灰まみれの遺跡

通って来た穴から降り立つ。足元の感触が今までとは違う。懐中電灯で照らすと、黒っぽい細かい粉状だった。

「火山灰?」

「火山灰だろうね。だからこんなに綺麗に保存されてる」

上東京ドームみたいに広い空間。天井はそこまで高くなくて、体育館くらい。真っ暗じゃない。所々天井から光が差し込んでいる。神々しいほど一直線に差し込む太陽光線が、古代の建造物の一部を光らせる。


「どこまで続いてんの?」


興奮していたはずの岳ちゃんの声は酷く冷静だった。

「この空間だけで、1㎢くらい。隣にも空間がある。

 隣の空間は外からの光が全くないから、調べてない」

師匠は無言。

 オレは勇気を出した。

「これは発表しなきゃいけない」

一瞬、静まり返った。

ソルト国に世界遺産はまだない。グレートリフトバレーの一部を隣国のイーストソイル国が自然遺産に申請しているだけ。石油が発見される近年まで世界最貧国。観光名所なし。誰も訪れなかった忘れられた内陸国。

「そう言うと思ったよ」

エバンが静かに歩き出した。

太陽の光が差す場所に、火山灰を取り払われたスペースがあった。

エバンはそこへ歩を進める。エバンの後ろを劉が追う。リュックの中からランタンを取り出しながら。

オレたちも続いた。

「座ろう」

劉が平らな場所にランタンを置いた。

「今太陽が差してても、すぐ場所が変わるからね」

 5人でランタンの周りに輪になって座った。

口火を切ったのはエバン。



「オレたちがここを見つけたのは、7歳の時だった」

そんな前なんだ。

「オレと劉は家族ぐるみの付き合いで、劉の父親と劉、オレの父とオレの4人で、滝を見に来たんだ。滝の前でピクニックをして、子供だった劉とオレは滝壺で泳いだ」

「そうだったよな」


エバンの後を劉が続ける。

「滝の後ろを歩いて遊び始めたのはオレで、そのとき、穴を見つけた。

 エバンは怖がったけど、洞窟が奥へ続いているらしいってことに気づいた。

 その日はそれまでだったんだ」

「8歳の時、秘密基地気分でときどき洞窟を調べた。

 狭くなってる場所で諦め、縦穴になってる場所で諦め、コウモリに出会って諦め。

 でも、そんなとき、必ず劉が何かをして突っ切るんだ」

そういえば、最初からずっと劉が先頭だった。劉ってそーゆーヤツなんだな。

「コウモリの時は、殺虫剤と棒を持ってきてくれて。最近はコウモリの群れはどっかに行っちゃったけど。縦穴のところでは、ビデオと懐中電灯に紐つけて、下に垂らしてみたりして」

「ははは。なんか、今思えばかわいかったよな」

エバンが笑う。

「やっとここまでたどり着いたのは、8歳のクリスマス前だった」


「親には話さなかった?」

聞いてみた。だってさ、8歳なんて。

「秘密基地だったから」

「今まで、誰にも話さなかったの?」

今度は岳ちゃん。

「今日が初めて」

「これはもの凄いものを見つけたんだって気づいたのは、劉で、

 10歳のころだった。

 ネットで古い遺跡について調べてくれたんだ」

「調べずにいられなかったよ。

 ただ、どこかで、誰かに話しちゃいけないような気がしてて。

 本当は、遺跡の中の何かを持って行って、

 エックス線でも当てて調べてほしかった。時代が知りたくて知りたくて」


「10歳のときから今まで黙っていたのは何故?」

師匠が尋ねる。本当だ。7年もある。

「タイミングを逃した。そのころから家族で集まることが減ったんだ。

 もともとプライマリー(小学校)は別々だったからね。

 エバンはディベートや作文で学校の代表になったりし始めて、

 オレは、パソコンを買ってもらって夢中になってたころで」

どこの国でも同じなのかも。オレはその歳のころ、休日は全てサッカーだったっけ。

「家族ぐるみの付き合いだったから、

 ときどき集まったとき『どうする?』って話して。

 ミドルスクールの時は一回しかここへ来ていないんだ。

 が大きすぎるって分かってたから。もう自分たちだけの問題じゃないって」

「LINEで『ハイスクールで会おう』

 『ハイスクールの間に何とかしよう』って言い合ってたんだ」

「二人でいろんなことを考えたよ」

「調査してくれるのは嬉しいけど、

 知らない欧米人がやってきて街が変わっちゃうかもしれないとか。

 貴重なものなのに、珍しいもの欲しさにたくさんの泥棒が来るかもいれないとか。

 観光名所になって、自然を無視して道路やホテルができるかもしれないとか」


「発展するのは嫌?」


岳ちゃんが確認する。

「石油やレアメタルで発展するのとは訳が違う」

エバンの言葉に、オレが異論。


「違わないと思うな。石油もレアメタルも、見つかったら今まで通りじゃなくなる。

 発掘する人が押し寄せて、運搬用の道路ができる。労働者の街も整備される」


「「......」」

「見つけたから君たちのもって訳じゃないけど、僕は、君たちが決心できないなら誰にも言わない」

師匠が意外なことを言う。

こんなすごいことを黙ってるって?!

「学術的に、すごいことだろ? 

 もし古代のエジプト文明やインダス文明のころだったらどうする? 

 大河の河口付近じゃない、例外の文明だぞ? 

 もっと昔の可能性だってある。

 人間の起源はアフリカ大陸だって言われてる。

 保存状態が良さそうだから、いろんな発見がされるかもしれないだろ?」

力説する岳ちゃん。それに対して、師匠はきっぱり。


「世界中が、この遺跡を知らなくても機能してる」


そーゆー考え方もあるのか。意外だな。師匠こそ「発表すべき」って言うと思った。

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