安全なところに隠れてんじゃねねーの? ナイジェルに連絡した時と同じ場所にいるなら通じるはずだろ?

「ニーナと繋がんない」


「あいつ……」

劉は苦虫を噛み殺したみたいな顔をした。

「ニーナ、見つかったのかも。莉那ちゃんとハナと一緒かも」


「ストリートチルドレンがいない」


「え?」

「あいつらって大勢だから、たいてい誰かは喋ってて。

 なのに子供の声が聞こえない」

劉は小屋に目をやった。

「あそこに乗り込む?」

「まさか。中を探るだけ。高橋は恐かったらここにいろ」

「オレも行く」


恐い。それでも同い歳の劉が行くってのに、オレが怯むわけにいかねーじゃん。

草の間を這うようにして、小屋に近づいた。中を覗きたかったが、相手に見つかるといけない。声だけ聞いた。数人の男の声。英語じゃない。たぶんポルトガル語。

言葉が分からないことを伝えようと劉の方を見ると、劉は真剣に会話を聞いているようだった。

しばらくすると、劉はさっきまでいたジープの後ろを指差した。

戻るのか?


ジープの陰に戻ると、劉はテントの中での会話を説明してくれた。

「声からして10人くらいいた。

 どうもライトブルーソルジャーのコスプレをしてる」

「コスプレ?」

「ライトブルーソルジャーになれば街で自由に出歩けるって」

「ストリートチルドレンに狩られるじゃん」

「ライトブルーソルジャー狩りは明日かららしい。今は洞窟で遊んでるってさ」

つまり、ここにいるボーダー・ナイツ(推測)は明日はもうここから逃げてるってことか。

 

「莉那ちゃんとハナは?」

「日本人の子供は日本大使館の近くに誰かが連れて行ったって」

「よかった。じゃ、莉那ちゃんとハナは無事か」

「日本大使館の方に連れて行かれたのは1人だけ。

 たぶん莉那の方。莉那は背が低いから、この国じゃ小学生に見える」

「あんな胸でけーのに?」

しまった。

「ま、この国じゃ、あれくらいは多い」

意外とスルー。


「あの中にハナがいる。

 ソイル国の人間だと政府が金を用意しない可能性があるから、

 国際問題になるように、あいつらはわざと日本人を人質にした」


「くそっ。卑怯な」

そしてふと気づく。ここに来るまで、この近辺ではライトブルーソルジャーを見かけていない。攻撃予告をされて全員街にいるのか? おかしい。だったらライトブルーソルジャー狩りは街で行われるはずだ。わざわざストリートチルドレンをここまで運ぶなんてしない。

「警備のライトブルーソルジャーがいない。あいつらに捕まった?」

「日曜日だから」

「は?」


「公務員だから基本、土日は休み。

 だから、ストリートチルドレンを洞窟内に潜ませておいて、

 月曜日に殺させるんだろ」


「きったねー。で、ニーナのことは?」

「なにも言ってなかった。捕まってもいないと思う」

「じゃ、どこに。莉那ちゃんが連れて行かれた車に乗って日本大使館とか」

「ハナが残っているなら、ニーナは帰らないと思う」

そうだ。危険を察して車に隠れ潜んだくらいだもんな。

「ストリートチルドレンはどうする。洞窟に入って説得すんの?

 でも、その前にハナを助けないと」

ストリートチルドレンが狩りを始めるのは明日の朝。ハナが危険なのは今。


「オレはハナと人質交換を申し出る」


劉はとんでもないことを言った。

「なに言ってるんだ!」


「オレはチャイニーズ。国籍はソイル国でも。

 ソイル国にとってもイーストソイル国にとっても

 中国は絶対に敵にしたくない大国だ。殺されない」


「そんな危険を侵さなくても、ナイジェルが知らせたからすぐに警察が来る」


「その前に酷いことされたらどうする。

 命だけあれば人質交渉なんてできる。

 女の子は命があったって、精神的に殺されるかもしれない。

 攫われてから一時間で助かったなら人は疑わない。

 でもさ、時間が経てば経つほど、

 みんながレイプされたんじゃないかって憶測する。

 そうなったら何もなくても、社会に人生を殺される」


話ながら、劉はオレに拳銃を渡してくる。さっき、タブソンショッピングセンターに残されていたもの。

「弾、ねーじゃん」

「脅せる」

劉の目は、もう、小屋に焦点を合わせている。

「劉、考えよう」

「そんな時間あるかよ。

 いいか、ハナがテントから出て来たら、車の轍に沿って逃げろって。

 もう警察がすぐ傍まで来てるだろうから、きっと助かる。

 高橋、ストリートチルドレンに警察が来るから逃げろって伝えて。

 頼む」

「そんな、オレ、ポルトガ……」

言葉が通じないって言う間もなく、劉は小屋に向かって走って行った。


「ニーハオ!」

小屋の前で、劉は両手を上げ大声を出した。

扉から数人の男が出てきた。もう、ポルトガル語だらけで何を言い合っているのか意味不明。

劉は壁に体の腹側を押し付けられ、一番にポケットからスマホを奪われた。危険なのもを持っていないか乱暴に体を触られ、銃を突きつけられたまま中に入って行った。

あいつ、すげーな。

しばらくすると、ハナが出てきた。

「劉、劉!」

泣きながら小屋の扉をドンドンと叩く。

オレはジープの陰から小さな声で「ブス」と呼んだ。

「高橋クン!」

「しっ」

顔の前に人差指を立てて声を出すなと示す。

「劉が、劉が……」

「警察がこっちに向かってると思う。だから大丈夫。

 車の車輪の痕に沿って逃げて」

「うん。逃げよ」

ハナはオレの腕を掴む。


「オレはニーナを探す」


「えっ? ニーナ? ニーナもいるの?」

「警察には、ニーナとオレのことを話すな。絶対に」

「どーして」

「お前はとにかく走れ」

「分かった」

ハナは車の轍を辿って走り始めた。

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