③
待ってました、グレートリフトバレー。日本語で大地溝帯。
虫が嫌いなオレは、長袖、長ズボン、帽子に首をガードするタオル。みんなも似たような姿。エバン、劉、岳ちゃん、師匠、オレ。背中のリュックの中には、水、食料、軍手、虫除けスプレー。
遠足気分。
バスが止まったのはただの道の途中。しかも、エバンが「ここで降ろしてください」って。
「また行くのか?」
バスの運転手は笑った。
「今日は日本の友達を案内するんです」
「ははは、気をつけろよ。カンデラバースニウムが発見されて、ライトブルーソルジャーがいっぱいいるからな」
バスを降りてボー然。だってさ、見渡す限り何もないって感じ。背後に山だけ。背後の山だって、山への入り口ねーし。こっから道ないのか?
「行こう」
まず、山までの草原を歩く。草原つっても、日本の観光地、高原や北海道とはわけが違う。草の高さ約一メートル。先頭の劉は、棒を拾って、草をガサガサさせながら進む。
「ああやって、蛇を追い払うんだ」
岳ちゃんが怖い説明。いるんだ。マジかよ。
劉は、最初、ゆっくりめに進んでくれた。でも徐々に速くなる。慣れてるんだなー。ときどき、最後尾のエバンが「速すぎ」って注意。
山の部分に差し掛かると、いきなり生えてる植物が変わってくる。
「原生林かー」
日本の山と雰囲気はそんなに変わんない。道ないけどさ。
カシャ
カシャ
意外にも、一番遅れてしまうのは、写真ばっかり撮ってる岳ちゃん。前回はカメラを持って来なかったから、今回、張り切って撮影。
「岳、充電なくなるぞ」
エバンの言葉に「大丈夫、あと2パック持ってきた」って。
さすが岳ちゃん。
「うわっ」
さっそく出会ってしまった虫。ムカデっぽい。見ないようにした。
「ああ。大丈夫。飛んだりしないから」
師匠が冷静に言う。
「師匠は、虫平気?」
「平気。僕、昆虫採集とかしたことあるから」
ぐすん、ちょっと怖い、オレ。
「げっ」
今度はトカゲ。トカゲは平気なはず。けどさ、いきなりはキツイって。ここのは模様がグロいんだよ。でも師匠は平気でスルー。
「トカゲ採集したことあんの?」
冗談で言ってみた。
「いや、育ててみたことがある」
「......」
師匠、こんなに優雅な外見なのに。知れば知るほど残念でならねー。
「すげー原生林だな」
「この辺は、自然遺産として世界遺産に登録申請されてるんだ」
へー。
「気をつけて、高橋」
師匠がオレの腕についた蟻をぱっとはらう。
「蟻じゃん。驚かすなよー」
「それ、毒あるから。刺されると、高熱が出る」
「ありがと」
師匠なんでこんなことまで知ってるんだ?
歩いても歩いても似たような景色。道がないのに大丈夫なのか? 本当に目的地に着くのかどうか疑いたくなる。富士山の樹海じゃないけどさ、同じとこぐるぐる回ってるんじゃね?
そのうち師匠が休憩を申し出た。歩き始めて二時間ちょっと。師匠はちょっと息が苦しそうで、しんがりのエバンと二人で遅れをとっている。
オレは足元の悪さと虫に神経が擦り切れていた。
休憩。
よかった。水はちびちび飲みながら歩いてたけど、やっぱ休憩したかったよ。オレも。
ぐびっ
エビアン旨っ。
それぞれ、その辺に腰を下ろす。師匠はレジャーシートを折りたたんだまま、ケツの下に敷いていた。
「もうすぐだよ。もっと時間がかかるかと思ってたけど、三時間かからないで着きそう」
「日本の高校生は、もっと軟弱だと思ってた」
「勉強ばっかりしてるイメージなんだけどな?」
エバンと劉は、笑いながらお菓子をくれた。
「オレ、正直、下仁田はもっとキビシイかもって思ってたんだけど。下仁田、ひょっとして、スポーツなんかやってた?」
エバンの質問に、やや疲れた顔で師匠が返す。
「幼少のみぎりにテニスを少々」
くっ、師匠、モテるスポーツじゃん。
「へー。やってたんだ。見えねー」
「中学までは結構真剣に。最近は運動不足」
そりゃあ莉那ちゃん、師匠以外好きになれねーかも。文武両道。長身イケメン。下ネタ多めだけどさ。それだって、真面目オンリーより親しみ持てていーのかも。
「そーいえばさ、エバンはサッカー部だけど、劉は何部?」
「オレ? パソコン部と軽音部」
へー、劉って楽器できるんだ。
「オレは生徒会も」
エバンは生徒会副会長とのこと。ふーん。サッカー上手くて女の子にキャーキャー言われ、更には生徒会副会長っと。嫌味なヤツだったわけね。
劉はパソコン部でアプリを作って全校に配信したりして遊んでいるらしい。軽音部では、ロックバンドのギター。
「エバンは優等生なんだ?」
「みんな大してやりたがらないからね。
ま、大学のときの自己アピールにはなるかな」
エバンは岳ちゃんの優等生発言を軽くいなした。
「エバン、謙遜して。エバンはすごいんだ。
1日しかなかった学園祭を2日間にして、校内に自動販売機を設置したんだ!
制服のデザインも変えた。次期会長候補」
劉は自分のことのように誇らし気に話す。分かる分かる。友達の功績って嬉しいよな。
「劉こそすごいんだよ。
先生や近所の店からもホームページやアプリの注文受けてるし、
バンドはすっごく人気で」
今度はエバンが劉の自慢。
つまりだ。この2人は、学校で1番のスポーツマンでイケメンで政治的に力がある男と、学校で1番アバンギャルドな男ってこと? 豪華じゃん。何気にすげーかも。
「お菓子も食ったし、出発!」
師匠は体力が回復したようだった。
そして木々の間を進む。木々なんてかわいいもんじゃないか。樹海。
しばらくすると、急に視界が開けた。
「絶景っ」
岳ちゃんが万歳する。
「すっげ」
オレも万歳。
見上げると、切り立つ崖。その崖はどこまでもどこまでもつながっている。つまりオレ達は、大地の巨大な段差の、下側の部分を歩いていたわけだ。
「凄いな。今でも少しずつ離れて行ってるって、ウキペディアに載ってたけど」
「マジで動いてる?」
オレの質問にエバンが答えてくれた。
「たぶんね」
「ああ、な」
「うんうん」
ソイル人二人は、お互いに目配せし合う。な~んか意味深。
そして、崖をローアングルからカメラに収める岳ちゃん。
「いーねー」
カシャ
カシャ
「いやー、青い空に似合うよ」
カシャ
カシャ
「もう一枚いっとこうか」
カシャ
カシャ
う~ん、まるで水着撮影なんだけど。
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