⑥
安全なところに隠れてんじゃねねーの? ナイジェルに連絡した時と同じ場所にいるなら通じるはずだろ?
「ニーナと繋がんない」
「あいつ……」
劉は苦虫を噛み殺したみたいな顔をした。
「ニーナ、見つかったのかも。莉那ちゃんとハナと一緒かも」
「ストリートチルドレンがいない」
「え?」
「あいつらって大勢だから、たいてい誰かは喋ってて。
なのに子供の声が聞こえない」
劉は小屋に目をやった。
「あそこに乗り込む?」
「まさか。中を探るだけ。高橋は恐かったらここにいろ」
「オレも行く」
恐い。それでも同い歳の劉が行くってのに、オレが怯むわけにいかねーじゃん。
草の間を這うようにして、小屋に近づいた。中を覗きたかったが、相手に見つかるといけない。声だけ聞いた。数人の男の声。英語じゃない。たぶんポルトガル語。
言葉が分からないことを伝えようと劉の方を見ると、劉は真剣に会話を聞いているようだった。
しばらくすると、劉はさっきまでいたジープの後ろを指差した。
戻るのか?
ジープの陰に戻ると、劉はテントの中での会話を説明してくれた。
「声からして10人くらいいた。
どうもライトブルーソルジャーのコスプレをしてる」
「コスプレ?」
「ライトブルーソルジャーになれば街で自由に出歩けるって」
「ストリートチルドレンに狩られるじゃん」
「ライトブルーソルジャー狩りは明日かららしい。今は洞窟で遊んでるってさ」
つまり、ここにいるボーダー・ナイツ(推測)は明日はもうここから逃げてるってことか。
「莉那ちゃんとハナは?」
「日本人の子供は日本大使館の近くに誰かが連れて行ったって」
「よかった。じゃ、莉那ちゃんとハナは無事か」
「日本大使館の方に連れて行かれたのは1人だけ。
たぶん莉那の方。莉那は背が低いから、この国じゃ小学生に見える」
「あんな胸でけーのに?」
しまった。
「ま、この国じゃ、あれくらいは多い」
意外とスルー。
「あの中にハナがいる。
ソイル国の人間だと政府が金を用意しない可能性があるから、
国際問題になるように、あいつらはわざと日本人を人質にした」
「くそっ。卑怯な」
そしてふと気づく。ここに来るまで、この近辺ではライトブルーソルジャーを見かけていない。攻撃予告をされて全員街にいるのか? おかしい。だったらライトブルーソルジャー狩りは街で行われるはずだ。わざわざストリートチルドレンをここまで運ぶなんてしない。
「警備のライトブルーソルジャーがいない。あいつらに捕まった?」
「日曜日だから」
「は?」
「公務員だから基本、土日は休み。
だから、ストリートチルドレンを洞窟内に潜ませておいて、
月曜日に殺させるんだろ」
「きったねー。で、ニーナのことは?」
「なにも言ってなかった。捕まってもいないと思う」
「じゃ、どこに。莉那ちゃんが連れて行かれた車に乗って日本大使館とか」
「ハナが残っているなら、ニーナは帰らないと思う」
そうだ。危険を察して車に隠れ潜んだくらいだもんな。
「ストリートチルドレンはどうする。洞窟に入って説得すんの?
でも、その前にハナを助けないと」
ストリートチルドレンが狩りを始めるのは明日の朝。ハナが危険なのは今。
「オレはハナと人質交換を申し出る」
劉はとんでもないことを言った。
「なに言ってるんだ!」
「オレはチャイニーズ。国籍はソイル国でも。
ソイル国にとってもイーストソイル国にとっても
中国は絶対に敵にしたくない大国だ。殺されない」
「そんな危険を侵さなくても、ナイジェルが知らせたからすぐに警察が来る」
「その前に酷いことされたらどうする。
命だけあれば人質交渉なんてできる。
女の子は命があったって、精神的に殺されるかもしれない。
攫われてから一時間で助かったなら人は疑わない。
でもさ、時間が経てば経つほど、
みんながレイプされたんじゃないかって憶測する。
そうなったら何もなくても、社会に人生を殺される」
話ながら、劉はオレに拳銃を渡してくる。さっき、タブソンショッピングセンターに残されていたもの。
「弾、ねーじゃん」
「脅せる」
劉の目は、もう、小屋に焦点を合わせている。
「劉、考えよう」
「そんな時間あるかよ。
いいか、ハナがテントから出て来たら、車の轍に沿って逃げろって。
もう警察がすぐ傍まで来てるだろうから、きっと助かる。
高橋、ストリートチルドレンに警察が来るから逃げろって伝えて。
頼む」
「そんな、オレ、ポルトガ……」
言葉が通じないって言う間もなく、劉は小屋に向かって走って行った。
「ニーハオ!」
小屋の前で、劉は両手を上げ大声を出した。
扉から数人の男が出てきた。もう、ポルトガル語だらけで何を言い合っているのか意味不明。
劉は壁に体の腹側を押し付けられ、一番にポケットからスマホを奪われた。危険なのもを持っていないか乱暴に体を触られ、銃を突きつけられたまま中に入って行った。
あいつ、すげーな。
しばらくすると、ハナが出てきた。
「劉、劉!」
泣きながら小屋の扉をドンドンと叩く。
オレはジープの陰から小さな声で「ブス」と呼んだ。
「高橋クン!」
「しっ」
顔の前に人差指を立てて声を出すなと示す。
「劉が、劉が……」
「警察がこっちに向かってると思う。だから大丈夫。
車の車輪の痕に沿って逃げて」
「うん。逃げよ」
ハナはオレの腕を掴む。
「オレはニーナを探す」
「えっ? ニーナ? ニーナもいるの?」
「警察には、ニーナとオレのことを話すな。絶対に」
「どーして」
「お前はとにかく走れ」
「分かった」
ハナは車の轍を辿って走り始めた。
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