「すっげー、すごかった!」


ある夜、興奮して岳ちゃんが帰ってきた。

「行ったんだよ! グレートリフトバレー」

「えー、オレだって行きたいのにー」

ちょっと抗議。

「だってさ、道とか大変かもしんないじゃん? 

 だから下調べも兼ねて。ヤバい。あの景色」

岳ちゃんの顔があまりにきらきらして嬉しそうで、「行きたくて我慢できなかったんだろ?」って言葉を飲み込んだ。


夕食中、喋るのに夢中で、マッシュポテトをぼろぼろこぼす岳ちゃん。

「一面緑なんだ。もう、広い広い」

これ、上から見た景色ね。

「こう、崖がざざっと切り立っててさ」

これ、たぶん、下から見た景色ね。

「まさに大地の亀裂だよ! アフリカに地球の亀裂があるんだよ」

これ、もう空飛んで、宇宙辺りから眺めてる景色ね。


「で、道はどうだった?」

「......」

あれ? 黙った。

「道はないよ」

岳ちゃんの代わりにエバンが答える。

「オレは大丈夫だったけど。高橋とか下仁田とか、大丈夫かなー」

「そんなハードなの?」

「コンビニもトイレもないよ」

「とーぜんでしょ?」

 そんなことは想定内。

「下仁田は、綺麗好きなんだよー。

 今回の留学も『トイレが水洗じゃなかったら行かない』って言ったんだ。

 だからオレが、FaceBookで知り合った劉に訊いてさ」

「へー、師匠がねー」


「高橋もさ、蛇とか虫とかはへーき?」

「......がんばります」

「あー、下仁田なんて無理だろうなー。体力もつかな?」

岳ちゃんが困り顔。

そーか。体力だけじゃダメなんだ。蛇は、小さいころ振り回して遊んだことあるけど、せいぜい70センチ。アフリカの蛇なんて、何メートルとかありそう。虫は、カブトムシやカマキリ、蝶はOK。長くて足がいっぱいあるやつがNG。

「オレ、長袖、長ズボン、手袋で行く」

「もちろん。それは基本だけど」

あ、基本なんだ。

「暑い?」

「涼しいくらい。そんなこと、全く気にならないくらい、すげーって」

「うんうん」

エバンも頷く。

師匠に「道がない」と連絡。更に「最終コンビニはバスに乗る前」って。


「岳ちゃんと師匠って、仲いーの? 前から知ってるみたいだったからさ」

「中学んとき、塾で同じクラスだった」

「だからかー」

「プリンス下仁田は、塾で人気あった?」

エバンが聞く。

「すごかった。待ち受けにすると高校合格するって言われてた」

「さすが師匠」

「え? でも、S校で一番女の子にモテたのは高橋なんだろ? 

 ミスターS校って聞いた」

エバンがオレと同じ疑問を持つ。留学の話があるまで、オレは師匠のこと知らなかった。なんでミスターS校にならなかったんだろ。

「高橋は目立つからね。下仁田は性格が地味。

 ミスターにエントリーもしてない。アイツ、やる気ないから」

なんとなく想像できる。

「やる気ってゆーか、興味なさそー」

 師匠がエントリーしてたら、オレ、3500円儲けられなかっただろうなー。

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