐えながらニーナと話す。
「ポイを拾った子がね、残ることを選んだみたい。
ここに残っているグループのボスなんだって」
「派閥があるのか。じゃさ、そのボスに逃げろって言えばいーんだな。分かった」
こんなところに女の子を置いておくわけにいかない。か弱くないけど。むしろ、拳銃ぶっぱなしたくらい。
「さっきの銃声で、もう、この辺に来てるかも」
ニーナはオレのペンライトで辺りを照らした。まるで虫か何かを呼び寄せるように。
「ニーナ、この子ならおんぶできるだろ?
ここを出て助けてもらって。すぐに警察が来る」
オレは紳士的に提案したつもりだった。
「それは高橋がすることじゃない? 高橋はソイル語もポルトガル語も喋れない」
「『警察』と『逃げろ』で通じるだろ」
「通じなかったから拳銃を向けられたんでしょ」
ぐうの音も出ねーじゃん。
「ここにいたら危ない」
「だから逃げて、高橋。これは私たちの国で起こったことなの」
「かんけーねーよ。そんなん」
押し問答は終止符を打った。
「グツに会わなきゃ」
「グツ?」
「この子達のボスの名前。ソイル語で人殺しの意味」
っんでそんな名前なんだよ。
「グツ。グーツ」
オレは大きな声でグツの名を呼んだ。
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