灰まみれの遺跡
①
通って来た穴から降り立つ。足元の感触が今までとは違う。懐中電灯で照らすと、黒っぽい細かい粉状だった。
「火山灰?」
「火山灰だろうね。だからこんなに綺麗に保存されてる」
上東京ドームみたいに広い空間。天井はそこまで高くなくて、体育館くらい。真っ暗じゃない。所々天井から光が差し込んでいる。神々しいほど一直線に差し込む太陽光線が、古代の建造物の一部を光らせる。
「どこまで続いてんの?」
興奮していたはずの岳ちゃんの声は酷く冷静だった。
「この空間だけで、1㎢くらい。隣にも空間がある。
隣の空間は外からの光が全くないから、調べてない」
師匠は無言。
オレは勇気を出した。
「これは発表しなきゃいけない」
一瞬、静まり返った。
ソルト国に世界遺産はまだない。グレートリフトバレーの一部を隣国のイーストソイル国が自然遺産に申請しているだけ。石油が発見される近年まで世界最貧国。観光名所なし。誰も訪れなかった忘れられた内陸国。
「そう言うと思ったよ」
エバンが静かに歩き出した。
太陽の光が差す場所に、火山灰を取り払われたスペースがあった。
エバンはそこへ歩を進める。エバンの後ろを劉が追う。リュックの中からランタンを取り出しながら。
オレたちも続いた。
「座ろう」
劉が平らな場所にランタンを置いた。
「今太陽が差してても、すぐ場所が変わるからね」
5人でランタンの周りに輪になって座った。
口火を切ったのはエバン。
「オレたちがここを見つけたのは、7歳の時だった」
そんな前なんだ。
「オレと劉は家族ぐるみの付き合いで、劉の父親と劉、オレの父とオレの4人で、滝を見に来たんだ。滝の前でピクニックをして、子供だった劉とオレは滝壺で泳いだ」
「そうだったよな」
エバンの後を劉が続ける。
「滝の後ろを歩いて遊び始めたのはオレで、そのとき、穴を見つけた。
エバンは怖がったけど、洞窟が奥へ続いているらしいってことに気づいた。
その日はそれまでだったんだ」
「8歳の時、秘密基地気分でときどき洞窟を調べた。
狭くなってる場所で諦め、縦穴になってる場所で諦め、コウモリに出会って諦め。
でも、そんなとき、必ず劉が何かをして突っ切るんだ」
そういえば、最初からずっと劉が先頭だった。劉ってそーゆーヤツなんだな。
「コウモリの時は、殺虫剤と棒を持ってきてくれて。最近はコウモリの群れはどっかに行っちゃったけど。縦穴のところでは、ビデオと懐中電灯に紐つけて、下に垂らしてみたりして」
「ははは。なんか、今思えばかわいかったよな」
エバンが笑う。
「やっとここまでたどり着いたのは、8歳のクリスマス前だった」
「親には話さなかった?」
聞いてみた。だってさ、8歳なんて。
「秘密基地だったから」
「今まで、誰にも話さなかったの?」
今度は岳ちゃん。
「今日が初めて」
「これはもの凄いものを見つけたんだって気づいたのは、劉で、
10歳のころだった。
ネットで古い遺跡について調べてくれたんだ」
「調べずにいられなかったよ。
ただ、どこかで、誰かに話しちゃいけないような気がしてて。
本当は、遺跡の中の何かを持って行って、
エックス線でも当てて調べてほしかった。時代が知りたくて知りたくて」
「10歳のときから今まで黙っていたのは何故?」
師匠が尋ねる。本当だ。7年もある。
「タイミングを逃した。そのころから家族で集まることが減ったんだ。
もともとプライマリー(小学校)は別々だったからね。
エバンはディベートや作文で学校の代表になったりし始めて、
オレは、パソコンを買ってもらって夢中になってたころで」
どこの国でも同じなのかも。オレはその歳のころ、休日は全てサッカーだったっけ。
「家族ぐるみの付き合いだったから、
ときどき集まったとき『どうする?』って話して。
ミドルスクールの時は一回しかここへ来ていないんだ。
が大きすぎるって分かってたから。もう自分たちだけの問題じゃないって」
「LINEで『ハイスクールで会おう』
『ハイスクールの間に何とかしよう』って言い合ってたんだ」
「二人でいろんなことを考えたよ」
「調査してくれるのは嬉しいけど、
知らない欧米人がやってきて街が変わっちゃうかもしれないとか。
貴重なものなのに、珍しいもの欲しさにたくさんの泥棒が来るかもいれないとか。
観光名所になって、自然を無視して道路やホテルができるかもしれないとか」
「発展するのは嫌?」
岳ちゃんが確認する。
「石油やレアメタルで発展するのとは訳が違う」
エバンの言葉に、オレが異論。
「違わないと思うな。石油もレアメタルも、見つかったら今まで通りじゃなくなる。
発掘する人が押し寄せて、運搬用の道路ができる。労働者の街も整備される」
「「......」」
「見つけたから君たちのもって訳じゃないけど、僕は、君たちが決心できないなら誰にも言わない」
師匠が意外なことを言う。
こんなすごいことを黙ってるって?!
「学術的に、すごいことだろ?
もし古代のエジプト文明やインダス文明のころだったらどうする?
大河の河口付近じゃない、例外の文明だぞ?
もっと昔の可能性だってある。
人間の起源はアフリカ大陸だって言われてる。
保存状態が良さそうだから、いろんな発見がされるかもしれないだろ?」
力説する岳ちゃん。それに対して、師匠はきっぱり。
「世界中が、この遺跡を知らなくても機能してる」
そーゆー考え方もあるのか。意外だな。師匠こそ「発表すべき」って言うと思った。
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