④
「この崖、登るの?」
師匠はちょい元気ない。
ここから見える崖の上までは四階建てのビルくらい。
「だいじょーぶ。オレたちが子供のころに、ハシゴを作っといたから」
ニコニコするエバン。えーっと、不安なんだけど。老朽化とか、耐久性とか。だいたいガキんときっていつだよ。
「元々はハシゴなしで登ってたんだから、平気、平気」
岳ちゃんって、小さいこと気にしなさすぎ。
「ハシゴはこっち♪」
俄然楽しそうな劉。
えーっと。これって、ハシゴじゃなくてロープだよな。ハシゴって段あるじゃん? 案内された先にあったのは、太く長いロープに結び目を作って、無理やり岩肌に打ち付けてあるだけのもの。それが一本、崖の脇に下から上まで縦に続いている。要するに、ロープの結び目がハシゴの段替わり。で、手で握って体を支える用のロープもぶら下がってる。こちらのロープは、手で握りやすい用に、足場替わりのロープより細い。
オレ、ロープ使わずに(とてもハシゴとは言えない)登ろっかなー。岩肌から取れそう。握る方のロープは千切れるんじゃねーの?
「よく考えたよなー」
感心しながらとっとと登り始める岳ちゃん。
「これ作ったのって、いつ?」
よくぞ聞いてくれました。師匠。(涙)
「10歳のとき」
劉は自慢気。
オレはさ「体重なんて、今より軽かったよな」とか「7年も風雨に晒されてたんだよな」とか頭ン中がぐるぐる。それは師匠も一緒みたいだ。岳ちゃんに続いた劉が登り終わるの待ってるもん。
「おーい、早くー」
お気楽岳ちゃんが上から手を振る。
「2人までは大丈夫そうだな」
師匠は、オレにだけ聞こえるように言って、先に登り始めた。これって、定員2名になるように、調整しろってこと? ちらっと後ろを見ると、しんがりのエバン(泣)。
よし! オレも男だ。意を決して深呼吸すると、背後からエバンの笑い声。
「ははは、ロープが切れるか不安? 大丈夫だよ。手の方のロープは取り替えたばっかりだよ。上では、かなり頑丈な岩に結び付けてあるしね」
見透かされたー。
「じゃ、なるべく間を開けるよ。ははは」
お願いします。
「安心して登るよ」
一応そう答えた。
登り始めると意外や意外。
へー。いーじゃん、このロープの足場。
ハシゴ?が設置されてるのは、本格的な崖じゃない。正確に言えば、岩肌が見える崖の横の、土と岩が少し斜面になってる部分。垂直じゃなく斜め。何せ、ハシゴ(?)がなくても登ってたわけだから。だから、ま、フィールドアスレチック的な? あっという間に到着!
「うっわーーー!」
崖の上から今まで歩いてきた方を見ると、結構高い。
少し離れたところに、集落が見える。
「あっちも凄い」
岳ちゃんが指さす方は、眼下に一面の樹海! 濃い緑色がばーって広がってる。なにこれ?! マジ大自然。スケールでかっ。
ん? 師匠がいない。
「師匠は?」
「あっち」
師匠は崖からかなり離れた場所にいる。
「そんなとこから見えないじゃん?」
呼んだんだけどさ。
「怖くて無理。僕、高所恐怖症なんだ」
もったいない。
「そっから見える?」
「だいたい見えるから大丈夫」
カシャ
スマホで写真を撮って、ニーナに送信。
『素晴らしい国に住んでるんだね』と一言添えた。ソイル国から出ていきたいニーナは、この国のいろんな部分が嫌なんだろう。オレの言葉なんて大して重くない。それでも、ニーナに自分の国は素晴らしいって誇りに思ってもらいたいじゃん。
ニーナとは、バス停前のカフェで話してから、メッセージをやり取りしてる。フルーツのフリッターのお菓子は、日本の天ぷらみたいとか。日常英語は話せても、英文法の成績が悪いとか。ラクロス部の友達とショッピング中って写真が届いたり、寮の食事の写真が届いたり。
本当はもっと会いたいんだけどな。学校の部活で離れたとこから見るだけじゃなくって。
「滝へレッツゴー!」
エバンの一声で、スマホをリュックの中に片付ける。
「ニーナだろー」
師匠がにやっと目配せしてくる。
「ま、ぼちぼち」
照れる。
「今度、映画にでも誘えば?」
「さっすが師匠」
「『師匠』やめーい」
「師匠だったら、やっぱ、恋愛もの観るわけ?」
「観ない観ない。僕、そこまで女の子に媚びれない」
「意外ー」
「恋愛ものは悲恋だったりするじゃん? 見終わった後話題にするとき、楽しくなくってさ」
「師匠! 勉強になります」
ビシッと敬礼。
そんなことを話しながら歩く。
「滝だ!」
珍しく劉の大きな声が聞こえた。
ザーーーー
おお、これって滝の音じゃん。
で、滝は?
「ほら」
エバンが指さしたのは、崖の下。
そりゃそうだ。滝って、高いとこから落ちてるんだから。
おおおお!!!
滝は崖の天辺よりかなり下のところから始まってる。滝をちゃんと見るには、崖の下を覗き込まなくちゃならない。
恐っ。
あれが滝のカーテンなのか? 樹木が邪魔でカーテン状かどうかなんて判別不可能。地面にへばりついて一生懸命目を凝らすオレ。
「こっちにもハシゴがあるんだよ!」
下見で来たことのある岳ちゃんは、待ちきれないらしい。オレは起き上って岳ちゃんの方へ行った。
岳ちゃんは「よっ」とハシゴ?とセットになってるロープを手繰り寄せて、今度は崖の下へ降りていく。
「師匠、大丈夫?」
「下見ないようにする」
だよな。高所恐怖症にはキツイコース。
オレは、嬉しくて飛び跳ねるようにして降りていく。もう、足場なんて三つとばし。手の中のロープを滑らせる感じ?
「高橋、最後気をつけて」
おっと。滝壺から飛び跳ねた水で、足元がつるつる。
「わ、やべっ、っと」
着地。
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