廃墟と化したタブソンショッピングセンター。周りには警備のライトブルーソルジャーがいたから、劉が知る「ツウ」の道を使った。

元はピンク色だったと思われる壁の色はすっかり剥げて薄汚れ、一部壁が剥がれかけている。もともとはイギリス軍の兵士が利用したらしく、街はずれの商店なんかに比べれば、使えないほど古くは見えない。


それにしても劉、ストリートチルドレンのアジトなんかに入ったことあるなんて。どーゆーヤツなわけ? 普通、身ぐるみ剥がされるんじゃねーの? オレがあいつらに体中掴まれたみたいにさ。


バイクを止め、劉はこれでもかってくらいの頑丈そうな鎖で道路標識に繋いだ。盗難防止だろう。

建物の中へ足を踏み入れる。劉は迷わず進んでいく。どこにみんなが集まっているのか知っている風だ。

「ヘイ! ヘイ! 誰か」

劉が声を張り上げながら走り始めた。

「ヘイ! 誰かいるか」

オレも声を張り上げて劉の後を追う。


バタン!


劉は凸凹と歪み傷がついた扉を乱暴に開けた。飛び込んだ部屋は、レストランの名残りがある。テーブル、イスが乱雑に置かれ、服やゴミが散乱していた。何よりも、人間の臭い。ここが生活スペースなんだろう。部屋はエアコンが効いていて涼しかった。


誰もいない。


そこら中にマックの食べたばかりの紙クズやコップがある。大量に買い込んだのか、特大のマックの紙袋が数個あった。まだ食べてから時間が経っていないらしい。ポテトやバーガーの匂いが充満している。

「ヘイ! ヘイ!」

厨房の方で劉の張り上げる声が響く。


オレは、ごちゃごちゃと物が置かれた数個のテーブルを見た。明らかに異質なテーブルがある。ゴミがなく、きっちりとテーブルの向きに揃えて二つの大きな箱が置かれている。箱の大きさはミカンの段ボールくらい。木の箱の側面には「ORNGE」の文字。テーブルの下にはオレンジが数個転がっている。


気になったオレは箱の蓋を開けた。

ベージュの紙をスライスしたような緩衝材の間にオレンジが一個見えた。それだけじゃなかった。


? なんだ? この黒いもの?


硬質の黒いものがある。見えている部分はほんの五ミリ角くらい。緩衝材をどけてみた。

「劉!」

驚いたオレの声に劉が駆け寄ってくる。

「どーした高橋」

「これ」

劉が箱を覗き込む。


中身は、オレンジと拳銃だった。持ち出された後なのか、残っていた拳銃は1丁。平和な国で暮らすオレはもちろん拳銃なんて実物を見たことがない。でもさ、アメリカ映画や日本の刑事ドラマで嫌ってほど見てる。残され一丁の拳銃は、オレが知っているものに比べて小さい。


恐る恐る手に取ると「FOR CHILDREN」と握る部分に刻まれていた。


「っんだよこれ」


全身が震えた。怒りで顔が歪み、見開いた目に涙が滲んむ。

こんなもん作っちゃダメだろっ。子供にこんなもん持たせてどうする。

「くっそ」

いつもは穏やかな劉も怒りを露わにしていた。

木箱の下には紙。英語じゃなくてオレには読めなかったし、取扱説明書かオレンジの産地紹介みたいなものだろうと思っていたんだ。ら、とんでもないものだった。

「高橋、これ」

いや、見せられても読めねーし。

「なんて書いてあんの?」


「ライトブルーソルジャーを一人殺したら、1000カインって」

「は?」

レートが違うけれど、この国で1000カインあれば、1か月は結構贅沢に遊べる。ましてストリートチルドレンだったら夢のような金額かもしれない。それでも報酬としては破格に安すぎる。日本だったら50万円ってくらい。人一人を殺す金額じゃねーだろ。クイズ番組の賞金より安いかも。


「ゲームにすんなよっ」


劉は紙をくしゃっと握りしめた。

「誰がこんなことさせるんだよ、なあ」

劉に詰め寄ると「ポルトガル語だからイーストソイル側の者だろう」と言った。

「でもさ、ストリートチルドレンってポルトガル語使うじゃん。

 ストリートチルドレン宛ての手紙だから

 ポルトガル語使ってあるだけってことはねーの?」

「ストリートチルドレンは字なんて読めない」

そっか。

「じゃ、この紙は?」

「命令された誰かが読み上げるか、説明するかのためだろ」

「ライトブルーソルジャーを狙うってことは、ボーダー・ナイツ?」

「たぶんそうだろ。こんなとこにストリートチルドレンがいること知ってるなんて、

 ロクなヤツらじゃねーよ」

おい、劉、お前もじゃん。


「どこで殺させるつもりなんだろ。

 厳戒令の街の中だったらパトロール中のソルジャーがいっぱいいる」

「カンデラバースニウム発掘現場。

 この紙に、そこへ子供を運べって書いてある。

 こんな機密事項書いた紙を置いて行くなんて、相当間抜けだよな。

 この箱だって足がつく」

「爆撃されるから証拠なんて残らないって思ってるのかも」

「だったら、ボーダー・ナイツ、確定だな」

「岳ちゃんが言った通り、要求の返事なんて関係なく爆撃するつもりなんだ」

「高橋、早くここを離れよう。危ない」


劉は箱に残されていた拳銃を乱暴にポケットに突っ込んだ。

「おい、危ないだろ」

「弾は入ってない」

そっか。


建物から離れた。スーパーカブで1キロくらい離れた場所まで移動。民家がなく見まわりのソルジャーがいそうにない。

劉はエバンに電話をした。タブソンショッピングセンターがもぬけの殻だったこと、子供用の拳銃の箱があったこと、ポルトガル語で書かれていた内容。


「ライトブルーソルジャーを一人殺せば1000カインの報酬がある。

 ストリートチルドレンはカンデラバースニウムの発掘現場に連れて行かれた」

『えっ』

劉のスマホからはエバンの声が漏れてくる。

「ストリートリルチルドレンのことはまだ誰にも知らせないで」

『そんなっ』

「頼む」


そしてオレたちは、まるで交換のように情報を受け取った。

『ナイジェルから連絡があった。

 莉那とハナだけ日本大使館に連れて行くって別の車に乗せられたんだ

 怪しいって思ったニーナが車の荷台に乗り込んでて。

 国境近くの山に連れて行かれたらしい』


なんだって! ニーナ、なにやってんだよ。女の子がそんなことしなくてもいーんだよ。

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