③
「置き引きに気をつけろ」
「スマホは街ん中では出さない方がいい」
「明るいうちに帰ってこい」
「ストリートチルドレンに気をつけろ」
などなど、エバンと劉からいろんなアドバイスが満載。気分はすっかり「はじめてのおつかい」。
バスは街の中心の始発駅から、一五分遅れで出発。始発駅なのに? ありえねー。
あ、ここだ。
バスにゆられること20分、ハイスクール前下車。
昨日の到着は夕方だった。だから、明るいとこで高校を見て改めて気づく。門は鉄格子。高い塀の上には鉄線。周りの民家より瀟洒で近代的な建物。
この国で高校へ行くのは、何パーセントなんだろう。大学へ進学するのは?
エバンと劉が小さなころから仲がよかったのは、同じ生活レベルの人間のコミュニティがあるってことなのかもしれない。
なんか、根深いもんがいろいろありそーだなー。この国。
そんなことを思っていると、女の子にうつつを抜かす自分が、酷く軽薄に見えてくる。
「ま、いっか」
女子寮のベルを鳴らした。鉄格子がはまった門がガチャリと開き、ニーナが出てきた。Tシャツにジーンズ。シンプルな服装は、ニーナのスタイルの良さを際立てる。
「はーい高橋。莉那から来るって聞いたの」
「ニーナ。約束通り、スマホを持ってきた」
「高橋。約束はしてないよ」
ニーナはアーモンドみたいな瞳を細めてクスっと笑った。
「言ったことは実行するから。スマホ出して」
てっきり持ってないって思ったんだ。はぐらかされるって。
シャキーン
オレの頭の中では、そんな効果音が鳴るくらいの感動だった。
「LINEの登録画面出して」
ニーナが言う。
え?
「ここって、LINE使えんの?」
「使ってる」
「すげー」
オレはスマホのメニューから、LINEをっと......
「まだインストールしてない」
「貸して」
ニーナは手早くスマホを操作。途中、パスワードだけ入れるオレ。
「はい」
あ、もう、登録終わってるし。オレの手には「ニーナ」が登録されたスマホ。会話する間もなく終了。呆気にとられる姿を気の毒に思ったのか、ニーナから誘ってくれた。
「高橋、もしよかったら、次のバスまで、バス停の近くでお茶する?」
「はい!」
あれ? なんか、いつものオレじゃなくなってね?
「バスが来るまで、1時間あるから」
なんか、ニーナの方がエスコートしてくれる。
「1時間も?」
「たぶん。1時間に1本しかない」
「歩いた方が早い?」
「歩かない方がいいよ。高橋、お金持ってそうに見えるから、襲われるよ」
「オレ?」
「この国のチープなバッグやシャツにした方がいいかも」
「そんなに浮いてる?」
別に、オシャレめのTシャツ、シャツ、ジーンズの短パン、サンダル。バッグは小さいのを斜め掛け。
「そのバッグは目立つ。あと、サンダルは、ここの高校生はビーサンだから」
「明日買うよ。
襲われたくないし、子供が金持ってるよーに見えるなんて、気分悪いもんな」
そう言うと、ニーナは綺麗に口角を上げた。
店は、学校の向い。ハイスクール前のバス停は学校の真ん前。日本で例えるなら、昭和の駄菓子屋の前にテーブルとイスが三十名分くらい並んでる感じ。
「こんな近くでオレと一緒に店に入って、大丈夫?」
「何が?」
「ほら、好きな男の子とかいて疑われたら?」
ニーナを見ると、勝気な瞳がオレを捕えた。
「高橋、私のこといいと思ってるんじゃないの? そんな遠慮してどーするの?
日本の男ってそんな?」
ごもっとも。
「日本人は、一応、相手の身になって考えるんだよ」
ヘタレの言い訳。
「大丈夫。私ね、ブスだから、見向きもされないの」
アイスカフェを注文したニーナがきっぱりと言い切る。
「君は綺麗だよ」
自然に言葉が出た。
「知ってる」
ニーナはクールに答えた。
オレが注文したのはコーラ。二人で、外のパラソルの下の席に座った。
「私、この国では、痩せて貧乏くさい体型なの。
どの部族出身でもないって、流れ者の顔」
「時代錯誤な価値観だよ」
「うん。アメリカのファッション雑誌を見たら、私みたいな女の人で溢れてた。
だから、大丈夫」
「この国以外だったら、
すっげープロポーションよくって、すっげー綺麗な女の子だから」
慰めじゃない。ハリウッドレベル。
「分かってる。だからってわけでもないけど、私、この国を出たいの」
「高校卒業したらどっか行くの?」
「そうしたい。行きたいのはアメリカの大学」
「イギリスじゃないんだ?」
「母はイギリス人だけど、イギリスは保守的な国って聞いてるから。
住む場所から飲むビールまで、クラスによって分かれてるって。
別にそれが嫌ってわけじゃないけど、アメリカの方が、私にとっては夢の国なの」
「ファッション雑誌に載りたい?」
「まさか。そこまで自惚れてはいないよ」
ニーナの瞳が悪戯っぽくこっちを見る。
「アメリカの大学か。考えたこともねー」
「そ? 日本の方がアメリカに近いのに?」
「同じくらいじゃない?」
「近いよ。距離や飛行機のことじゃなくて、生活水準とか、留学のし易さとか」
「そっかー」
そういえば、オレの二番目の兄は、アメリカのワシントンに留学中。
「高橋がそんなこと考えないくらい、日本はいい国なんだね」
「日本はいい国だよ。それとオレが何も考えてないこととは関係ないかも」
「そうなの?」
「あ、そーだ、春の交換留学生で、次、オレらの高校に来ればいいじゃん」
「考えてみる。大学進学のアプローチになりそう」
なんでも、アメリカの大学の入試には、自己アピールが必要なんだそうな。
「貪欲だなー」
はっきりと自分の意見を言うニーナはカッコいい。
「本当にアメリカに行きたいから」
「聞いたよ。ニーナとナイジェルは、勉強頑張ってるって」
「私なんかより、ナイジェルの方が頭がいいの」
ストローでカップの氷をシャリシャリつつくニーナ。
「歓迎パーティに二人で出席してたじゃん。仲いいの?」
「親友」
「そーなんだ」
「ナイジェルは、ちょと気が弱いの。
綺麗だから男の子から大事にされすぎて。
でも、ラクロスをするときは、びっくりするくらいの気迫でカッコいいんだから。
それに、いざってときは、すっごく頼りになるの」
友達を自慢するニーナをステキだって思った。
「ニーナもラクロスするの?」
「得点王なの。ナイジェルはゴーリー」
「試合、見てみたいな」
「見に来て。女の子の高校生自体少なくて、対戦チームが探しにくいけど、
高橋の留学期間中に2、3回はあると思うから」
ドクン
それは一瞬。ニーナが笑いながら顔を上げた時、胸に痛みが走った。
え?
「学校で試合するの?」
どきどきどきどき
なんだこれ。
「どっちかの高校。ユニホームがね、かわいいの」
どきどきどきどき
やっべぇ。心臓やばっ。
「ユニホーム姿も見たいな」
「知らせる。高橋はサッカー部だったんでしょ? ハナから聞いたの」
「他に何か聞いた?」
オレの恥部を話してたら許さん!
「ミスターS校で、学際のバンドで歌ったって。写真、見せてもらったよ。
あと、ぜんぜん勉強しないって」
がっくり。
「勉強かー」
ニーナのきらきらした目は真っ直ぐにオレを見つめる。
「私は目標があるから勉強するけど、
高橋みたいに恵まれてたら勉強しなかったかも」
好きな女の子に気を遣わせる、オレ。
「恵まれてるってわけじゃないけど。なんか、その場が楽しけりゃいーや的なノリ」
「でも、日本はたくさん大学があって、行こうと思えば誰でも行けるんでしょ?」
「まあ、行きたい大学ってのは、なかなか入れないかもしんないけど」
この話題は避けたい。だって、マジ、オレ、勉強してねーもん。
「聞いたときにね、日本って、豊かで安全な国なんだなーって、羨ましかった。
中学のときに仲良かった女の子がいたの。
とっても頭が良くて、勉強が好きだったの。
でも、寮に入るお金も高校へ行くお金ももったいないって。もうすぐ結婚するの」
友だちが結婚する話なのに、ニーナは寂しそうに視線をテーブルの上に落とした。
「え? 早くない?」
「ここでは普通なの。いい縁談だから、家族も喜んでるの」
ニーナは顔を上げて、どこか遠くの空を見た。何かを諦めたような虚しい双眸。
「本人は?」
「よく分からないって」
「それで結婚するの?」
「そーゆーものなの」
釈然としない。ニーナもそうなんだろう。
オレには、まるでニーナが「この国が嫌だ」と言っているように思えた。
いろんな話をした。サッカー部、ラクロス部の話。名物教師や学校行事、家族の話。なんでだろう。印象的だったのは、高校へ進学しなかった友達が結婚する話。いや、それを話したときのニーナの表情だった。
20分遅れてバスが来た。
小腹が空いて買い足したパンを半分持ったまま、バスに乗り込む。
別れを惜しむ間もなく、バスからニーナの友達が降りてきて、オレは手を振ったことにも気づいてもらえなかった。こんなもん?
バスに揺られながら、またニーナと話したいって思った。
どきどきしたよなー。至近距離の笑った顔は、マズいっしょ。
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